陰陽対極

2013/02/03 Sun

■ハロープロジェクトはとてもよかったです。
コンサート会場では、

みんなが・・今を生きていました

これがなによりも素晴らしかったです。
みなさん、今、この瞬間を生きていますか。
いつか来る将来のため、次のために今をつかってはいませんか。
つぎの何かのために常に今を使っていては、いつまでたっても将来のため、将来のため、ということの繰り返しにしかならず、気がついたら、人生が終わっていた、ということになりかねません。
将来お金が儲かったら幸せになれる、と思っているのかもしれませんが、今を生きられない人は、お金を持ったところで同じです。

ゴミ屋敷主は、「いつか使うかもしれないから・・」と思って物が捨てられなくなる、ということですが、「いつか将来のため」と常に今の時間を使っていては、これと同じなんです。

今生きていることだけが真実、後はゲーム(西野皓三)


■今週は、子供がもらってきたインフルエンザに親二人が次々に感染し、あっという間に我が家は、感染列島状態に陥りました。
私は、予防接種をしていたこともあり、熱も37~38度程度と軽くて、食欲も普通で、トレードも普通にやっていました。
この程度ならタミフルなど薬を飲むと私の場合胃をやられて2週間ほど苦しまないといけないのがわかっているので、薬なしで乗り切りました。
前にインフルエンザにかかったのは、10年以上前ですので、覚えていないぐらい昔です。
今回は、親二人にもうつったのはかなり無防備だったことが原因なので、ここは次回から何とかしないといけない課題でしょう。
無防備なら、確実に感染しますね。

今回病気になって思ったことは、健康であることのありがたさ、です。
熱がなく目が覚める、という日常のありがたさをつくづく感じました。
こういう機会がなければ、健康ということを強く意識することがないので、時々お灸をすえる意味でも、インフルエンザにかかってもいいか、と病を楽しむ、という余裕もあっての療養生活でした。
この世の出来事には、無駄なことなどありません。
病気からも、貴重な教訓をいくつも得ることができるのです。

また、この程度の熱によるしんどさなど、腎臓結石の痛みに比べれば楽なものなので・・・治る病気であれば、ということですが、時々は病気になるべきなのかもしれません。
その方が、体に気を使って、結局長生きできることになるからです。


■こうした経験を通じて思うことは、世の中は、陰陽対極によって成り立っているということです。
負の側面を見ればこそ正の側面が見える、ということ。
物事の本質を探りたければ、常に物事には両面がある、ということを理解しておくことを意識せねば、と思っています。
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■さて、相場も全く同じ側面を持っています。
つまり、負ける、という経験を通じてこそ、勝つ、ということが見えてくる、ということなんです。

ここがわからない、理解できない、というより、理解しようとしない人がほとんどです。

自分が何故負けるのか、ということを徹底分析して、負ける原因を探っていく作業を続けること、これが勝つことへの近道である、といくら教えても、ほとんどの場合、無視されます。

何故、そうなるのか、というと、「勝てるパターンを知れば儲けられるようになる」という思い込みがあまりにも強いからです。
なので、それ以外の方法論には全く興味が行かないのでしょう。

つまり、自分が今負けているのは、勝てるパターンを知らないから、であって、それ以外の理由はない、という理解です。

勝てる具体的やり方、具体的パターン、とにかくそれ以外にはまるで興味なし、それが、多くの投資家の姿だと思いますし、その多くの投資家というのは、いわゆる負け組、ということです。

負けている人の考えていることは、驚くほど同じですし、頑固にその考え方を変えようとはしませんので、そこから抜け出すこともほぼできません。

少ない範囲かもしれませんが、私が過去に接した負け組さんたちのほぼ全てといってもいいぐらいの人はそう考えています。

やり方さえわかれば勝てるようになる

この強烈な思い込みはとにかくすごいです。

とにかく、やり方にしか興味がない、というのが普通でしょう。

その多くの負け組ニーズに答えて、ということでしょうか、確かに、本を探しても「こうすれば勝てるようになる」という本はあっても、「こうすれば負ける」という本はありませんし、そんな本を書いても売れないでしょう(笑)
そして、勝てるパターンを書いている本ほど売れるのですが、そのパターン通りやってもまず勝てない、という素晴らしい結末も全て同じです(笑)

情報商材も同じです。
書いてある通りにやっても、ほぼすべて勝てない。もうお見事、と言うしかありません。
何万円もの高額商材を売って、それで勝てないのは売っている本人が一番理解していると思うのですが・・・
ある商材には、「この商材は王道のやり方です。」といううたい文句がありました。
王道って、わかりますか。つまり、「どの本にも書いてあるありきたりのやり方」という意味なんです。
1000円の本と同じ内容のことを何万円もの商材に書いています、と自らが告白しているのです。
ものも言いよう、とは言え、素晴らしい言い回しだと感心すらします。

投資本で思うのですが、これらの本の著者は、どうして勝てないパターンをいかにも誰でもがこれを使えば勝てるパターンである、と書けるのでしょうか。
良心がとがめないのか不思議です。
確かに、競馬必勝本でも、勝った勝った、と書いていますが、その通りやって勝った試しがない(笑)

とにかく、こうすれば勝てる、という本を読んで、勝てるようになった、という話は聞いたこともありませんがね(笑)


全ては、勝てるパターンを知れば儲けられるようになる、という負け組共通の思い込みを逆手に取った商法なんですから、そう思い込んでいるお前が悪いのだ、と言われればそれまで、ということなのでしょうか。

では、逆にこの思い込みに対しての疑問を私から出します。

①勝てるやり方があるのなら、何故そういう勝てるやり方が広まらないのか。誰かが秘密にしていても、現代のような高度情報化社会ならどこかで漏れるのではないか。

②みんなが「その勝てるやり方」を知れば、その勝てるやり方、たるものはまだ機能するのか。

③プロもしくはプロ並みになった投資家でさえ、1年後には半数は消えているのがこの世界である。では、そういう「勝てるやり方」を知ったであろう人たちはそもそも「勝ち組」ではないのか。一生それで勝てるということになるはずではないのか。


勝ち組になった人があっという間に転落するのが、相場というものです。
ここ数年間でも、大勢のブログが閉鎖に追い込まれ、次々に消えていっていることは皆さんもご承知のことでしょう。
これが勝てるやり方を知った人たちなら、何故こんなことが起こるというのでしょう。
どう説明しますか。


学校で勉強したように、正解がある、と思って相場を勉強していると、どうしても正解を探そうと思ってしまうのでしょう。

相場の正解を探しても、そんなものはそもそも存在するのでしょうか。

答えを探そうとするからしんどいのです。
答えを探そうとして相場をやるのではなく、日々の繰り返しの負けの中から見えてくる相場への理解こそが本質への道だ、と私は常々思うのです。


さて、トレードシステムには、①勝つシステム、②勝ちも負けもしないシステム(手数料負けするシステム)の2つしか存在しません。
負けるシステムというのはこの世には存在しないのです。
何故だかわかりますか。


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帆を張る

2013/06/09 Sun

■乱高下

しかし、毎日毎日よく乱高下しますね。
如何お過ごしのことでしょう。

昨日土曜日、西野流呼吸法に朝行ってきました。
普段でしたら、平日のお昼からとかに行くのですが、相場がこう動いていると、平日離れられません。
通常、昼からは、相場がおとなしくなって、特にチャンスらしいチャンスもなく、という日が多いのですが、最近は、午後からトレンドが出ることが結構多くて、目が離せません。
先週などは、もう1日中乱高下なので、本当に疲れました。

しばらく前までは、朝早くは動くのですが、10時を過ぎるともうおとなしくなってしまうので、呼吸法へ行ったり、映画を見にいったり、昼寝したり、とのんびり過ごせることも多かったのですが、今は「残業続き」なので、本当に疲れます。


■帆を張る

さて、相変わらず「相場どうなるのでしょう」という話が多いのですが、

「私は、とても残念ですが、今回、こんなに下げるとは、まるで予想できなかったのですよね。この下げを予想できなかった私が、どこで止まるのか、この先どうなるのか、を予想できるとは、とても思えないのです。」

と答えています。

この下げを見事に予想できた人には、この先を「予想」する資格もある、と思うのですが、そうでない人、つまり、この下げをまるで予想すらできなかった人が、何故この先はわかる、と思うのでしょう。

私は、その根拠なき自信が不思議です。

過去検証まるでできていないと思います。


とお話すると、こういう反論が聞こえてきそうです。

「あんさん、

じゃあ、聞くけど、そもそも、予想が当たる、とか、当たらない、とかでなく、予想しなくっちゃ、投資なんか始まれへんのとちゃうんか。

将来がわかれへんのなら、そもそも、売りか買いかの判断はどうする、っていうねん。

予想できるできない、ではなく、予想はしなくっちゃあかんもんとちゃうんか。

予想できてこそ、投資ってものとちゃうんか。

ファンダメンタルとかテクニカルとか、ひいては投資手法、具体的やり方、投資戦略、全て予想のための道具やおまへんのか。

投資の成果ってのは、当たれば勝ち、外れれば負け、結局、そういうことやおまへんか。」


なるほど、ご高説確かに承りました。

集約すると、こういう考えを持っている人が実はほとんどじゃないか、とも思えます。

先日、GWの時に合って食事した高校時代の友人たちも「これからどうなるねん。教えてくれ。」というので、「わかれへん。」と言うと、「じゃあなんで相場で儲けているねん。」と突っ込まれて、説明に四苦八苦しましたが、結局、理解してもらうことはできませんでした。

相場を当てること = 儲けること

という絶対的方程式がほとんどの人の頭の中にあるので、それを覆す、ということはほとんど無理、と言えるのかもしれません。

そして、この 

相場を当てること = 儲けること、という絶対方程式を前提として、その当てるための手段として、

ファンダメンタルがあって、テクニカルがあって、手法があって、具体的やり方、がある

という理屈なわけです。


その理屈から、やり方を知れば勝てる、具体的手法がわかれば勝てる、という落とし込みになります。
 
そして、その結果として、勝つために、勝てるやり方、勝てる手法を探そう、という最終結論に至るわけです。


なので、全ての道は、相場を当てること = 儲けること、に通じています。

前に、この話をしていると、もう半分ブチ切れ寸前になったある人からこう言われました。

「相場が当てられるかどうか、そんなことじゃなくて、当てないと儲けられない、という切実な思いなのだ。」

なるほどなるほど、と言われてみてわかりました。

当たるか当たらないか、というようなことなら、何故、勝ち組と負け組が存在するのか。
勝ち組は、常に当てているということなのか、となりますが、そんなに相場が当てれるものなのか。

私自身は、いつも書くように「当たらない。」これが悩みでもあります。

では、そうじゃない、とすると、いったいどう考えているのでしょう。


この話は、実に理解納得してもらえないことなので、私もちょっと考えましたが、次のような例を出してみます。


普通の人は、エンジン付きのボートで移動しようとする。自分で方向を決めて、自力で動こうとする。

しかし、私は、ヨットである。

風の向くままま、風の意思によってのみ、移動する。

私のできることは、「帆を張ること」風を帆に受けて、風の行く方向へただ乗っていくだけだ。

次に風が西から吹くのか、東から吹くのか、私にはわからない。

しかし、西から吹けば、帆を張ってその風に乗ればいい、そう思っているのだ。

東から風が吹けば、帆を張ってその風に乗ればよい。

自分で方向など決めない、というか、次にどちらの風が吹くのかわからない、わからないから決めないのだ。

どちらから風が吹くか、わからないから、わからないことには無駄な時間を使わない。

ただ、自分にできることに全力を尽くす・・・すなわち帆を張ることだけに全力を尽くすのだ。



■西原宏一さんの本

あまり本の紹介もしていないのですが、期待の新刊が出るので先日さっそくに予約しました。

30年勝ち続けたプロが教えるシンプルFX

これは、西原宏一さんがという方が書いた本ですが、西原さんのメルマガは、実は私も購読しています。

西原宏一のシンプルFXトレード

私は株のトレーダーで、FXは時々という程度です。
しかし、この方の考え方は私と非常に似ていますし、メルマガにある為替の情報、マクロ分析は、株のトレードにおいても、とても重宝させてもらっています。

(念のため書きますが、考え方は同じだ、ということだけです。実際の売買はかなり違います。)

結局、為替の流れを読むということは、株式相場を読むことと同じなのです。

私は、マクロ、ミクロの両方のファンダメンタルを見ながら、短期売買をしています。

帆を張るだけ、と先ほどいいましたが、

帆を張るだけ、といっても、ヨットマンは気象予測や海図を重視するのは当然である

と思っているからです。

台風が来るという気象予測があるのに、そこへ突っ込むのはただのアホです。

短期だから、テクニカルだけ、ファンダ無用、ということを言う人が多いですが、私はその考えには全く組しません。

ファンダを見ない、ということは、すなわち、ヨットマンが、気象予測も海図も無視する、ということと同じです。

ただ、では、具体的にどうファンダを使い込めばいいのか、わからない、という疑問もあるでしょう。
一般には、ファンダ = 長期、が普通ですから。
短期とファンダ、そういう融合はどう考えればいいのか、などのことを知りたければ、この本はかなりのお勧め本となります。
というより、現在唯一の本でしょう。



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彼を知り己を知る

2014/03/21 Fri

ネタを探そうと思って、過去のブログのコメント欄を久々に読んでいました。

そこで、「あらなみブログは結局何を言おうとしているのかわからない」というコメントがありました。
苦笑しましたが、そう思われても仕方がない、ということもありそうです。

このブログは、何かを教えてやろう、だとか、初心者を指導する、とかで書いているものではなく、自分の書きたいことをつれづれに書いているだけなので、そもそも何を言いたいのかなど、自分でもわからないわけです。

そして、この「何を言おうとしているのか」という方の裏にあるのは、「どういうやり方が正解というのかが書いていない」ということでもあると思います。

投資以外のブログや本を読む目的が楽しみ、ということとに対して、投資系のブログや投資本を読む目的というのは、「どうやったら勝てるようになるのか」という目的に収斂している、ということが大きく違います。
そのための情報収集であったり、勉強であったり、という意味合いで読むのでしょうから、当然、何を言いたいのかがわからなければ、読む価値も無いのかもしれません。

私のブログについては、誰かを教えてやろう、ということではなく、私自身の体験を綴っているだけなので、その足跡で参考になることがあれば読み取ってください、という程度なんだろう、と思います。



もう一点は、大勢の投資家の方と接していると、はっきりとわかるのは、「儲からない人には共通した考え方が存在する」ということです。

やり方というのは、儲からない人でも、儲かっている人でも、意外と似たようなことをしているものなのですが、投資に対する考え方については、両者はまるで違います。

しかし、儲かっていない人は、やり方のみを工夫して儲けよう、という考えしかありませんから、いつまで経っても、初心者から抜けることができないのです。

ただ、この話は、見えていない人から見ると、「要するに何が言いたいのかわからない」ということになるんだろう、と思います。

そう思うからこそ、角度を変えて、視点を変えて、いろんな角度から記事に書いてきたつもりです。

このことは、「脱皮」という表現で過去ブログでも書いてきたことですが、「虫じゃあるまいし脱皮だと、コラ!!」というお叱りも受けてきました。

儲からない方の共通した特徴としては、

相場を自分の型にはめようとしている

ということがあります。

移動平均から何%下方乖離したら買い

など、

型にはめて、パターン化しようとする試みです。

こうなったら買い、こうなったら売り、というパターン化の試み

これを延々と続けているわけです。

確かに単純化できれば、相場は簡単ですが、相場は生き物ですから、毎回フレッシュなわけです。
それをパターン化しようとする試みは、そもそも相場の本質からずれている可能性が高い、わけです。

年中ダウンコートを着る、というパターン化は、季節の変化で通用しないように、相場局面局面の変化ということをまるで意識していない試みだろう、と思います。

昨年、ちょっとアベノミクス相場で上手く行ったら、「自分もいっぱしの者になった」と自信を深めた方も多かったと思いますが、局面が変われば、そんな自信などあっという間に崩壊したことでしょう。

何故こうなるのだ、というのではなく、それが相場の本質なのだ、ということです。

春夏秋冬があるのが相場であって、これはいつの時代でも変わりません。

時代の流行りもの

にたまたま乗れたのだ、という自覚なしに、それを「型」とか「パターン」とかで理解してしまうから、ちょっと時間が過ぎれば、負け組に入るのです。



じゃあ、時代時代に応じて、次から次に変わっていかないといけないものなのか。

というと、実はそうとばかりも言えない方法論も存在します。

ここまで書いたことは、「個別株主力銘柄」を対象とした投資戦略について、という前提があります。
というのは、株投資家のほとんどは、このカテゴリーに入ると思いますし、私もそうですから、それを前提に書いています。

しかし、そうじゃない投資対象ならどうなのだ、ということも一方ではあるわけです。

まず、FXについて、ですが、FXは、熱帯雨林の気候という感じがします。
どちらかというと、季節感が少なく、雨季と乾季ということは確かにあるのですが、冬と夏というほどの違いはありません。
ある程度、自分のやり方というものから、アプローチしても、季節性をそんなに気にする必要性が個別株主力対象と比較すると薄いのだろうと思っています。
テクニカルなアプローチも、FXの方が合っているように思います。
時に、スコールも降りますが、その「スコール狙い専門」という専門家になってもいいでしょう。
しかし、それでも、アベノミスク相場など、大きなトレンドが出る時と、今のように保合いに入ったところとは、同じパターン化、型という観点で見ると、難しいのだとは思いますが、それでも、個別株主力ほどの季節性はやはりありません。



もう一つの別のアプローチとして、得意なやり方を探すのではなく、得意銘柄を探す、という戦略があります。
特にこれは、流行りもんに流されないこだわりのトレーダーの生き方、ということになります。
4000銘柄近い銘柄があるのですから、その中で、自分に合ったものを見つけてくる、というものです。

例えば、海面に近い環境では、気候の影響をモロに受けて、波が荒かったり、穏やかだったりと、大きく変化するのに対して、深海の環境では、年中穏やかな環境が維持されており、その深海の環境で、

深海魚

となって暮らす、という方法です。

海岸線の波打ち際では激しい波が起こりますから、御するのも大変ですが、深海1000メートルでは常に穏やかな環境が続いています。

その穏やかな環境の中であっても、動かざるを得ないちょっとした動きを狙う、というものです。

実は、私の周りのトレーダーでも、私のように 流行りもん を追いかける、というより、深海魚となって生計を立てる、という方の方が多いのです。
 
というより、その方が、ぶっちゃけ、楽なのです。

深海魚なら、チョウチンアンコウのように、チョウチンの明かりにふらふらと寄ってくる小魚をパクリ、とやるためにじっと待っている、というようなやり方が通用するのです。

エナリスやソフトバンクでナンピンなどすれば即死ですが、そうじゃないものもある、ってことです。

バシバシにレバレッジをかけたFXで、ナンピンでのリスクコントロールが難しいのは当然です。

こういうやり方の議論というのは、深海と波打ち際を同列で見るから、おかしな議論になるのです。

やり方だけの議論など、所詮ナンセンスなんです。

これは、環境も考えずに、「ダウンコートは必要かどうか」の議論をしているのと全く同じです。
ナンセンス過ぎます。

夏の海岸と冬のスキー場で、同じ服装で通そう、という試みのようなものです。



それから、難易度、ということもあります。

投資本とかを読むと、出来高の大きな銘柄を投資対象に選べ、ということがよく書いてあります。
こんなもの、そもそも信じたらダメです。
それを読んで、みんな負けているのですから、そういうことを全て疑ってかかることがポイントなんです。

こういう「先入観」「前提」を疑いもなく受け入れることもあって、初心者ほど難しい銘柄を難しいやり方で取ろうとする傾向が強いようです。

確かに、お金さえあれば、他の競技と違って、いきなりトップの土俵に立てるのが相場の特徴ですが、初心者マークを付けたドライバーが、いきなりF1レースに参戦しようとするのですから、驚きです。

プロ対プロが激突しているハイリスク銘柄に、カモがネギを背負って、おまけに鍋とポン酢まで持ってきた、という状態になるのは当たり前のことです。
アドウェイズやクルーズなど、動きが早いのでついやりたがるのはわかりますが、そこで激突しているのは、百戦錬磨の剣闘士だ、ということをしっかり自覚して参戦するべきでしょう。

身の丈を知れ、己を知れ、ってことです。

私の周りで、儲けている人を見れば、みんな「自分を知っています」
これは1人の例外もありません。
「相場が上手い」「相場で儲けている」といっても、その人達にアドウェイズをやらせたら、ボコボコに負ける人の方が多いでしょう。

相場の上手い人、というのは、自分の限界を知って、自分のできる範囲で、精一杯自分に有利な局面を待って待って、その環境を利用して儲けている人のことを言うのです。

アドウェイズでバシバシ取れないといけないのだ、という理解とはほど遠いものです。
これも、儲けられない人が考えていることとは、まさしく「真反対」の事実でしょう。

ハイリスク銘柄をやって短期間で億トレーダーになった人の本などを読んで、真似しよう、とするからそうなるということもありますが、億トレーダーは、普通の初心者とは、経験も才能も残念ならが違います。
そもそも、才能が違います。
そういう人は、私を含めての普通の人とは全く違うのです。

これも、「やり方がわかれば儲かる」「同じやり方をやれば同じ成果が出る」と思い込んでいるカモの悲しい結末でしょう。

負けて負けて負けて、というのなら、とりあえずアドウェイズやクルーズからは手を引くことです。



要は、自分の力量を考え、今の自分の力では、どういうところに自分の環境を置いて、その環境に合ったどのような生き方を選ぶのか、ということなのですが、これを考えている人は、負けているほど少ないものです。

そして、深海とて、時に大きな水流があることもありますが、そういう時は「やらない」のです。

荒れだしたら手を引く、という最強の武器を使うのです。

個人投資家にとって、この「やらない」「手を出さない」という武器ほど強力なものはありませんが、この最強の武器を駆使する人も、負けている人ほどいません。

それは、「自分の環境」ということを全く意識せず、というより、全く理解すらしておらず、ひたすらに「自分のやり方、型」ばかりを追いかけているからだろう、と思うのです。

逆に、保合いに弱い私のようなタイプは、保合い出したらやらない、という武器を使います。

自分の得意な環境に合わなければ、いくらやっても吐き出すだけです。
特に、勝って兜の緒を締めよ、ということは非常に重要なのですが、それを知らない人がほとんどです。


彼を知り己を知れば百戦して殆うからず  (孫子)

何という意味深い言葉でしょう。
とにかく、前回の病気の記事もそうですが、マーケットの分析ばかりして、己を知らなすぎる人が多すぎます。

やり方が間違っているから負けるのではなく、己というものを知らないから負けるのです。


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格差の理由・・1

2014/05/08 Thu

昨日、何気なくテレビを見ていると、マジシャンの年収をランク付けしている番組をやっていました。

年収が20万円の人から、5000万円の人まで、すごい格差です。

何となく見ているうちに、この番組、実はすごいことを伝えている、と感じました。

というのは、これだけの格差があると、普通の人だったら、上位の人はマジックの腕がさぞかしすごいから年収が高いのだろう、と思うと思います。


しかし、このものすごい年収格差は、マジックの腕の差ではない、ということが番組で明らかになります。

年収20万~100万円というクラスの人は、「自分には知名度がないし、腕がまだ未熟だから」ということを言いつつ、マジック売り場のアルバイトをしたりということで何とか食いつないでいる人たちでした。
マジックをやる以外、何か積極的にしている、という感じは受けません。

ところが、年収が上がるにつれて、ひと味違うスタイルで稼いでいる人たちがいました。
かなり小太りのマジシャンは、朝から、飲食店を次々に回って、営業をかけて、1日中営業しているのです。
とにかく足で稼いでいく、というタイプでそこそこの年収を得ていました。

一方で、若くておしゃれなマジシャンは、セレブのパーティーに食い込んで、セレブ御用達のようになって、年収1000万円を稼いでいます。おひねりで100万円もらったこともある、ということを言っていました。

さらに、年収5000万円のマジシャンは、話をすると、もう「どこかの経営者ですか?」というぐらいマジックに対して、自分の生き方に対しての一家言あって、自分なりの哲学を持っていました。

振り返ると、年収20万のマジシャンは、うらぶれた雰囲気が漂っていて、「いかにも何とかマジック売り場のバイトで食いつないでいる感」がすごく漂っていました。

びっくりしたのは、年収20万のマジシャンが、年収5000万のマジシャンに対して、マジックを教えていたことがある、という話でした。
そして、20万のマジシャンは、5000万のマジシャンに対して「彼はマジックは下手だ。」と言ったことです。
当の5000万のマジシャンはそれを否定しませんし、「20万のマジシャンからマジックを教えてもらっていました。」と感謝していました。



この番組を見て感じたのは、マジシャンといっても、普通レベルのマジシャンであれば、同じようなトランプネタなどを使って、似たようなマジックを披露するわけです。

もし、マジックの実力差で稼ごうと思ったら、よほどの実力がなければ難しいのは明らかだ、と思いました。

それは、極一部のよほどの才能の持ち主が成せる技だと思います。

しかし、この番組に出てきているような、いわゆる普通のマジシャンの範囲であれば、上手い下手といっても、マジックの腕など、50歩100歩の世界でしょう。
ネタも仲間同士で同じようなネタで食っており、大きな差は出なさそうです。
そもそも、マジックのネタというのは、相場があって売買されているものなので、当然似たようなネタになるのは仕方がないようです。

そして、20万のマジシャンが5000万のマジシャンを教えていた、ということですから、

腕の差 = 年収の差

になっていないことは、明らかです。

では、この番組を見ていて、私が感じたものは、どうか、と言えば、年収の差は、次のようなファクターによってできているのではないか、と思いました。

①マジックの腕

②営業力

③話術

④人となり、風貌

⑤人間力



①のマジックの腕は、そこそこの最低限のプロとしてのレベルをクリアしていれば、年収格差になりにくい、というのは先程も書いたとおりです。もちろん、人に見せられるだけの最低限はクリアしていることが条件となります。

②の営業力ですが、ほんとに朝から営業に回り続けて、必死で仕事を取っている人と、どうせ自分は、という人と、年収で圧倒的な差が出ていました。

③の話術ですが、マジックではなく、ウイットの効いた話術で観客を引き込める人は、マジック云々ではなく、収入を得ることができていました。

④の人となりですが、これは、おしゃれでセレブ受けしそうな人はその個性を活かしてセレブに食い込んでいるのが印象的でしたが、太ってやぼったい感じの人でも、必死で営業に回っていることによって収入を得ている、という人もいて、自分の個性に合ったポイントをおさえられている人は勝ち組でした。

⑤の人間力、これは、どういうことかというと、大勢のマジシャンが出演していても、やはり年収1000万以上のマジシャンは数が当然少なかったのですが、この数が少ない人たちは、私が受けた印象ですが、

マジシャンじゃなくても成功していたんじゃないか!!

マジシャン云々の前に、人として大したやつじゃねえか!!

という人たちばかりでした。

話を聞くと、明らかに年収が低い人たちと違って、自分というものをもっていて、何をやるべきか、どう工夫するべきか、自己をどう律しているのか、ということをしっかりと語れる人たちなのです。

特に年収5000万円のマジシャンの方は、一家言を連発し、司会者も「マジシャンの話じゃなくて、偉い人の話を聞いているようだ。」「もうあなたはマジシャンじゃない。」と何度も言わせていたのが印象的でした。

一方で、年収20万円のマジシャンは、残念ながら「マジシャンやめても他の世界でも食ってはいけないよなあ。」という印象をどうしても受けてしまうのです。
会場の雰囲気も「お前、もうちょっとしっかりせいよ!!そんなんじゃだめだろう。」という感じでした。

つまり、マジック云々というよりも、もうマジックの前に、負け組は、

人として既に負けている

ことがどうしても見えてしまうのです。

本人は、おそらく「マジックの腕は自分の方が上なのに。」「これだけ自分が頑張っているのに。」と思っていると思いますが、司会者、コメンテイター、会場のお客さん、そして、私を含めて視聴者全員が、「何であなたは年収20万円なのかわかるよ!!」という状態でした。

他人のことならよくわかるんですよ(汗)


そういえば、その道の世界の一流といえば、「イチロー」であり、「羽生善治」ですが、彼らの言葉一つ一つが教えとなって、本になるぐらいに、それぞれの哲学を語っています。
そして、生き方は、実にストイック。
勝つためには、人としてどうあるべきか、ものの考え方はどうなのか、などなど、とても参考になる二人です。
単に、野球が上手い、将棋が強い、だけではないものを持っている、それがこの二人でしょう。
逆に言えば、野球が上手いだけ、将棋が強いだけ、では、超一流というレベルまでは行けない、ということになるのだろう、と思います。


この番組で大いにヒントを受けた、ということで、トレーダーの話に行きたいと思います。
何を言いたいのかは、もうお察しのとおりですがね(笑)

続く


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格差の理由・・2

2014/05/11 Sun

いつも、拍手いただきありがとうございます。
参考になったぞ、という励みと受け取ってありがたく見ています。

ということで、みなさんの期待どおり、予定調和してしまいましてしまいましょう(笑)

プロトレーダーにとって、トレード技術、相場の理解力、これが利益の源泉だ、というのは当然なのですが、少なくとも、この道で食っている専業ですから、どんなトレーダーであっても、それなりの経験があるわけですし、それなりの勉強もしてきているわけです。

まさか、「トレンドって何?」とか、「チャートパターンを知らない。」「ストキャス、RSI、ボリンジャー、移動平均を知らない。」「テクニカルとファンダメンタル、って何?」というプロトレーダーには、残念ながら会ったことがありません(笑)

ですから、本に書いてあるような通り一遍の知識はみんな持っていますし、年数を重ねれば、日々トレードを実践していっているのですから、経験値も上がってきます。
そこで、極端な差というのは、そんなに出ないわけです。

ところが、年収格差となると、マジシャンより実は厳しくて、それこそ年収マイナスという世界でもあるわけです。
一方で、とんでもなく稼いでいる人もいる世界ですが、相場知識においては、「年収マイナス君」の方が、知識は豊富にある、ということもありえます。
年収格差では、マジシャン以上で、百倍、千倍という格差があるのがトレーダーの世界ですが、その格差が相場理解度だけにある、とは絶対になりません。

また、専業だから、といって、みんながみんな相場の理解力がすごい、とかいうことでもありません。
さらには、プロ投資家よりも、「なかなか儲からなくて行ったり来たりしている投資家」の方が、相場知識が豊富で、本も何倍も読んでいる、などということは普通にあります。

特に、アマに多く生息する「手法コレクター」の豊富な知識には、私とて舌を巻きます(笑)
中には、100を超える情報商材を集めて、古今東西ありとあらゆる手法本を読みあさり、さらに「いい方法」を探して日夜「トレージャーハント」している「手法ヲタ」「手法の鉄人」もいるわけです。
彼らの努力たるや、「AKB48ヲタ」が握手券欲しさにCDを100枚買う、といったことと同じく、その涙ぐましい努力には脱帽するばかりです。
ただ、残念ながら、これは、「ヲタ」「マニア」の話であって、どこまで頑張っても、お金を使う側の立場なんです。
AKB48を使って、プロモーションしている事務所側の立場とは入り口が違います。

私も「ヲタ」だったのでよくその気持は手に取るようにわかります。
ただ、私は、「ヲタ」を卒業し、実践家となって、ようやく道が開けたことは、前にも書いたとおりなので、「ヲタ」たちの気の毒さもわかるのです。


前に野川氏が次のようなことを言っておられました。
「Aくんというのは、相場の理解力はイマイチなんだけど、稼ぐ力はダントツだ。」

この話に象徴されますが、相場の理解力と稼ぐ力、この関係は微妙だ、ということになります。

前回のマジシャンの儲けのファクター分類と同様に、トレーダーの年収格差のファクターを私なりに考えてみると、次のようなものになりました。
ただ、マジシャンは私にとっては他人事でわかりやすかったのですが、トレーダーは自分のことなので、理解不足かも(笑)

①相場の理解力

②自己規律・忍耐力

③胆力・精神力

④人間力


①の相場の理解力、ですが、広範囲をひとまとめにしました。
相場の理解力では、アナリストという存在があります。彼らは非常に相場を理解していますが、投資家ではありません。
何年もトレーダーとしてやっている同士の間では、この差が収入格差に決定的な違いをもたらす、とは言いがたい、ということが経験則的にはわかっています。


②の自己規律・忍耐力、ですが、私のブログでは散々取り上げている項目ですので、くどくどとは書きません。

自己規律という点で、年収格差という観点から面白いポイントがあるので紹介しておきましょう。
その人がどのぐらい勝っているのかどうか、ということを概ね見分ける手段があります。
それは何か、というと「部屋が片付いており、掃除が行き届いているトレーダーの方が利益を出している傾向が強い」というのが私の経験則なのです。
これは、「お掃除マジック」とか、そういう神秘的話ではなく、結局、自己規律を守れるタイプかどうか、頭の中が整理されているかどうか、という基準になるからです。
「自分の部屋」というのは、「誰に強制されることもない聖地」なので、そこを整理し掃除できるかどうかは、偏に自己規律だけにかかっています。

それができない、つまりは、

だらしない

というタイプの人で、自己管理能力に欠ける、ということが部屋の状態に象徴的に出ます。
マジシャンの例でもありましたが、自己管理能力の高い人は、自分から営業に回り、身なりを整え、とやっていますが、見るからに、そして話を聞いても、「だらしないタイプ」の人は面倒臭がってそういうことを自分からやることはありません。
会社ではきちんとしている、というのは、「強制されているからできる」のであって、強制されないところに、自己管理能力が明らかに出るのです。

これは、「金融リテラシー」ということにもつながります。
私が会社員だったころ、同僚がいつも給料日前になったら「金が無い、昼飯が食えない」とぼやいていました。
そして、給料日になったら、バサバサと使うのです。
中には、カードローンで金が回らなくなった同僚も結構いました。
つまり、「金があったら全部使う」ということが普通なのです。
全くといって、自己規律がありません。
お金に対して、だらしないのです。
こういう人は、トレードなど絶対にやるべきではありません。


ただ、今はだらしないタイプだとしても、絶対にダメなのか、というと次のような事例もあります。

友人のトレーダーですが、トレード開始当初は、ほとんど利益が出ず、バイトで食いつなぐような状態でした。
部屋は散らかり放題で、お金の使い方はいいかげん、平気でカードローンにも手を出す、というだらしなさ、でした。
それでも懸命に相場に取り組んでいました。
すると、専業ではじめてから5年経過したころから、次第に相場で利益が出るようになって、相場だけで食って行けるようになりました。
すると、彼の部屋に大きな変化が出ていたのです。
荒れ放題だった部屋が、綺麗に整理されて、掃除が行き届いている、まさに劇的ビフォーアフターになっていました(笑)
お金の使い方も、きちんとなっていて、以前のだらしない状態からすっかり足を洗い、人が変わったようになっていたのです。

自己規律がついたから儲かるようになったのか、それとも儲かるようになって自己規律がついたのか

鶏が先か卵が先か、わかりませんが、

相場で苦しんだ5年間が彼の心を鍛えたことは間違いありません。

(これは、逆に言えば、5年もの歳月をかけて、毎日毎日トレード漬けの日々を繰り返してやっと変われたのだ、とも言えます。)

昔のだらしない彼を知っている立場としては、同じ人物とは思えない成長ぶりにただただびっくりするばかりです。
何故、部屋を片付けるようになったのか、と聞くと、ただ「片付けたくなったから、散らかっているのが気になるようになったから」と言っていました。

余談ですが、デメリットもあったそうです。
それは、「仕事の愚痴を言い合っていた友人と疎遠になったこと」(笑)
自分では何の努力もせずに、上司の愚痴、会社の文句ばかり言い合っていた、その中にどっぷりと浸かっていたのだ、ということを外から見れるように自分が変化したのです。
デメリット?です(笑)


③の胆力・精神力、というのは私のブログではお初の項目かもしれません。
胆力とは、そもそも「事にあたって、恐れたり、尻ごみしたりしない精神力。ものに動じない気力。きもったま。(goo辞書)」とありますが、この胆力が座っているかどうか、というのはトレーダーにとって、かなり大きな収入格差につながります。

胆力に欠ける人は、ここが勝負どころだ、とわかっていても、攻め切れないでお茶を濁してしまって、結局、トータルの利益が伸びないのです。

結果として、「どんな時も、どんな時も」と歌にあるような「平面的な」「だらだらトレード」を続けてしまって、稼ぎきれない、という事態を招きます。

ちょとした相場の値動きでオロオロしたり、しょぼい利益で傲慢になって、少し大きな損失を出すとブチ切れる、とか、

とにかく、胆力無さ過ぎじゃね?

ということを頻繁に耳にします。

プロであっても、負けが続くと、相場から逃げ出す人も多いです。

一般投資家ならさらに、

勝てば有頂天ホテル、負ければ敵前逃亡

の繰り返しの人が多数派なのですから、もう話になりません。

(ちなみにこの「有頂天ホテルと敵前逃亡の癖」は、一般投資家の一番悪い癖だと私は考えています。理由は下で書いていますが、この癖を直すだけでも、大きな成長ができると思います。)

まあ、ブチ切れたままで相場やってもロクな目に合わないのは見えていますが、そういう目先の損益だけでいいのか、って思いますね。私から見れば。

負けが続いているとき、どれだけ踏ん張れるか、ということ、逆境に陥った時にこそが自分との勝負なのに、そこを敵前逃亡するのです。

ここでは余談ですが、そういう胆力だけの話ではなく、実は、

トレード技術の上達は、負けが続いた逆境時にどう立ち向かったか

によって非常に大きく左右されます。

逆境時にこそ神が降りてくる

のです。

私が、トレードがうまくなった、と感じた時は、全て「上手く行かなくなった時に歯をくいしばって相場に対峙していたとき」でした。
儲かっているときなど、ほとんど参考にもなりません。

ここを逃げる人は、いつまでたっても、自分に自信もつかないですし、永遠の負け犬になるだけです。
それだったら、やらないほうがマシだと私は思います。

ただし、損切りせずに損を耐えて引っ張ることは胆力とは言いませんから念のため(笑)
損を耐えることは、誰でもができることだからです。簡単なことなのです。
無計画に損を引っ張りお祈りするのは、ただのアホのやることです。
胆力がないから、損が出た時にオロオロして断固とした処置ができないままに放置してしまうのです。

ヘタッピーの必殺技である損したら、「放置プレイ」「見ないことにする」「いないないばー作戦」など、相場から逃げているだけですからね。敵前逃亡の典型的なパターンです。


また、胆力不足は、生活の中でのいろんな出来事で、心を乱してしまい、トレードに影響する、簡単に切れてしまう、などを繰り返し引き起こします。
家族が病気になったとか、トラブルが起きたとか、そういうことで、見事に崩れてしまうのです。
もちろん、トレードで勝った負けたで、一喜一憂し、フォームを簡単に崩します。
これがあまりにも脆い、という状態になった人をかなり頻繁に耳にします。

特に女性に多いのですが、「日常感覚をトレードに持ち込んでしまう」という愚をやってしまいます。
日頃、1円でも安く、ということで、自転車で数キロ先のスーパーまでわざわざ買いに行くという習慣がある立場にとって、数千円、数万円、が一瞬にしてパーになる相場の世界は厳しすぎます。
ましてや、ここが勝負、という時に、大金をかけて勝負するなど、非日常的過ぎて、その恐怖感に足がすくむのです。

しかし、相場は残酷で、攻めなければリターンもありません。

じゃあ、胆力がなければ、トレードは無理なのか、というと、これも「訓練次第」という部分がある、と私は考えてます。
私自身、この胆力、ということには、常に気をつかっているので、次のようなことを意識的に実践しています。

自分の身の回りにトラブルがあった時など、「敢えて」トレードに取り組むこと

自分自身が取り乱しがちな時にこそ、訓練の場が来たのだ、という認識です。
前にもチラっと書きましたが、親が救急搬送されて2ヶ月、葬儀の前後、1日とてトレードを欠かすことはありませんでした。
トレードが終わったらERに通う、という辛い日々が2ヶ月間続きました。
そして、そのほとんどの日をプラスで乗り切りました。
これを何故やったのか、というと、「心を鍛えるため」でした。
損益などどうでもよく、ただ、「事上練磨」(王陽明)するのみ、だったのです。
この時の経験は、私自身にとって大きな「自信」を手に入れることができました。
何とかかんとかですが、耐え切って、自分に勝つことができたのです。

胆力を鍛えるのは、非常に難しいですし、ものすごく時間がかかることです。

この胆力にかぎらず、自己規律、とて、とにかく「事上練磨」するしかありません。
普通の人にとっては、日々の特訓こそが一歩前進、二歩前進なので、「トラブルや出来事、儲けと損失」などで心を乱す中、どれだけ肝を据えてトレードできるのか、それが私の目標でもあるのです。

相場で稼ぎたい、という人に何故一番に「とにかく実践しろ」と言うのか、といえば、具体的なやり方などは走りながらだんだんと覚えていけばいいだけで、極端には1日で理解できることでもあるのだけれど、この胆力と自己規律だけは、とにかく、実践でしか身につかないし、メチャクチャに時間がかかることだから、

とにかく一日でも早く実践訓練して相場に鍛えてもらわないと間に合わない

という気持ちがあるからなのです。

これは、土地勘・経験値、などよりもさらに時間がかかるんじゃないかと私は思っています。


私は、とても残念なことに、もともと特別な相場の才能もありませんし、普通の精神力しか持っていません。

なので、特別になるには、普通じゃない訓練をしないと仕方がないのです。

だからこそ、どんなに辛い時でも、淡々と日々実践をやり続けること、相場から逃げないこと、私はそれを自分に課しているのです。

こういう特別な鍛え方をしないと、私は普通の人です。普通の精神力しか身につかず、ひいては、100人に1人も勝てない相場では生きてはゆけないからです。

勝とうとして、みんなそれなりに努力していますよ。実際。普通に勉強して、普通の努力はしているはずです。

しかし、普通じゃダメなんですよ。残念ながら。普通じゃ普通に負けちゃうんです。
普通ということは、みんなと同じなので、それは大衆を意味します。
つまり負け組です。
特別でないと残れない、それが相場の世界なんです。

特に、個人的な事情やトレードが上手くいかないなど、「辛い時ほど相場に向き合う」ことを大切にしています。

これは結局「自分と向き合うこと」「自分に勝つこと」と同じなのです。



④の人間力ですが、これは、自己規律、胆力も含めてもっと総合的な話になります。
これはマジシャンのところでお話できた部分でもあるのでトレーダーとして特別ということもありませんから省略します。




王陽明、伝習録より

わたくし陸澄が接待係として役所に勤務していたときのこと、ある日、家から手紙がどどき、子どもが危篤になったと知らせてきた。わたくしは心配のあまり、居ても立ってもいられなくなった。それを見て、先生がこう言った。
「こういうときこそ自分を鍛えなければならない。こんな機会をみすみす見のがしてしまうなら、ふだんの勉強はなんの役にも立たなくなろう。実はこういうときこそ自分を鍛える絶好の機会なのだ。
父が子を愛するのは自然の情ではあるが、しかし天理にもおのずから中和するところがあり、これを過ぎれば私意になってしまう。」

どんな所に身を置いていても、自分にその気さえあれば、すべて自分を鍛える場とすることができる。特に、逆境にあって苦しいとき、悲しいときこそ、自分を鍛えるまたとない機会なのだという。また、王陽明は、人間の感情や欲望を必ずしも否定しない。ただ、それに流されたり溺れたりして均衡を失するこが不可なのだという。だから、それらのバランスをとることも、学問・修行の重要な目標に一つとなる。(守屋洋解説)




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夢と現実の間で

2014/07/26 Sat

次のようなコメントがありました。

>「やり方至上主義」を改めてから、相場への情熱が少し冷めた

実は、このコメントにはものすごく重要なトレードの本質への鍵が隠されています。
私は、このコメント読んだ瞬間に「ハッ」としました。
そういうことか、なるほど、と思いました。
この方のこの書き込みを切り口として、かなり本質に迫れたと思います。
こういう有益なコメントをいただけることが、私自身の相場の理解をどれだけ高められているかわかりません。
相場とは本当に小手先ではない部分に本質がある、と改めて思います。
本当に感謝します。ありがとうございました。

さて、早速、その私の気付きを解説したいと思います。



「やり方至上主義」の方は、ものすごく情熱的にやり方探しをなさっておられる方が大勢おられます。

頭が下がる思いですが、本人は楽しくて仕方がない、といった感じで、いつか当ててやる、どこかで当たる方法を見つけてやる、と必死で勝てる方法を探しておられます。

この気持ちの裏には、勝てる方法さえ見つかれば俺は金持ちになれる、という論理が存在するわけですが、この論理が情熱を引っ張りだしているわけです。

この「やり方至上主義」の方の情熱とは何か、というと、実は、相場への愛着とは微妙に違う部分が存在します。

なぜなら、

「やり方至上主義」とは、トレジャーハンティングと同義

だからです。


つまり、山師なんですよ。

「やり方至上主義」の情熱とは、宝探しの情熱と同じなんです。

どこかに金が落ちている、ダイヤが埋まっている、どこかに宝箱が埋まっている、沈没船に宝がある、それを探しだして俺は大金持ちになるんだ!!

という論理と全く同じなんです。

やり方を当てれば俺が大金持ちになれる、という論理なのですから、全くといって同じです。


目的感というのは恐ろしいもので、「単に山をウロウロしている」のか、「金を探して山を巡っているのか」の違いは他人から見ればわかりませんが、本人の意識は全く違います。


「やり方至上主義」の方の拒絶反応が非常に強いのも、何故か、というと、

自分は宝があると信じて必死で探しているのに、それを否定するなどとんでもないことだ!!

という思いが強いからです。


そして、その宝探しの情熱こそが、トレジャーハンターを動かしている原動力なのですから、もし宝の存在を否定される、ということになれば、すなわちそれは彼らの目的そのものを否定されたことと同じになってしまいます。


そもそも相場をする目的が、宝探しなのですから、それが相場に無い、ということなのならば、相場をやる意味そのものが否定された、ということと同じだ、ってことになるんです。

宝が無いというのなら、そもそも相場などやらない、ということです。

つまり、「やり方至上主義」というのは、相場で勝つための手段というものではなく、それ自体が目的化している、ということなんです。

だから、拒絶反応がものすごいというのも当然なのです。


しかも、この宝探しは、山をウロウロしたり、船をチャーターして海に潜る必要もありません。
今では、家にいて、パソコンを操作することで、誰でもができるわけです。

「やり方至上主義」とは、

超お手軽な現代版トレジャーハンティング


なのです。

こんな夢があって、楽しい、やりがいがあることが他に存在するでしょうか。

今の生活から一発で抜け出せる宝箱が相場に落ちている、それをちょっとパソコンをいじっただけで自分にも手に入るかもしれない、という山師心をくすぐられているのです。

やり方さえわかれば、巨万の富が得られる、ということなのですから、山っ気があれば、誰でもが飛びつきたくなる、ということです。

ギャンブル必勝法の開発ってことですから、それは情熱を傾けられますよ。

これに飛びつきたくなる気持ちはとてもよくわかります。

書店にも、

これさえわかればあなたも1億円

という

山師ガイド本

山師のための山師ガイドブック

が山のように置いてあります。

逆に言えば、地味な本が売れない理由がわかります。

山師ばかりなのですから、山師ガイド本こそが売れ筋になるのは当然なのです。

相場師 = 山師


という方程式が成立しているのが「やり方至上主義」の論理ですから、相場で生計を立てている相場師というのは、

こいつ一山当てたのか!!

ってことになるのでしょう(笑)

そして、自分の当てた山は内緒にしてこそこそ稼ぎやがって!!


という気持ちをどこかに持ちながらも、

こいつが一山当てたってことは、自分にも当てるチャンスがあるってことだ!!

という山師論理を引っさげてさらなる「金鉱探し」に情熱が加速することでしょう。

この山師の山師論理は、情熱を強い目的意識に後押しされているものですから、それを否定する話など、聞く耳が無いのは当然なのです。

本人は相場への情熱と理解していますが、

その情熱とは、山師の宝探しへの情熱じゃねえのか?

ということです。

一攫千金、一山当てれば大金持ちになれる

そりゃー、情熱的になれますよね。




これに対して、私の書いていることは、

コツコツ練習して努力すれば勝てるようになれるかもしれません。

しかも、その努力も報われないことが多いです。


それでも、勝ちたかったら職人の上達のプロセスのように、段階を踏んでコツコツ努力しましょう。


ですから、まるで夢などありません。

しかも、

やり方など一時的なものですぐに相場は変化します。つまり、一発当ててもそれは一時的なものです。

だから、一発当ててなどという現実逃避をやめろ。

という山師の一番嫌いなことを書いています。



山師にとって一番キライなフレーズであるところの

①地味な努力の繰り返し、②仕事感覚、③コツコツの積み上げ

の3点セットなのですから、そりゃー強い拒絶反応が起きて当たり前だのクラッカーなんですよね。

俺はそんなことを求めて相場をやっているんじゃない、一攫千金を求めてこの世界に入ったのだ、そんな仕事と同じようなことなのだったら、そもそも相場などやらない、やる気もない

同じ地味でコツコツなのだったら、確実に給料をもらえる仕事をやったほうがマシだ!!


ってことかもしれません。


私の書いているのは、仕事としての相場であって、山師ガイドではありません。

それが受けないことも百も承知ですが、これが相場師の本当の姿だと私は思っています。

そもそも、相場師など、みんな地味ですよ。
小説だとか、ドラマでは派手なものを想像させますし、それが夢があるということなのだから仕方がありませんが、それは、

一般人が想像する山師の成功者としての相場師の姿

だと思うのです。





今自分の仕事でそんな夢など描きようもないのだ、給料のためにしかたなしに仕事をやっていはいるが、本当はこんなことやりたくないのだ、何とかこの生活から抜け出したい、そのための宝探しこそが相場なのだ。

気持ちはわかります。

私にもそういう時期があったのでよくわかります。

夢を持つ、夢と希望で相場をやる、ということを否定するつもりはありません。

しかし・・・でもそれって、厳しい言い方になりますが、

単なる現実逃避じゃありませんか。


相場は現実ですよ。

2~3年ぐらやるならまだ趣味の範囲でいいと思いますが、私が知っている大勢の投資家はそんな生易しいものではなく、10年、20年、いやもっと、というほど、その



とやらを追いかけて、宝探しを続けているのです。

だから、ついつい情報商材にも頼りたくなる。

情報商材のさくらコメントを読むと「これを知って簡単に100万円儲かりました」「あっというまに負け組から勝ち組になれました」というものに、誘蛾灯に誘い出されるようにフラフラと引き寄せられる気持ちもわかります。

相場をトレジャーハンティングと同じと見ているから仕方がないのです。


ちょっと前にも「この商材どうだろう」と相談を受けました。
どうだろう、ということは、買ってみようと思うが、ということです。
その商材の宣伝を少し読んだだけで、そもそも間違いだらけで、宣伝すら読むに値しないことがすぐにわかりました。
この宣伝文句を書いた人が「如何に相場を知らないか」がちょっと読んだだけでわかったのです。
それでも「この商材はいいんじゃないか」と思う人が大勢いるのだということなのですね。
明らかにトレジャーハンター狙いの詐欺商材、ということですが、詐欺師はトレジャーハンターの心をよく知っているので、如何にくすぐればいいのかもわかっているのです。
そして、グラっと来た人にトドメを指すのが「さくらコメント」でしょう。

「自分の前にこの商材を買った山師はもうこんなに儲けているのか」

というコメントで埋め尽くされています。


そもそも、人気ブログランキングを見ても、如何に情報商材系が幅を占めていることか、それを見ただけでも今の投資家の現状がわかります。

自分のことを「美人OL」とか、ふざけてんか、って感じだと思うのは私だけでしょうか(笑)

誘蛾灯に飛び込んで、でも、その結果はどうでしたか。

山師様ご一行

全て無駄な出費(笑)



長年、家族に迷惑をかけて、自分の夢を追いかけるのも本人の勝手といえば勝手なのですが、そろそろ現実逃避から、リアルの相場に向き合うべきだと私は思います。

何度も書いていますが、宝探しをしていると、相場が上手くならないんです。

宝探しに時間を使っているので、腕を磨く、訓練する、という時間は驚くほど使われていないのがその理由からなんです。

だから、

相場歴20年で初心者ですが、何か?

というツワモノがゴロゴロいます。

まるで相場を知りませんよ。


その宝探しで無駄だった20年を使って、腕を磨く、目利きをつける、土地勘を作る、実践で要領を得る、ってことさえしていれば人生変わったとは思いませんか。






一方で、私の話を聞いて、2~3年ノックを続けた結果、相場でやっとこさ勝てるようになってきた1000本ノッカーの人たちが持つ感想は本当に同じようなものなのがわかっています。

相場は宝探しではなく、現実だった、というのがその感想です。


それは概ね次のようなものです。


「結果として勝てているのですが、何か、だましだましの中でようやく勝てている、という感じで、これが勝つということかどうかまだわからないのです。

勝ったり負けたりを繰り返しながらも、なんとかかんとかトータルでは勝てている、ギリギリのところでだましだまし勝っているという感じです。

やっている最中では勝っているのか負けているのかすらよくわかりませんが、トータルすればこれでも何とか勝っていたのか、という不思議な感じです。

しかし、それもちょっとでも油断すれば簡単に奈落に落ちてしまいます。

だから常に崖っぷちを歩いている感じで油断もできません。

とても勝てているという感覚ではありませんが、それでも結果としてトータルでは勝っているという不思議な感じです。

これまで、一時的には勝っても、トータルでは負けてばかりいたのですが、その負けている時とやっていることはほとんどといって違いはありません。

だから、そもそも何で勝てているのかすら理解できずにいます。

しかし、何と言ったらいいのか、だましだましの方法がわかった、というのでしょうか、やり方は同じでも、なだめてすかしてなんとかプラスに持っていく、という方法がわかったというのでしょうか、そんな崖っぷちを常に歩いている感じです。

これまでと大きく変わったとか、勝てる方法が見つかったとかいう感覚ではありません。

自分では、負けていたころとやっていることはほとんど違いがないのです。

昔思っていた、相場で勝つ人に対する持っていたクリーンな感じとは程遠いものです。

そして、相場で勝っている人というのは、昔は、もっと余裕で勝っていると思っていました。

やり方を当てたという感じもありません。

そもそも勝ち組というのは、「双六のあがり」をイメージしていましたから、勝ち組になれば安泰ということを思っていましたが、そんな感覚も全くありません。

常にギリギリのところで何とか息をしているという感じで、これが相場が勝つことなのかわかりません。

そして、昔考えていたことは、相場で勝てるというのなら、後は単位を増やせばいくらでも勝てると考えていましたが、そんな感覚もまるでありません。

なぜならいつもギリギリで勝っているからです。

これでいいんでしょうか、自分ではまるで自信がありません。」




はい、これでいいんです(笑)

1000本ノッカーさんのさくらコメントでした(笑)

実に、地味ですので、山師の方には飛びつこうとはならないでしょう。
何年も努力するって、そんなのやってられねー、って感じでしょう。
ここには、「あっという間に」とか「これを知っただけで」とかそういうインスタントなことはまるでありません。
地味コツ、地味コツの積み上げだけが答えだと言っているのです。

情報商材の「さくらコメント」とは真反対のコメントですがね(笑)

勝てていない人が持っている勝ち組のイメージとは、明らかに「情報商材のさくらコメント」のイメージでしょうが、それは非現実的な山師の想像に過ぎません。

現実は現実なのです。

こんな本音の感想を書かれては商材も売れなくなるので、誰も書きません(笑)




ここで、山師理論が正しいとすれば、以下のような疑問が・・・

そもそも山師理論によれば、日本中にBNFがあふれていてもおかしくないはず。
何故、BNFは一人なのだろう。
勝っている人は、勝ちパターンを知った人なのだったら、もっと稼げばいいだけなのに、何故稼がないのか。

そんな勝てる手法は、今のネット社会で何故勝ち組だけの秘密として守られているのか。誰かが漏らすということは無いのか。

勝てる方法が見つかった人が「双六のあがり」なら、その人達は100万円儲かったから終わりとなるはずがない。
ましてや、「こんな儲かる方法が見つかったからみんなに3万円で教えてあげよう」となるはずがない。
商材屋は、「100億円儲けてしまったから、今後はボランティアとして一人3万円でそのノウハウを教えてあげよう」という人なのだろうか。

「さくらコメント」で「商材を読んでたったの1週間で100万円稼ぎました」という人は1年経ったら数億円稼いでいた、って話になっているのだろうか。しかし、そんな話は全くといって聞かない。
そもそも、情報商材で大儲けを続けています、というブログの1つや2つあっていいはずなのに、1つも無いのが不思議だ。
あるのは、「検証ブログ」と称するアフィリエイトブログばかりだ。
検証ブログでアフィリなどせこいことをしなくても、勝てる商材を見つけたのなら、それでガンガン稼げばいいのに、何故そうしないのか。

勝ち組とは、「双六のあがり」なのだったら、「あがり」の人たちはみんな「勝てる方法」を知った人たちなのだから、1兆円でも稼げるという人たちなのだろうか。

バブルで勝ち組になったカリスマたちは、バブルの終わりと同時に毎回消えていくが、何故勝てる方法を知った人が消えていくのだろう。勝てる方法を知ったら、一生涯めでたしめでたし、ではないのか。

そういう勝ち組とは別に、プロの投信運用者は、何故、日経平均以上にほとんど稼げないのか。
投信で年利益200%とか、どうして出ないのか。
勝ちパターンを知ったプロが一人ぐらいいて、すごく稼ぐ投信が一つぐらいあってもいいのではないか。
しかも、世界中探してもそういう投信が無いというのはどういうことか。

素人や初心者(自分)でも、ちょっとチャートを小細工しただけで大儲けできる手法が見つかるはずなのに、何故プロの投資家はそれをしないのか。

そもそも、勝てる方法を知った勝ち組は、何故この世の富を全て手に入れようとしないのか不思議だ。自分が勝てる方法を知ったら、この世の富を全て手に入れるまで稼ぐのに!!



こんな矛盾だらけの山師論理を何故信じこんで自分は勝てる手法探しの努力を続けているのだろう?


そこには、山師の夢を食うバクがいるんです(笑)



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テクニカルは道具、ということの意味

2014/09/15 Mon

テニスの錦織選手のインタビューを見ていたら、「世界のトップ選手になるために重要な事は」という質問に対して、次のように答えていまいした。

「海外に出て、世界の多くの選手と試合をすることだと思います。そういう経験値を積み重ねていくことが大切だと感じます。」

経験値という言葉は、そう日常で使う言葉ではありませんが、その言葉が錦織選手の口から出てきたことにちょっとびっくりしました。

実戦経験を積んで、経験値を上げて、その結果強くなる、こういう図式を錦織選手は頭に持っていました。

「必殺技をマスターすること」であるとか「特別な手法を編み出すこと」とか、そういう答えが出れば、さらにびっくりでしたがね(笑)





時々、「こんな本音の部分は他では読んだことがない」「ここまで実践的な話は見たことがない」というコメントをいただきます。
これは、「このコメントが欲しかったのですよ」って感じで、私にとっては、一番嬉しいコメントとなります。
本当にありがとうございます。とても励みになっています。
本に書いてあることなら、本を読めばいいだけですし、熱心な方なら、あらゆる本などは読破されていることだろうということを前提としています。
(パクリ、パチリを排除し、できるだけオリジナリティーをクオリティとしているつもりです。引用はきちんと注釈をつけているつもりです。ただし、野川氏の考え方はどうしても出てきてしまいますが、これは弟子なので仕方がありません。ご了解願います。)

それでも、物足りないのだ、何かが足りない、そういう方に向けて、私の経験から導き出されたものを書いているつもりです。

ですから、こういうコメントを頂けた方は、恐らく、何年も相場で苦労して、何となくご自分で「本に書いてあることだけではダメだ」とわかりかけている段階の方だと思うのです。
私のブログのターゲットはまさしくこういう方です。



一方で、「いろいろ書いているが何を言いたいのかわからない」「具体的なことが何もない」というご批判のコメントも時々あります。
おそらく、チャートはこうやってこうやって、とか、具体的な売買のやり方を求めてのコメントだと思います。

実は、私のブログは、R-15みたいなところがあって、ある程度相場で苦労した人でないとピント来ないところがあるのはもう仕方がない、と思っています。
ですから、勝ち方とか、具体的やり方とかが知りたければ、そういうことを書いている本やブログがいくらでもありますし、これで勝てるという商材も何百もあります。
(余談ですが、何万円もする商材をいくつか読む機会がありますが、そのいずれもが相場本数冊を焼き直したような基礎的、ありきたりなことしか書いていませんでした。そういうものが如何に多いことか、と思ってしまいますね、私だけでしょうかね。しかも、手法を紹介しているのですが、その通りやったら確実に損をする、なんの検証すらされていない、実に恐ろしい、というか、それを儲かった儲かったと出す勇気が凄いと思いますね。。。(笑))



ということで、私のブログは、一部のマニア向け、マニアックブログ、という立ち位置を今後も堅持していきたい、と思っています。

初心者向けの基礎知識的なことであるとか、チャートの見方、など相場本を数冊読めばわかるようなことは書きません。

ブログタイトルも、「マニアックなあらなみ館へようこそ」「これであなたも神秘の世界へ」と変更案も視野に入れて(笑)



さて、マニアのみなさんに、今日の記事はどう読んでいただけるのか、ご期待に添えるものになるか、いつも興味深々なわけです。

ということで、本日は、このブログの過去の記事で、何度か「テクニカルは道具であって勝ち方ではない」ということを書いているわけですが、その意味がピンと来ない方が結構多いように思いました。

今回、ちょうど理解を深めるにあたって参考になることがありましたので、それをご紹介しておこうと思います。




今年の5月に野川氏と食事をしている時でした。

私が、保合いを離れたある局面について、エッジを感じるのですが、という話をした時に、野川氏が次のように言われました。

「その局面を再現するには、3本の移動平均の収束を見ればいいのかなあ。そして離れたという認識にはボラティリティフィルターを使えばいいのかもしれない。」

そう言われたので、私が「それだったら収縮にはADXあたりでもいいかもしれませんね。離れの認識には、単純に前日比を使えばどうでしょうか。」

という会話がありました。

話をした時には、特に違和感が無かったので、特別印象を持ったということは無かったのですが、後で考えてみると、この会話が成立するには、ある共通認識が無いとダメだということに気がつきました。

その共通認識とはどういうことか、というと、

自分のイメージしている相場局面を再現するための道具としてテクニカルを用いる

ということです。


これはどういう意味かというとさらに詳しく説明すると、

相場の特定の値動きがイメージできて、その特定の値動きのイメージを主観的にではなく、客観的に定義するためには、特定のテクニカル分析を用いてそれを定義しなくてはいけない


ということなのです。

そうでないと、感覚的なイメージ、パターン認識となって、システムへの応用ができない、主観的である、ということになってしまいます。

主観的であるなら、検証が難しいですし、統計を取ることができません。

そういう意味で、イメージするパターンをテクニカルによって、客観的に定義してしまう、という作業をすることは、我々にとっては普通のことなのです。



例えば、ブレイクアウト、と言っても、何をどのように抜けてくればブレイクと定義するのか、ということは、人によって結構認識が違います。

HLの転換点といっても、どの時間軸で、どういう定義の高値安値を取るのか、それによって、結果はまるで違ってくるのです。

そもそもHLの認識をどうするのか、この定義付けも意外と難しいのです。
目で見れば、「ここが高値で、ここが安値」とわかりますが、それを如何にして定義するのか、というのはちょっと複雑です。
ここではその定義をどうするのかが議題ではないので定義の話は省略しますが、他にも目で見てわかることでも、定義するとなると結構大変だということは多いです。

また、何となく、チャートの範囲にある高値を抜けたら、といっても、その時間軸には、1分足から月足まであるわけですから、何のどの期間をどのタイミングで、というのが定義されていないと、再現性がありません。

自分のやりたいことを客観的に再現するために、テクニカルによって定義する

これがテクニカルの主要な使い方だという認識をしているわけです。

これが、「テクニカルは道具だ」という意味です。


道具、つまり、大工にとっては、のみ、かんな、のこ、という大工道具です。

道具は、目的があって、その目的のために使うものです。

木を切りたければ、のこを使う。

穴をあけたければのみを使う。


ある目的があって、そのために道具を使うわけです。


テクニカル分析の本や商材を見ていて思うのは、テクニカル分析そのものが目的になっている、ということです。

何をしたいからこの分析を使う、ということではなく、この分析はこういうことができる、という説明しかされていません。

目的なのか、道具なのか、という位置づけが不明確だ、ということです。

私が初心者の頃は、オシレーター類、例えば、RSI、SCI、STCなどをめったやたらに組み合わせれば確率が上がる、と思って、検証を繰り返したり、とかやった時期がありました。
とにかく、あれもこれも入れれば料理が上手くなるという感じです。
そうすると、過去の究極の局面で恐ろしい確率で勝てる手法になるのですが、将来には二度と再現することはありませんでした。
テクニカルにハマった人が一度は経験する青春の苦い1ページってところでしょうか。
もう30年近くも昔でしたから、テクニカルの本もほとんど出版されてはおらず、今のように洗練された考え方も無ければ、テクニカルをパソコンで出すだけで、最先端だった時期でしたから、試行錯誤の日々を懐かしく思い出します。
ただ、当時は、手法ハンター、つまりは、宝探し、トレジャーハンターだったので、夢だけはいっぱいでした(笑)

毎日毎日、こんなに飽きもせずに検証ばかりしていたものだ、って時期でした。
こういうことを経ていますから、私ほどテクニカルに詳しい人間が他にいるのか、ぐらいよく知っています。
まあ、知っていても、それで儲かったってわけではないので、微妙な話なのですがね(笑)

当時は、純粋に、テクニカルに依存していて、チャート分析ツールの中に儲けの答えがある、という手法ハンターでした。

しかし、結果は、

罫線屋 足を引き引き 足を出し

(罫線屋というのは、足(罫線)を引いては、足(損)を出す)

という典型でしたね。




テクニカルツールも、色々とあるわけですが、一例を上げてみます。

ボリンジャー・バンドですが、一見すると、下のバンドで買って上のバンドで売れば儲かるような気がします。
なので、商材などでは今でも不動の一番人気のオシレーターでしょう。
しかし、ボリンジャーを使って、一体何をしたいのか。
なんとなくボリンジャーを使って、下で買って上で売って、をすればいい、みたいな話では、道具に振り回される、ということになりはしないのか。

タダでさえ、ボリンジャーというのは、ボラによって伸び縮みする、という器用な道具です。
これは逆に言えば、直近の値動きによって、その場その場で、当てはまるように最適化を繰り返している、とも言えるわけです。
それでは、後で見れば当たっているように見えるけれど、次の動きにはまた最適化するわけですから、計算式の中に既に当たりを逆算する式が組み込まれている、という性質がある、ということを理解しておかねば使えない道具です。
これで何を表現しようとしているのか、なかなかに難しい道具となります。
しかし、初心者向きには人気のツールとなっています。
表面的には当たっているように見えるからでしょうが、それは半分後付で当て込んでいるということなのです。


逆に、初心者には見向きもされない道具に、移動平均乖離率というものがあります。
複雑な統計とかは使われていないシンプルな道具です。
しかし、これは、プロ向きには欠かせないツールでしょう。
何故なら、これ1つで、トレンド認識やオーバーシュートを表現することが可能だからです。
例えば、「上昇トレンド中の押し目」という認識は、この乖離率だけで表現が可能です。
つまり、何を定義したいのか、といった場合に、非常に使いやすい道具といえるのです。



じゃあ、自分が認識しているパターンをテクニカルで定義できない時にはどうするのか。

野川氏は言います。

「ツールを作れば良い」

つまり、大工仕事で、やりたいことが既存の道具でできないのなら、そのやりたいことに合わせた専門の大工道具を作れば良い、ということになります。

私もいくつも自分でテクニカル分析ツールを作っていますが、それは、自分のやりたいことを定義するために作っているわけです。

こういうことをしたいが、できる道具が見当たらないから、テクニカルを作る

既存の道具でできることであれば、それを使う


当然、そのテクニカル分析ツールがどういう計算でされているのか、結局何をそのツールは表現しているのか、そもそも何をしたくてそのツールはあるのか、そういうことは、当然の基礎知識として知っていることが前提です。
読み書きソロバンのようなことです。



何かをしたいから、そのための道具としてテクニカルを使う

とはこういうことを意味しているのです。


念のために追記しますが、ここで書いているのは「テクニカルは道具」という意味であって、「テクニカルの正しい使い方」ということで書いたつもりはありません。

それと、実際のトレードでは、私はテクニカルは一切使っていません。
何故なら、ローソク足を見ればわかるからです。
そもそもは、テクニカルがこうだから売買する、のではなく、こういう動きだから売買する、ということですから、目で見たチャートが全てなのは間違いありません。
もちろん値動きというのは判断の一部でしかありませんし。



さらに当然の前提として、

そもそも何をしたいかわからない、漠然と儲かる方法だけを知りたい

ただ儲けたいだけ

という方には、無縁の話でもありました。

そもそも、設計図も無い、どういう家を建てたいかもわからない、というのでは、ノコとトンカチ、かんなを用意しただけで、果たして家が建てられるのか、って話です(笑)



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私の考える型の意味

2014/11/08 Sat

■通貨の切り下げに

私は、今回の一連の措置によって、株が上がっている、ドルが上がっている、というよりも、「円の価値が下がっている」ということであり、円の価値を下げようとしているのが、今の政策だ、という認識をしています。

通貨供給量を増やすということは、果汁100%ジュースを水で50%薄めたのと同じです。

悪貨は良貨を駆逐する


江戸時代、財政に困った江戸幕府は、貨幣の金の含有量を下げて、貨幣を増やしたということでしたが、それと同じことをしています。

とにかく、株が上がっているのでもなく、ドルが上がっているのでもなく、円が下がっているのだ、ということです。

まだ、インフレ率が大したことがないので、生活実感は薄いですが、インフレが進むにつれて、はっきりと実感するようになるでしょう。

少し前にも、今年1月の

政策に売りなし

というこちらの記事で書いたように、円で資産を持っているリスクが一層高まっている、ということがはっきりしてきた、といえます。

既に、ドルに対して、株に対して、ここまででも40%以上減っているのです。
自分の預金が激減している、と実感している国民はそう多くないでしょうが、同じドルを買うためには、同じ株を買うためには、これまでよりも1.5倍近く出さないと、もう買えないわけです。
これはかなり大変なことです。
価値がどんどん下がっているのです。

これだけの価値の減少は、円の預金を単に持っていることが、どれほど危険なことか、過去に例のない状況だと思います。
これは、まさに「平成の徳政令」とも言える措置かもしれませんね。
これでガンガン円の価値を下げていけば、国の借金も棒引きすることができるからです。

貯金が一番安全だったデフレ感覚から、早く脱皮しないと、気がつけば偉いことになった、ということになりかねません。

今一番悲惨なのは、預金を持っている高齢者なんです。

これをわかりやすく解説した記事がロイターにありましたので、ご参考までに。

日銀が「通貨切り下げ」開始、ドル120円も視野


ブラックホール化する日銀の国債購入

すでに保有額が約200兆円に上る日銀の国債購入は「ブラックホール」の様相を呈し始めている。






■私の考える型の意味

型(パターン)ということについて、私が誤解を招く書き方をしたので、それを少し解説しておこうと思います。

わかりやすくするために、例によって事例を出します。


柔道。

私は、高校の授業でやっただけなので偉そうには書けませんが、まず、柔道を始めるにあたって、最初に習うことは、

受け身

です。

受け身ができなければ、怪我をするので、何よりも真っ先に受け身を習って、それを何度も練習します。

次に、

技(型)

を習います。

技というのは、大外刈であったり、内股、そして派手な巴投げなど、色んな柔道技があるので、その技を教えてもらいます。

そして、その技を習得するために、何度も

打ち込み稽古

をします。

技を知るだけでなく、何度も何度もその技を打ち込んで、体で覚えさせるわけです。

そうしてある程度体ができたら、乱取り、という稽古で、実戦形式で稽古をし、全ての技を使って、相手と打ち込み練習を繰り返します。

こうして、稽古を続けた後で、試合をする、というプロセスをたどります。

ここでの柔道の上達のプロセスのポイントは、

①まずは受け身を覚える

②技を覚える

③覚えた技を練習して身につける


という過程を辿るということです。

こうして、基本の型を覚えて、実戦につなげていくわけです。

この中で、型を知る、というのは、入り口の話であって、型を知ったからといって、柔道が出来た、とはならないことは当然というか、当たり前過ぎる話です。

また、柔道家で、「私は柔道の技を知りません」という人は、一人足りともいません。
これも、当たり前過ぎる話です。

こうして、次第に、自分が得意な技、というものができてきて、小内刈りを得意とする、とか、練習と試合を積んでいくうちに自分の癖や得意不得意をマスターしていくわけです。

じゃあ、こういう基本の型を超越して、「自分だけの必殺技」を作ろう、その必殺技さえ完成すれば、オリンピックで優勝できる、という輩は実はいません。

ましてや、「必殺技」を頭だけで考えて、「必殺技を思いつけば柔道で勝てる」などとたわけがことを考えている柔道家など、一人足りとも存在はしません。

ましてや、基本の技すらできない柔道の初心者が

「俺は誰も知らない必殺技を自分で開発してオリンピックを目指す」と言った

秋葉原の裏路地売っている「柔道秘密の必殺技、これを知ればあなたもオリンピック選手になれる」という本を一冊20万円で買った


というのを見たら、ベテラン柔道家は、「鼻で笑う」「ばかにする」「無視する」のどれかでしょう(笑)

オリンピック級であっても、既存の技を繰り返し練習して、自分のものとし、その技の切れ味をもって、オリンピックに望むのです。




では、中華の料理人。

当然、最初は下働きからのスタートです。
下働き中に、当然レシピなど頭に入っています。
こちらも、型というのは、初心者のうちに覚えているものです。
レシピ(型)を知っていることなど、料理人としては、当たり前のこと。
しかし、レシピを知ったからといって、料理人として一人前なはずもありません。
レシピを覚えるなど、新人が最初に覚えてしまうようなことです。

熟練の料理長。
料理にあたって、調味料をいちいち計量カップで計ることなどしません。
おたまでシャクって、感覚で調味料を足していくのは当然です。
しかし、その感覚というのは、「初心者のエイヤー!!」ではなく、熟練しているからこその経験値から「わかっている量」を入れているわけです。
しかも、その量の調節にあたっては、素材の程度や火加減など、微妙に調節できているものです。
調理にあたって、計量カップ(ものさし)を出してきて、いちいち計ることなど、熟練の料理人はやりません。
また、包丁を入れるときに、ものさしを当てて、計りながら切る、ということもするはずがありません。


では、基本の料理さえまともにできない新人が、「自分だけの必殺レシピ」を考えて、それで一流になろう、とする姿は、どうでしょう。

ダシすら出せない新人が、自分だけのオリジナルレシピで天下を取ろうとする姿

滑稽にこそ感じても、そいつがまともに料理人になれるなど、誰も考えないでしょう。

ただの阿呆な新人、ってだけです。
下働きや基本の調理の訓練もせず、ひたすら「必殺レシピ」を考えてる新人は、多分追い出されます(笑)

また、まともな料理人になるためには、厳しい下働きを経て、基礎からみっちり、というプロセスをたどります。
最初からう面白おかしく、というのは、ママさん料理教室でやることです。
しかし、ママさん料理教室では、10年習っても、まともな料理ができない、のは何故か、ということです。




他にもいくらでも事例を出すことができますが、振り返って、某世界では、不思議なことに、こういったアホ新人こそが普通にまかり通っているおかしな世界です。

最初から、料理長と同じ料理ができると思っている新人

基本のダシさえまともに取れないのに、自分だけの特別なレシピを考えている新人

稽古、練習をしようとせず、ちょっと負けたら、ダメだ、と放り投げる新人


そもそも受け身すら満足にできない

ベテランが見たらどう感じることでしょう。




そもそも、、

この世界の新人に興味があるのは、基本の型ではありません。

その型を知ったら世界が取れる必殺技


を知りたいだけ、ということです。

ですから、基本の型には対して何の興味も持たないし、ましてや、基本の型で練習などするはずもありません。

ひたすらに、聖杯伝説を求めて、レイダーズ失われたアークをやっているのです。

また、そういう必殺技が3万円で売られている、と思っているかもしれませんが、そういうのがあれば、ヘッジファンドが1億円出しても買っていきます(笑)




私は、型(パターン)を無視している、とか不要だと言っているのではありません。
型を知っている、というのは当たり前のことなんです。
最初は、基本の型からスタートすることは、当然でしょう。
ただ、型を知ることと使いこなせることは別問題です。

熟練していないのですから、計量カップ(テクニカルツール)を使うことも何ら問題はありません。
ただ、理解しておかねばいけないのは、計量カップは所詮は計量カップだ、ってことです。
計量カップに、秘訣がある、と思っている料理人がいれば、探してきてください(笑)

また、大外刈を知ったから、といって、それで万能ナイフになる、とも思っていない、ということです。
そもそも、知ることとできることは全く違います。
大外刈をマスターするためには、ものすごい時間の練習、訓練が必要なのは言うまでもありません。
3回やってみて「この技はダメだ」となるのはおかしい、です。

そして、そういう柔道の基本技すらまともにできないのに、自分だけの「必殺技」を考えている、ということが本当に正しいプロセスなのか、柔道で勝つためには他にやるべきことがあるんじゃないか、と言っているだけなのです。



つまり、私は、

レイダーズごっこやるんじゃなくて、練習して上手くなるという当たり前のプロセスをふめばいいんじゃないか

それは、遠回りのように見えるかもしれないけれど、結果として近道になる


と言っているだけなんです。


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鶏が先か卵が先か

2015/02/14 Sat

私のツイッターのフォロワー数が500を超えました(祝)

何も書いていないツイッターですが、どうもありがとうございます。

ツイッター、結構面白いです。
まだやっておられない方は、こちらの記事を参考にはじめてみてもいいと思います。

Twitter事始め



NHK大河ドラマ「花燃ゆ」、見てますか。
松蔭先生が毎回素晴らしい。
毎回、教えがあるのですが、それがちょっと涙するほどよいです。
もうちょっと教えのシーンを増やして欲しいと思っているのは私だけでしょうか。

人は何故学ぶのか

感動しました。
まだの方は是非ご覧になってください。


道の精なると精ならざると、業の成ると成らざるとは、
志の立つと立たざるとに在るのみ、
故に士たる者は其の志を立てざるべからず。
夫れ志の在る所、気も亦従ふ。


生き方が確固たるものになれるか、物事を為し遂げる事が出来るか否かは、
全て志が立つか否かにかかっている。
志さえ立ったならば気力は自ずと従って来るものである。

(吉田松蔭)





さて、最近ちょっと気がついたことがあって、トレードを始める前に、こういうことを考えている人がかなり多い、というより、みんななのかな、ということがありました。

それは、

「まず、実際に売買する前に、どういうやり方をするのか、きちんと定めてから始めるべきである。」

「具体的なやり方がきちんと定まってから、実際に売買すべきである。何故なら、無手勝流に始めてもメチャクチャになって負けるだけだからである。」


なるほど、ごもっともなご意見です。

「まずきちんとやり方を定めてからスタートする」

何となく正しそうです。

そりゃそうだ、いい加減にやって、トレードなど、勝てるはずがない。

最初から、きちんとしたやり方でやらないと負けるに決っている。そんなのだったらやらない方がましだ。

というご意見が多数ある、ということです。



では、逆に尋ねます。

その、いわゆる、きちんとしたやり方、なるものはどのように見つけるのでしょうか。

その「きちんとしたやり方」とは、どのようなきちんとしたやり方なんでしょうか。




「きちんとしたやり方」

簡単に言いますが、それって、そもそも何でしょう。

もっと突っ込めば、

きちんとしたやり方とは、つまりはそれでやれば、勝てるようになるというやり方

でしょうか。

つまり、

きちんとした勝てるやり方


という意味で使っておられますか。

用語の定義を曖昧にせず、きちんと使うべきなので、しつこく書いています。

それとも、

きちんとした負けるやり方


でしょうか。

これは無いでしょうね。

では、結局、「きちんとしたやり方」というのは、そのやり方どおりにしたら、勝てる、というやり方、ということになる、ということは、漠然と気がついておられるのでしょうか。


何故、こんなことをクドクド書くのか、というと、

トレードを始める前から、「きちんとした勝つやり方」がわかっているのなら、もうその人は勝ち組ですよね。

そのとおりやれば、勝てるのだったら、ただやればいいだけ。

どうぞ、その「きちんとしたやり方」でおやりください、ってことにしかなりません。


しかし、トレードをしたことがない、もしくは、少しばかりかじったことがある、という人が、「いわゆるきちんとした勝てるやり方」をどのようにして知るわけでしょう。

情報商材 うまい人の真似 本に書いてあったこと ブログで書いてあること

でしょうか。

そういうものをパクって、そのとおりやることが「きちんとしたやり方」という意味なんでしょうか。

それとも、トレードをしたこともない人が、自分で勝てるやり方を見つけるのか・・・無理無理!!


そういう考え方であれば、まずは実戦を始める前に、

手法を探さないといけない

という理屈になるから、結果的に、

手法ジプシー 手法コレクター 手法マニアへの道

となって、地縛霊を始める、ということになるのと同じでは、と私は思います。

まずはじめに「きちんとしたやり方」が必要、と思っている人は、結果的に、無自覚に手法コレクター道を進む、ということと同じだと私は思います。

「まずきちんとやり方を定めてからスタートする」

何となく正しそうなこの考え方ですが、こうやって突き詰めて考えると、実は疑問だらけだと思いませんか。私は思います。


では、適当にやれ、っつうんかい!!

そんなんだった損するだけで、メチャクチャじゃねえか!!

となりますが、このような事例はどうでしょう。


子供にスケートを教えるとき、まず最初は、理屈とかではなく、とにかく、スケート靴を履かせて、自由にスケート場で遊ばせる

子供に水泳を教えるとき、はじめに泳ぎ方の理屈を教えるのではなく、水着に着替えさせて、とにかく水に慣れさせる。適当に水で遊ばせることからスタートする


こういう教え方って、メチャクチャですか。



林先生の息子さんが、最初に林先生から相場を習った時のことを書かれていたものを読んだことがあります。

私の記憶ですが、最初、場帳の付け方をちょっとだけ教えてもらって、後は適当に売買しろ、みたいな感じだったそうです。
売買の記録を見せても、ちらっと見るだけで特に何も教えてもらえなかったそうです。

親が子供に相場を教える時、これは、もう秘密も何もなく、本気で教える姿だと思います。
とにかく、子供に相場がうまくなって欲しい、という親の切なる願いがあって、自分の今の持っているものを本当は全て伝えたい、そういう願いを込めての指導のはずです。

それが、こういう形なんです。



私も子どもがいます。
時々、将来、子供に相場を教えることがあったら、どのように教えようか、と考えることがあります。

ところが、いくら考えても、林先生の完璧な教え方以上のことが浮かびません。

私なら、子供に、チャートとは何か、をまず教えて、

後は少なくとも一年間、適当に自分のやりたいようにやってみなはれ!!

と指導します。

本当に上手くなってほしい。
自分の全てを教えたい。
そう思っている相手が自分の子供です。
その子供に教える時、間違いなくこのように指導します。

何故こんな荒っぽいやり方をするのか。

理屈こねても1000%絶対にわからないからです。経験しないと。

そして、

妙なやり方の先入観を持ってほしくないからです

相場からの声を素直に聞ける耳を養ってほしいからです

そして、相場とは自分との戦いだ、ってことに気がついてほしいからです



そんなんじゃ勝てないじゃないですか!!


というご意見があると思います。


じゃあ、逆に言わせてもらいますが、

そもそも初心者が何で最初から勝たないといけないんでしょうか。

10年、20年と相場を続けていて、勝てない人が大半なんですよ。相場って。

相場で勝てる、ってことは、専業でなくても「プロ」もしくは「プロ並み」ってことですよ。
それで稼ぐことができる、ってことはそういうことです。

ピアノをはじめて、半年で、ピアノで稼ごう、と言う人は、アホと言います。

バイオリンをはじめて、1年でプロになる、と言う人を、アホと言います。


何故、相場だけ、半年で勝てる、と思えるのか、自分だけは特別と思えるのか、そこが甚だ疑問だと思いませんか。
私は、そういうことを「非常識だ」と言うのだと思います。

いつも書きますが、相場だけが特別ってことはありません。
常識の範囲で相場も成り立っている、と思うのです。



前にも書いていますが、私が相場を始めた時、そもそもは何となく始めたのですが、最初の頃に林先生の本に出会いました。とても幸運でした。
そこに、地味な練習方法が書いてあったので、それを始めたのです。
しかし、その「コツコツさ」に嫌気がさして、

派手でキラキラしたパソコンを使った必勝法にのめり込んでしまいました!!

きちんとしたやり方探しに奔走してしまったのですよ!!


もう、後悔してもしきれないぐらいの後悔です。

こうして10年間を無駄に過ごしてしまいました。

バックツーザフューチャーのデロリアンがあるなら、当時の自分の時代に戻って、

地味でコツコツの実戦練習を絶対続けろ!!

遠回りのように見えて絶対そのほうが早い!!


勝とうとするな!!

やり方など何だっていい!!


と口を酸っぱくして言ってやりたいところです。

そういう後悔があるんです。


このブログを読んでくださっているみなさんなら、

ブレイクアウト、トレンド、逆張り、順張り、サポレジ、押し戻し、分割売買

という言葉はご存知ですよね。

もし、この言葉がわかるぐらいなら、もう基本的な知識はお持ちだと思います。

そうであるなら、それ以上勉強することなく、実戦でとにかく、いろいろやってみる、ってことでいいんじゃないでしょうか。

最初の数年間は、授業料払えばいいだけじゃないですか。

上達のためなんだから、当然の授業料だと思いますよ。

特に、FXは、今では最小単位は、本当に「ミニマム1ドル」単位から売買できるのですから、練習としては、もうこれほどの環境は無いぐらい素晴らしい時代ですよ。

しかも、お昼の仕事しながら、夜のちょっとした時間で訓練できるなんて、最高じゃないですか。

昔は、株のデイトレとなると、仕事やめて、必死の覚悟でやらないといけなかったことと比べれば、敷居は恐ろしく低くなっています。

こんな環境、生かさずに、何で、やり方探しなんてしてるのか、不思議なぐらいですよ。

最初の1年間、心配しないでください。

絶対に負けますから!!

100%負けます。


ヘタしたら90%のトレードで損切りでしょう。

それでいいんですよ。

それをダメだと思うから、みんな挫折するんです。

負けたら意味が無い、と思うから、挫折するんです。

こいつ、メチャクチャ書いている、と思われるかもしれませんが、この90%の損失トレードを3年間続けてみたら、絶対に見えるものがあるんです。


3年間、負け続けたら、もう負けの名人ですからね。

感覚的に、「こうやったら絶対に負ける」ってわかってくるんですよ。

こんだけ負けを繰り返したら、もう何をやったら負けるのか、全部感覚的にわかってくるんです。

名人級の負けの達人になってみませんか。

全部、自分の負けパターンは認識できるようになるんです。

そうなれば、自分がやろうとしても、潜在意識が勝手に拒否ってくる!!

そして・・・ある日、それを「ころっと」ヒックリ返したら、どえらいことになっていた!!




最近、ある方が「それでもまだ負けます」というので私が言いました。

負けの数が全然足りない!!


私は、自信を持ってこれだけは言えます。

誰よりも負けの数は凄い!!

今でも、毎日毎日、負けトレードの数を更新し続けている、ものすごい数負けている!!



これは、私の経験だけではなく、これをやってみた複数の人が後に起き上がってきていることからもわかっているんですよ。

ただ、90%損切りトレードは、殆どの人が数ヶ月ももたなくて、失意のうちにやめる、挫折する、こんなこと続けてても無駄だ、ヘタレの癖がつく

と思うから誰もそんなに長く続かない、だけなんです。


自分に合った泳ぎ方が、クロールか、平泳ぎか、背泳か、バタフライか、など、泳ぎながら見つけていくしか無いじゃないですか。
何で、泳ぐ前から、自分はクロールだ、って決め付けなければいけないのか。
所詮、泳ぎ方など、4パターンしか無いんですよ。
泳ぎながら、水とはなにか、自分とはなにか、そういうものが段々見えてくる、ってのが普通じゃないでしょうか。
しかも、自分だけは、自由形で普通のクロールじゃなく、「必殺クロール」でなくてはいけないと思い込んでいるのか、不思議ですねえ。




PS:今回の記事のコメント欄が非常に充実したやり取りになっています。普段コメントを読まない方も、読んでいただければ、参考になるかと思いますので、ご案内まで。



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調理の意味

2015/04/28 Tue

ちょっと遊びごころでこちらの研究所別館にGIF動画をアップしました。
板の動きとか、面白いですね。


土曜日はお天気もよく、昼食に西天満にある懐石料理の「老松喜多川」さんを訪問。

2012年6月オープンだそうです。

お店が隠れ家的でちょっと迷いました。

ここはミシュラン1つ星だそうで、ご主人は、あの予約困難店である祇園の「ささ木」出身とのこと。
ささ木と同じく、1コースのみで、同時に12時スタートというパターンでした。

2015-04-21.jpg

お昼のコースなので、リーズナブルですが、味は一級品なので、お得感抜群ですね。

カウンターは満席でした。

凝った京都の懐石料理で、どれもが実に美味い。

職人の腕を感じながら、

さすがっすね!!

と言いたくなるのとグッとこらえて、幸せな時間を満喫できました。

素材もいいものを使っているのはもちろん、その素材の良さを邪魔しないような京風の薄味でしっかりと仕上げている、何とも言えない手のかけ方なんです。

しかも、見るからに手が込んでいる。

いいですねえ、美味しい料理というのは、幸福な時間を味わえます。

私は、間違っても家庭では食べられない京料理が大好きですから、嬉しい時間です。

グルメかどうかと言われると、グルメと言うほと舌が肥えているとは思いませんが、グルメの定義で、「わざわざ食べるために遠方まで出かけるタイプ」かどうか、で言うとグルメなタイプです。

大阪に住んでいますが、京都とか、神戸とか、特に京都には美味い店が多いので、出向くことがありますが、嫁とかは、「わざわざ食べるために京都に行くって嫌」と言われます。
これは多分グルメとは言わないのでしょうね。

食べることが楽しみで、食べるためには遠方まででかけてもよい、と考えているのを一応グルメとすれば、私は間違いなくグルメです。



実は、前に、北海道に行った時、苫小牧ではちょっと有名なお店に入りました。
芸能人とかも訪れたことがある、というお店だそうです。
さすがに北海道は、食材の宝庫ですから、毛ガニだとか、函館から直送した活けのイカであるとか、アスパラを湯がいたものとか、実に美味しい料理を堪能できました。
しかし、手の込んだ料理、例えば、ウニと貝をアレンジして焼いたもの、であるとか、何品か食べたのですが、その全てと言っていいぐらいの料理が、せっかくの素材の良さを台無しにしているのです。
せっかくいいウニを使っているのに、貝と焼いて、臭みをわざわざ引き出すような調理をしている。
貝も地元で取れた一級品。
なのに、貝の臭みしか感じられない料理に仕上がっている。

料理人がごちゃごちゃと無意味に手を加える事によって、素材の良さをスポイルするばかりか、臭みなど悪い面を出してしまっている、という実にドタバタ感を感じる「調理」をしていると感じました。

何故、このような手の加え方をするのか、実に疑問でした。



料理というのは、まず素材があって、もちろんその素材がよい、ということが美味い料理には欠かせませんが、その素材の良さを最大限引き出せるような料理こそ、が重要だとつくづくここのお店で食べて思いました。

そもそも、

素材があって調理がある

のであって、

最初に調理ありき

などあり得ません。

苫小牧では、地域に他にいいお店を知らなかったこともあって、そのお店には、もう一度行ったのですが、お造りであるとか、アスパラを湯がいたシンプルなもの、であるとか、毛ガニをほぐしただけのもの、じゃがいもバターとか、とにかく、「極力料理人が何も手を加えていないもの」を頼みました(笑)


この北海道の経験は、実にいい経験になりました。

素材と調理、ということの意味をしっかりと理解できました。

今回訪問した「老松喜多川」とは、正に好対照と言ってもいいでしょう。





素材の美味さには勝てない

(野川徹)

凄いいいトレンドが出ている時、下手なトレーダーはごちゃごちゃごちゃごちゃ売買して、結局、大して取れずに終わることが多いものです。

せっかく、いいトレンドが出ているのなら、それにただじっと乗ってればいくらでも利益が出るものを、無意味に調理して、逆に素材の良さを台無しにする。

そもそも、手法が儲けさせてくれる、という勘違いをしているものだから、下手な料理人と同じで、いらん調理をして、素材の良さを台無しにするばかりか、

素材を見ずに、パターン的に調理を押し付けて、逆にマイナス効果をもたらす

ことまで平気でやってしまいます。

要するに、手法が儲けさせてくれると考えている手法万能論者です。

しかし、

いい料理人なら、まずは素材を見る、吟味する、そして、その素材を最大限に引き出すには、どう調理したらいいのか、を考える

決して、

パターン的に画一的に自分のやり方を押し付けない


ものです。



日々、素材は変化します。

画一的に「自分なりのやり方」を押し付けても、変化する素材の前には無駄な抵抗になるでしょう。

自分のやり方を相場に押し付ける

こういう本末転倒の考え方を持っている人が結構多いということはわかっています。

素材のことなど考えず、というか、目利きができないかから、そもそも見えないから、どうしてもパターン的にやりたい。

教科書的に、機械的に、「こうなればこうする」「ああなればああする」とワンパターンでやりたい。

そういう気持ちはわかります。

しかし、そのアプローチ、考え方自体がどうなのか、考える必要があると思うのです。

何故なら、全く同じ相場など、あり得ないからです。


一回一回、相場は全部違います。

恐らく、ここの基本認識が違うのでしょう。



やり方が儲けさせれくれるわけではありません。

トレンドフォローなら、トレンドが儲けさせれくれるのです。


トレンドが出なければ、どんな凄いトレンドフォローの手法を使っても、儲けることなどできません。

逆に、いいトレンドさえ出れば、どんなにしょぼいトレンドフォローのやり方でも儲けることができます。

手法を追いかけている人は、この意味がよくわかっていない、のだと思います。



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勝っている人の打ち出の小槌

2016/09/17 Sat

前の記事のコメント欄に、多くの方が有意義なコメントをいくつも投稿してくれました。

この記事は、その中のベテランさんのコメントを読んでいて、思うところがあり、レスが長くなったので、記事にしたものです。

この記事のルーツは前の記事のコメントにありますので、もし時間がありましたら、読んでみてください。



勝てるようになった後、しばらくして、勝てなくなり、負けが込んでしまった、と書いたコメントがありました。

一度勝てるようになったのに、再び勝てなくなり、負けが続くようになった

ということです。

自己分析では、奢りが原因による雑な売買、ということでしたが、このケースは、実は結構多いのですね。


勝てるようになって、一旦プロになったとて、それでその後何年にも渡って食っていける投資家というのは、実は一握りなんだろう、と思います。

10年以上にわたってこの道でコンスタントに食ってきたのに、ある日突然滑落して、資産をほとんど溶かしてしまった、というケースも私は見ています。


また、生き残っている人で意外と多いのは、

特殊な環境で一気に資産を築き上げて、それを溶かすことなく、年金暮らしパターンに移行した

という投資家さんです。

直近の事例では、アベノミクスで一財産、ってことです。

勝って驕らず、上手に勝ち逃げできた人です。

そういう守れたという点においては、破滅まで落ちた多くのカリスマと比べれば大したものだと思います。



ここで、ノービスの人が考えている勝ち組への誤解の筆頭は、

一度勝てるようになったら、人工衛星のように永遠に勝ち組として存在できる

ということだと思います。

何故、そのような結論に至るのかというと、実はこの誤解は、

勝てる手法を手に入れた人が勝ち組である

という負け組ならではのロジックとの表裏一体から来ていることなのです。

前提が間違っているから、結論も間違いになるわけです。



大勢のノービスさんたちは、カリスマ投資家の真似をしたり、セミナーで聞いた手法を真似して、とにかく勝てる方法を何とか見つけ出して、自分も勝てる投資家になろう、としているわけですが、

その勝てる方法とやらを見つけたら、もう一生涯にわたって勝ち続けられる打ち出の小槌だと無意識に理解しているわけです。

だからこそ血眼になって探す価値のある「勝てる方法」なわけですね(笑)

そうでなければ、

時々は勝てるが負けることもある勝てる方法、になってしまいます(笑)



さて、現実には、勝っている投資家、といっても、コンスタントに勝っている人はさらにほんの一握りで、多くの勝ち組と言われる投資家でも、勝ったり負けたりの中で、何とか年間トータルで利益をひねり出す、という状態であることがほとんどです。

ちょっと勝てるようになって、プロになったとて、

独身・ニート・パラサイト

というデイトレーダー三種の神器のお陰で、親に依存しながらの超低コストだから何とか破綻せずにやっていけている、という人も現実にはおられます。

せっかく、仕事をやめて専業になったのに、数年してまた実業に戻る、バイト生活に戻る、という人も多いんじゃないかと思います。

このように、

過去の栄光による年金暮らしであるとか

超ローコストによる食いつなぎ

といった専業以外でも、

親の遺産や退職金を細々と運用して何とか専業

家賃収入だとか、(ホントの)年金を主たる収入としながらの専業


という裏の顔を持つ専業ということも現実です。

嫌な話ですが、専業投資家といっても、現実には、そうバラ色っていうことばかりではないわけです。



話が脱線しましたが、

何故、聖杯を手に入れたであろう専業投資家が、数年以内に脱落することが多いのか。


夢を持って、聖杯探しをしておられる方は、この現実をどう見るのでしょう。



事実を見ればわかると思いますが、カリスマと言われる投資家とて、半年間勝てないことなど当たり前で、中には年間を通じで赤字だった、など、そういう方もおられます。

セミナーを開催した翌月に、滑落して、破滅に近い損失を出した、というカリスマさんもおられました(笑)


また、今でもカリスマとして君臨できているのは、今回では、アベノミクスで大きな金額を稼げたことによる年金暮らしに入れたこと、という方も実際にはおられます。

大きく負けなければ、そのままでももうやっていける、ってことです。

いわゆる人生の勝ち逃げ組です。

その年金生活をありがたがるのもどうかと思いますが、それはさておき、そういう勝っている人が手にしたであろう

打ち出の小槌

を何とかして盗みたいわけですよね。

そして、

その打ち出の小槌で、自分だって永遠の勝ち組投資家に変身したい


それが希望で、せっせと、セミナージプシー生活を続けて、カリスマウオッチャーとなり、日々やり方探しの旅に明け暮れているのだと思います。



しかし、現実のカリスマの姿というのは、ちょっと前のネットバブル時のカリスマさんの大多数は消えたわけですし、彼らの書いた本は、虚しくアマゾンで1円で売られていても、誰も買わないわけです。

ちょっと前の話であって、そんな大昔ではないんです。

当時のもてはやされ方は、今以上で、テレビでも何度も見かけるようなこともありました。

当時のカリスマが、打ち出の小槌を持っていると仮定したら、今現在は、もう「兆円単位」の資産を手にしていてもおかしくないのではと思います。

1年で100万円を1億円にできたのだから、10年経過すれば、兆円単位でも不思議ではないですよね(笑)

ところが、現実たるや没落貴族状態続出・・・という。



いやいや、当時のカリスマはダメかもしれないけど、今のカリスマは違うのだ。

彼らこそ、打ち出の小槌を手に入れているのだから、それにあやかれば自分だって、というロジックなのか、そんなに深くは考えてはいないのか、どちらかでしょう。


念のため、もちろん生き残って、さらに資産を増やしておられる方もおられますが、それは例外です。

残っている人が目立っているだけで、そういう人は、2000万人投資家の中で数えるほどなんです。



いずれにせよ、こういう相場人の栄枯盛衰話というのは、もう江戸時代からずっと同じように繰り返されてきたことなんですね。

このことは、ウオール街でも全くといって同じです。

栄華を誇っていた大投資家と言われる人の多くの末路は惨めなものなんです。

これこそが現実なんですね。

ここで考えることは、今は別なのか。今だけは違うのか。



私が相場を始めた数十年前にも同じような投資家のスーパースターはいました。

最後の相場師、大物仕手筋、怪物、などなど、大勢のカリスマスーパースターが出ては消え、出ては消え、て行きました。

どんな時代にもいたわけです。

そして、その過半数の結末は、無一文、破産、そして、逮捕、というようなことになっているわけです。

彼らは、100万円を1年で1億円にできる打ち出の小槌を手にしたはずなのに、何故そんなことになったのだろうか。



ここで、もう一度、問います。

そういう現実を見て、尚、

勝っている人とは、勝てる打ち出の小槌を手に入れた人なのか。

これからも自分は打ち出の小槌探しの旅を続けるのか。



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