職人の本分

2014/07/06 Sun

いつも拍手ありがとうございます。
やはりこうやって共感してもらえると記事を書いていて嬉しくなります。

■呼吸法入門・・・1

せっかくですので、呼吸法の話も書きたいと思います。
私は、西野流呼吸法を習ってもう24年目になります。
ただ、ここで書くのは、西野流で習ったことではない、ということをまず書いておきます。
あくまでも私流の呼吸法です。

さて、呼吸法、気功、というと、まず、みんなが思い浮かべることは、太極拳であるとかの「形」だと思います。
西野流にも、「華輪」であるとか、様々ながあるわけです。
当然、外から見ていれば、形しか見えないわけですから、「どういうやり方」というに目が行くのは仕方がないのですが、呼吸法、気功にとって重要なのは形ではありません。

では、何が重要か、というと「意守」という概念となります。
意守とは何か、というと、簡単に書くと「体のどこかの部位を意識する」ということです。

記念すべき第一回目なので、何をまずは意守すべきかというと、それは「呼吸を意守する」こと、です。

呼吸というのは、基本は意識しないでも、勝手にできています。
その勝手に呼吸している状態を「意識」するわけです。

その場合、①深呼吸するとかではない、②ただ呼吸していることを観察するだけだ、ということがポイントです。

何かを感じる必要はないですし、特別なことをする必要はありません。
ただ、普通に自然に呼吸している自分を意識すればいい、ということです。

ところが、これが意外と難しいのです。
つい変に呼吸してみたり、1分ぐらいなら意識できても、それ以上になると、つい別のことを考えたりしてしまいます。
一度、3分~5分ぐらい、呼吸している自分を観察してみてください。

これによって得られる一番大きなことは、「今にある」といことです。
人は、過去のことを考えるか、未来の心配をするか、どちらかを常に考えています。

つまり、人というのは、常に今に生きないで、過去の反省と、未来の心配事に今を使っているのです。

このままだと、死ぬ瞬間まで、未来の心配事で終わるのでしょうか。



ちなみに、余談ですが、我が家には、2年半以上生きているハムスターがいます。
平均寿命が2年ですから、もうかなりの長生きです。
飼い主の人間は、いつ死ぬのか、いつ死ぬのか、と心配をしています。
しかし、彼は、「寿命を超えているからもう死ぬかもしれない」と心配しながら生きているということはありません。
彼はいつも「今やりたいことをやって、今を生きている」のです。
彼は人よりも下等なのかもしれませんが、生き方としては「今をしっかり生きています」から、人よりも上の「ハム生」かもしれないと思います。

今日が仮に最後の1日だったとしても、彼だったら、今日生きているということにフォーカスし、今生きているということに喜びを見出して、楽しく生きるのでしょう。

明日の心配ばかりをしている愚かな人間どもよりも、よほど幸せな人生ならぬ「ハム生」だなあ、と彼を見ていて思います。


人は実に愚かです。

明日の心配をし続けて、一生を終えるのですから・・・


私も、ハムスターを見習いたいものだ、といつも思っています。




その「ハムスターの教え」を如何に実践するのか、という話です(笑)

実は、意識を今に持ってくるということは非常に難しいのです。
人はハムスターじゃないからです(笑)

いらんことをいつも考えてしまうのです。
しかし、「あなたは今何をしていますか」と質問されれば「呼吸している」というのが的確な答えでしょう。
生きるために呼吸している、それが今やっていることです。
「今自分はこうやって生きている」これは、過去も未来の心配事も関係なく、今はとにかくこうやって生きているのだ、という実感なんです。



そして、もう一つ重要なことは、「人は2つのことを同時に考えることができない」ということです。
例えば、寝付く時「今日はああだった、あいつは我慢ならない、腹が立つ、失敗した、明日はどうしよう」などなど、人は悩みが尽きません。

全て、過去か未来のために今の幸福な寝付きの時間を台無しにしているわけです。
寝付きの悪い人は、いらんことをああだこーだ、と考えるものです。
その寝付く今とはどういう状態でしょう。
「今にある」ということは、温かい布団に入った幸福の時間・・・ただそれだけです。
世の中には、暖かい寝床で寝れない人が大勢いて、今日という一日を終えることができず死んでいった人たちが世界には統計上15万人もいるのです。

暖かい寝床に入れたということは実に幸運です。それに比べればしょうもない心配事など実はどうでもいいことなんです。

しかし、それでも雑念が邪魔をするのなら、「一心に呼吸に意識を集中することで今の自分を取り戻す」ことができます。
つまり、「人は2つのことを同時に考えることができない」のですから、それを利用して、呼吸に意識を集中すれば「今幸福な寝床に入れた」状態で寝付くことができるわけです。
これは、瞑想状態である、とも言えます。

トレード時においても同様で、あーだこーだと色んな心配事で心が乱れるわけですが、その時に、「人は2つのことを同時に考えることができない」ということを利用して、呼吸に意識を集中すれば、あっという間に「意識を心配事から遠ざけること」ができるようになります。

「吐いて、吸って、吐いて、吸って」と意識を戻せば、いつでも「今に戻れる」、つまり、

今に戻るための超強力なリセットボタン

それが、「呼吸の意守」なんです。





■職人の本分

さて、本題に移りましょう。

相場においては、「やり方至上主義」というのは、とにかく超強力なので、人と話していても、常にこの壁に阻まれます。
この思い込みはとにかく強力で、これ以外の重要性をまるで感じないので、それ以外は何も耳に入りません。
そうじゃない、ということはなかなかに理解しがたいことなのでしょう。
今回は、多少はわかりやすくなるかと事例を紐解いてみます。


私は、トレーダーも職人の一種だと考えています。
これまでの記事を読んでもらっている方ならとっくにこの私の思考パターンは理解してもらっていることでしょう。
それは、その上達のプロセスが同じだからなのですが、ところが、そこが一番理解してもらえないところです。
つい先日もこのことを思い知らされることがあって、つくづく「やり方至上主義」について考えさせられました。

とにかく、多くの人は、

トレードとは、どこかに正解があって、その答えを探すものだ、という理解をしているので、その正解探しがトレードの学習なのだ、と考えています。

そして、その正解とやらが見つかったら、即座に利益が出る、と思い込んでいます。

逆に言うと、その正解とやらが見つからない限りは、トレードで利益が出ない、という思い込みもあります。

1000本ノック、とここで書いても、それを「正解を探すための手段」と理解している人がとても多いのです。
というより、そもそも何でもかんでも正解探し、というのが通常なので、そうなることは当たり前といえば当たり前なんですが。

今は、どのテレビ番組を見ても、クイズ全盛ですから、如何に多くの人が、答え、ということにこだわっているのか、がわかる社会現象だと思います。
そして、芸能人でも有名○○大学卒業というと、「賢い」となって、どうでもいい雑学知識の多さをクイズで競う、そして、その知識が多ければ多いほど、「この人は頭が良い」というアホな定義がまかり通っています。
私が思うのは、お笑いなら、お笑いで勝負するのが本分で、お笑いで成功することが頭がいいってことじゃないのか、と思うのです。・
まあ、お笑いの才能はなくても、クイズタレントとして生きているのだから、それはそれで才能なのだろう、とは思うのですが(笑)

こういうことを考えていきたいと思います。
まともにトレードのことを書いても理解されないので、視点をずらします。





大工。
宮大工さんもいれば、注文建築の大工さんもいます。
ここでは、木造建築の大工さんとしましょう。

大切なのは何かというと、①素材である木、②職人の腕、③大工道具、の順でしょう。

いくら腕のいい大工でも、腐った木ではいい家は建ちません。
しかし、いい木が入ったとしても、腕の悪い大工なら、やはりいい家は建ちません。
といって、カンナやノコなどといった道具もいい加減なものなら、やはりいい家は建ちません。

ここで、いい職人になるために、大工にとって、時間を使うべきは、どこにあるのでしょう。

いい素材を見極めるための目を養うことか、木を削ったり、切ったり、家のイメージ、手順などを理解する腕を磨くことか、いい大工道具を探すことか。

みんな大切ですが、一番時間をかけるべきは、やはり腕を磨くことにあるでしょう。

しかも、この腕磨きは、本を読んで勉強する、という類ではなく、実際に家を建てるという行為を通じて、実践で学ぶことが重要となります。

もし、これを怠って、「良い道具探しばかりをしている大工」だとしたらどういうことが起こるでしょう。
もちろん、いいカンナ、いいノコ、は大切なんです。
しかし、大工職人の腕は、それだけで決まるということは絶対にありません。

良い道具を手に入れて、それを毎日毎日手入れして、使いこなす、ということはもちろん大切ですが、それは家を建てるための道具に過ぎません。
その道具が、大工の良し悪しを決める決定的要因にはなり得ないのです。

いいカンナを見つけ出すことが正解だ、という理解は大工としてズレています。





日本料理料理人だとします。

料理人にとってその実力を左右するのは、①食材の目利き、②調理の腕、③調理道具、でしょう。

大工との違いは、料理人にとっては、大工よりも、より「素材の目利き」が重要度を増してきます。
「素材のよさには勝てない」からです。
そして、出汁の取り方、焼き加減、などなど、調理の腕が試されます。

もちろん、調理道具も大切です。
「包丁一本さらしに巻いて」ということで、自分の包丁へのこだわり、道具の手入れ、プロであればあるほど、大切にしているところです。

しかし、「切れる包丁を求めてばかりいる料理人」が成功できるでしょうか。

いい包丁さえあれば、一流の料理人になれる、と思っている料理人は皆無でしょう。

もちろん、切れる包丁を探す時間も必要です。
しかし、それよりも、調理の腕を磨いたり、食材の目利きを上げる努力こそが本分ではないでしょうか。

料理を学ぶ、ということは、何に時間を使うべきなのか、ということです。

包丁探しにばかり時間を使っていてはどうなるのか、ということです。



そして、学ぶ、といっても、学校のお勉強と同じように考えていては問題が起きる、ということです。

料理人も、本で調理方法を勉強する、ということももちろんあります。
知識をつける、ということも大切でしょう。

というか、

本による知識の習得など当たり前の第一ステップであり、単なる入り口

に過ぎません。

そんなこと、ほとんど時間もかからずに誰にでもやれてしまうことでしょう。

これでわかったような気になること自体がおかしいんです。

本を読んで一流になれるのなら、100人が100人全員が一流の料理人ですよ。

それよりも、実際に調理場に立って調理を実践して学ぶということが時間がかかることですし、仕入れも、毎日築地に通うことをつうじて、「土地勘」を付けて、「経験値」を上げて、ひいては時間をかけて目利きをつける、という手順をたどるものです。

そして、出汁の取り方一つにしても、毎日毎日繰り返して、失敗を続けて、そして、次第にわかってくる、というプロセスをたどります。
1年や2年っていうのは、まだひよっこレベルで、5年、10年という時間のかかり方をするのは当然でしょう。



本には書いてあるんですよ。
みんなこんなこと。
調理本を読めばみんな知識としてはわかることです。

調理本を読めば、1日、2日もすれば、一流の料理人とほとんど同じ理屈はわかるんです。

逆に言いましょう。
こんな基礎的知識すら持っていない料理人など新人でもいません。
そして、本を読んで、知識を得たからといって、「俺は一流だ」と思う新人も1人もいないでしょう。
知識を得たからといってそんなことを思う料理人がいたなら、そいつはただのアホです。

そもそも知っていることとやれることは全然別の次元の話です。






それと、意外と見落とされているのは、素材の目利きだと思います。
あまり意識されないことも多いですが、非常に重要です。
「素材のよさには勝てない」のですから、いくら腕のある料理人であっても、素材がダメなら、美味しい料理はできませんし、偶然にも素晴らしい素材に当たれば、「俺は一流になった」と本人が誤解するほどの料理が作れてしまうものです。
本当にいい素材なら、ちょっと塩味だけで焼くだけの料理でも、切って出すだけでも、とにかく美味しい料理に仕上がってしまいます。
しかし、だからといって、

その素材は、あんたが見つけてきたのではなく、たまたまぶち当たっただけだ

ということがほとんどなので、目利きがついた、だとか、腕が上がった、というのは本来おこがましいことなのですが、本人は至って、カリスマ料理人になった気になっていますから、後で痛い目に合うわけです。





一方でこういう世界もあります。

プレハブ建築

回転寿司屋


同じ、家を提供しています。
同じ、寿司を提供しています。

ただ、大工の延長線上にプレハブ建築はありません。

また、日本料理の職人の延長線上にも回転寿司屋はありません。

プレハブ建築も回転寿司屋も、コツは、工場大量生産にあります。
その工場では、大型の機械化された道具によって、徹底した効率的機械化が追求されています。
作業員の腕などここでは関係ありません。
目利きも、そもそも必要ないように品質管理された工場生産品として扱われます。
そこで作業する作業員には、目利きも腕も必要とはされないのです。
とことんの道具による機械化がなされているのです。

全く違う世界です。

職人技の延長線上にはないんです。

ここもわかっておかないといけないことではないのか、と思うところです。

ここをごっちゃにしている人が非常に多いこともとても気になっているところなんです。

逆に言いましょう。

工場でのラボの研究の延長線上に職人がいる、ということなどあり得ません。

お互い相容れない、と言っても言い過ぎではないぐらいの距離があるのです。



ここについて、実に中途半端なアプローチをしている人が多いことがわかっています。

一体、何をしたいのか、なんちゃって検証、なんちゃって裁量、みたいな実に中途半端なことを繰り返している人たちです。

専門的にやっても厳しい世界なのですから、中途半端さは、結局、どっちつかずになって、成果が全く得られないことになるのです。





そしてさらにわかっておかないといけないこと。

大工、寿司職人、ともに、

一流でなくても、曲がりなりにもそれを仕事としてなんとかかんとか食ってはいける、ってことです。

もちろん、収入は低いかもしれませんけど、マイナスにはなりません。

ここが私の世界との大きな違いなのです。


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人口問題

2014/07/18 Fri

■撃墜

マレーシア航空機が撃墜されたらしい。
政情不安のウクライナ上空らしいが、そもそも、そんなところを飛ぶのだなあ、という感想。
それにしても、マレーシア航空にとっては、先日の行方不明に次いで、撃墜という連続しての悪夢に見舞われてしまった。
安全がなによりの航空会社にとってはとにかく大変なことになった。
これを受けてということもあって、マーケットはリスクオフの展開に。


■富士通、半導体の生産撤退

今日の日経の一面。
なにか寂しさを感じるのは私だけだろうか。
日本の半導体産業は、1990年、上位10社中6社を占めていたそうである。
その時は、日本人として、誇りのようなものを感じたものだ。
エルピーダも身売りしてしまったし、富士通もか、って感じ。
半導体産業は、ハイテクではあっても、工場を作って、装置を入れれば、作れるもの、ということが原因になったのかもしれない。
そうであれば、コストの安い台湾や韓国、中国に対抗することは難しい。
しかし、半導体製造装置については、日本はまだまだ頑張っている。

富士通とかNECとか、株で言えば、すっかり大型低位株の扱いなので、「値動きのよいハイテク」という位置づけにはなっていない。
昔、立花さんがやっていたパイオニアは、当時の「新興株」扱いだったそうだから、もし、立花さんのようにやってみたい、という人がいたら、今の富士通とかNEC、パイオニアとかやっちゃだめだと思いますよ。


■人口問題

人口問題というと、少子化問題というのが定説。
しかし、私は、人口爆発こそが人口問題だと考えている。
もちろんこれは少数派。

しかし、今の世界の人口は71億人を突破意。
もうとっくに地球が養える数を超えている。

今の世界の人口

サスティナブルな世界にするために、どうすればいいのか、世界各国が知恵を出し合って早急にこの問題に取り組むべきだと考えているのは極少数なんだろう。
ほとんどこんなことは、話題にもなっていない。

そもそも、

貧困とは、

温暖化とは、

自然破壊とは、

戦争とは、


これらの根本的原因として、常に人口問題が来る。

ユニセフとか、国境なき医師団で頑張っている人たちを応援したいが、とは言え、いくら子どもたちを助けても助けても、次から次に増えていく人口爆発を止めなければ、それは、小手先の対処法に過ぎないという感がある。

温暖化問題も、増え続ける人口を放置しておいて、二酸化炭素だけを減らす、というのは、所詮無理な話だ。

環境破壊だって、個々人はやりたくてやってるんじゃない。
人口爆発による貧困を何とかしたい、という個人個人の行動が、マクロでは環境破壊につながっているだけだ。

増え続ける人口を擁する国は、貧困問題を抱えて、どこかに土地を確保しなくてはならなくなるために、戦争が起きる。

人口問題という根本的原因を放置しておいて、貧困をなくそう、温暖化を食い止めよう、環境破壊するな、戦争はダメだ、と言っても、それは虚しい掛け声に終わらないか。


現在、地球の人口は、異常な勢いで増えており、21世紀末までには100億人を突破するらしい。

世界人口推移

このまま地球上のあらゆる自然環境を破壊し、あらゆる資源を食い尽くしてしまうつもりだろうか。

次々に環境破壊を繰り返し、化石燃料を燃やして二酸化炭素を撒き散らす。

多くの生物のサミットがあれば、人間こそが諸悪の根源として糾弾されるだろう。

地球という限られた空間に巣食う「カビ」のようなものだ。

宇宙船地球号、ということを言われるが、限られた環境を如何に守っていくのか、真剣に考えないと、早い段階で取り返しがつかなくならないか。

私の世代が、最後の人類となった、という冗談が現実になる日は来ないか。

シェール革命とも言われているが、人類は、またしても化石燃料を新しく見つけ出してきた、ということになる。

化石燃料が次々に見つかるから、二酸化炭素が撒き散らされるという繰り返しになっていることにそろそろ気が付くべきだと思うのだが。

化石燃料をガンガン掘って、一方で二酸化炭素を減らそう、というのは矛盾している。


南の国々というのは、元々自然環境がよくて、仕事をしないでも、森へ入れば、食べ物が手に入った。
人口さえコントロールすれば、貧困などとはそもそも無縁の国々。
働かないと食べ物が手に入らない北の国々とは違う。


中世ヨーロッパでは、ペストの流行で人口が3分の1に激減したことがあるらしい。

食物生産能力も格段によくなった。

医学の発展と食糧事情は、人類に恩恵をもたらしたが、その一方で、人口爆発をもたらした。


日本の人口は、鎌倉時代には、500万人程度。
江戸時代末期の日本の人口は、3000万人程度だったそうである。
自給自足を考えれば、日本の適正人口は江戸時代程度じゃないのか、という感じがする。


今、日本の人口は減りつつあるが、これは、世界に冠たる状態だと私は思っている。

小手先の問題で、大変だ大変だ、とテレビなどで言っているのを聞くと、またか、と思う。

問題は、GNP成長率などではなく、一人あたりの幸福度、こそが大切にされるべきではないのだろうか。

GNPが尺度など、時代遅れも甚だしい。


人類が何もしない場合、それでも地球は、このまま増え続ける人類を放置するのだろうか。

いずれ、地球のキャパがどこかの時点で一気に崩壊するまで人口爆発を続けるのか。

それとも、中世のペストのようなことが起こるのを待つのか。

このような強制的な人口減少、もしくは人類絶滅を食い止めるには、自らが立ち上がらなければいけない、と一人声を大にしたい。

既に、帰らざる河を渡ってしまっていなければよいが。。。。


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呼値縮小第二弾

2014/07/19 Sat

■新興株の値動きに変化

ここ2ヶ月近く、新興株の値動きが非常によくて、上がりだしたのに飛びついて、放置しておけば、天国に連れて行ってくれる、という夢のような相場展開だったわけですが、今週に入ってから、どうも値動きが鈍ってきています。

そんなこともあって、今週は、昼から相場を放り出して毎日西野流呼吸法に通い詰めていました(笑)。
西野先生が大阪に来られていたことともあって。


確かにストップする銘柄はまだあるわけですが、あれもこれも、というわけには行かなくなってきているようです。

携帯ゲーム系から始まって、ロボット系や、最近では水素系やと、食い尽くしてきたわけですが、次のネタをイナゴの大群が探しています。

ところがどうも、「食い尽くしてしまって、もう食うものがなくなってきたぞぉぉぉーー!」という雰囲気が漂ってきています。
まだ、バイオ系が残っているのですが、まるで元気がありません。

小保方さんが元気になれば、バイオも復活ぅぅぅぅーーー!!

となるのかどうかわかりませんが、ハイテク系、ネット系だけではもう限界なのか、とにかく、適当に利食いしないと、ほとんどが途中でお辞儀をしてしまって、これまでのように

放置プレイ


をしていると、あっという間に損切りという憂き目にあってしまうようになりました。

とにかく、これまでは、「放置プレイという手法」「放置プレイという具体的やり方」「放置プレイからストップを経ての一夜干しプレイ」が儲けのネタだったわけですが、「これで一生食える」ほど相場は甘くありませんので、そろそろ年貢の収め時かもしれません。

こういう「具体的やり方」というのは、その場その場に応じてコロコロ変化するのが当たり前です。

「このやり方で俺は天下を取った」という素人じみた理解は私にはありませんから、

賞味期限切れ

を値動きから読んで、「賞味期限が切れた食べ物は捨てるしか無い」ということで対応するしかありません。

賞味期限が切れたものを食ったら、お腹を壊します。


そもそも、新興株グループというのは、値動きが止まるとパタリと死んでしまいますので、ここをきちんと見極めて、綺麗さっぱり縁を切らないと、えらい目にあってしまいます。

新興株でいい目に合った人は、どうしても手切れが悪くて、いつまでもストーカーのように新興株にへばりついてしまって、資金を減らし続ける、ということをやっていまいがちですから、注意が必要ですが、見ていると手切れが綺麗に出来る人はそう多くありません。

というより、新興でしか稼げない、という人が多いのじゃないかと思います。

新興株のいい動きの時代に、自分を過度に最適化してしまったために、他の相場では稼げなくなったのです。
そして、そのように過剰に最適化してしまった自分を理解していないがゆえに、元には戻ることができなくなります。
特に、「具体的やり方」にこだわっている人、手法に依存している人は、こうなります。
これは、火山の噴火口でのみ生きている微生物のように、特殊な環境でしか生きられないのと同じです。

特殊な環境だから利益が出ただけであって、手法が儲けさせてくれたのではない

ということに早く気がつかないとだめなのですが、

「手法至上主義」を唱える人というのは、

「俺のやり方」が儲けさせてくれたのだ

と固く信じているわけですから、変化に対応できるはずもありません。

しかし、手法至上主義が次から次に恐竜のように滅んでいっても、また、手法至上主義が生産されますから、「永遠に相場は変化しません」(笑)

特に初心者であれば、最初に儲かった味というのは、どうしても忘れられないので、潜在意識の中にがっちりと植え付けられてしまいますから、鳥のひなが最初に見たものを親だと思い込んでしまうのと同じなのでしょう。
どうしても、特定のマーケットや特定の具体的やり方を引きずってしまって、抜けられなくなる、という気持ちはわかります。

しかし、こういうことから、結局、気がつけば、長く生き残っているデイトレーダーは少数ということになるわけです。


そういえば、為替相場も今は膠着状態ですが、昨年までの円安トレンドに慣れた人、儲けさせてもらった人は、今だにどこかでトレンドが出るのじゃないかと、出るのじゃないか、と出ては損切り、もしくは塩漬けを繰り返しているようです。

今が普通ですからね、強いトレンドというのは、異常ですから。

新興株乱舞が異常事態ですからね。同じです。

異常に最適化したら、待っているのは悲劇です。



「徳島の町は、1年中阿波踊りをしているのだ」

という理解の方がどうかしていますよ。

しかし、一方で、

阿波踊りの時期には、阿波踊りを踊れたものが勝ちだ

ってのも事実です(笑)



こういう変化に対応できるかどうか、これがコンスタントさにつながるわけですが、固定化したところにへばりついて、固定化した「具体的やり方」を貫きたいというのが人というものなので、どうしても変化対応は遅れがちになっていますね。

結局は、自分に相場を合わせようとしているだけなのだ、ということに早く気がつくべきでしょう。


強い者が生き残れるのではない。環境に適応できる者が生き残ってきたのだ。(ダーウィン)

私は特定のルールに従ってゲームに参加しているわけではない。ゲームのルール が変化するのに注目しているだけなんだ。(ジョージ・ソロス)



私の好きな名言です。

やり方にこだわっている人にはわからないことかもしれませんが。

さて、ジプシーとしては、次にどこに引っ越しするかなあ、と思案中でしたが、来週からちょうど別の動きが出てきそうです。

まっくろくろすけ は、そろそろこの家ともおさらばです。





■いよいよ週明けの22日火曜日から、呼値の単位縮小第二弾となります。

株式取引 TOPIX100構成銘柄の呼値の単位縮小について

あまり話題になっていませんが、来週から非常に大きな変化がマーケットに吹き荒れます。

これによって、特に影響が大きいのが、8411みずほ銀行でしょう。

まず、みずほの4日間の15分チャートを見てください。
2013-01-408.jpg

FXの人が見たら、「なんじゃこのチャートは!!」とびっくりするでしょうが、株では定番のチャートです。

1ティックの刻み%が非常に大きい(200円の株で1円刻みなので、0.5%)ために値動きがこのようになってしまうのです。

こんな動きじゃあ、儲けることなんて無理だろうが、って思うかもしれませんが、ここに定住している住民は大量にいるんです。

1日に1円動くかどうかという値動きなので、昨日であれば、できるだけ早く200円の買いに指値して、201円で売る、ということをするディーラーが大量に群がっています。
そして、昨日なら、200円の板を見ながら、もし200円の板が危なくなってきたら、200円のトントンで逃げるわけです。
要は、どれだけ早く板に並んで早く買って早く売れるか、の勝負なわけです。

1カイ2ヤリのティック抜き勝負では、1円抜くか、トントンで逃げるか、の勝負ができるわけですから、自分を有利に置いておくこと、すなわちエッジのあるトレードが可能になります。

これは、板売買上のエッジとなりますが、資金の制限がある個人では難しいですし、今は超高速取引が割り込んできているので、ディーラーとて難しくはなっていると思います。

昔は、ディーラーで、チャートなど見ている人は少数でした。
ほとんどがこの1ティック抜き勝負をしている、というのが実態でした。
これをやっていないディーラーは見たことがない、と言うぐらいに定番のトレード戦略だったと思います。
昔は、ディーラー端末が普通の個人が使う発注よりも有利にできていたこともあって、これで稼いでいたのが実態です。
今はよくわかりませんが。

1円といっても、1万株で1万円ですから、株数によってはバカにできません。
資金に制限が無いので、これを100万株とかやるわけです。
また回転が効けば無限にループできます。

みずほ株は、このディラーの1カイ2ヤリの1ティック抜きをする定番銘柄だったわけですが、これからはそれができなくなります。
15分チャートを見ると、値動きの特性がよくわかりますが、私などは、ここ5年以内でみずほを売買したことはありませんでしたが、週明けからちょっと見てみようと思っています。

ちょうど、新興株の動きが鈍くなってきている時期なので、こちらに引っ越しするのがいいのかもしれませんね。
当然、新興とは「具体的なやり方」は全く違うわけですが(笑)


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夢と現実の間で

2014/07/26 Sat

次のようなコメントがありました。

>「やり方至上主義」を改めてから、相場への情熱が少し冷めた

実は、このコメントにはものすごく重要なトレードの本質への鍵が隠されています。
私は、このコメント読んだ瞬間に「ハッ」としました。
そういうことか、なるほど、と思いました。
この方のこの書き込みを切り口として、かなり本質に迫れたと思います。
こういう有益なコメントをいただけることが、私自身の相場の理解をどれだけ高められているかわかりません。
相場とは本当に小手先ではない部分に本質がある、と改めて思います。
本当に感謝します。ありがとうございました。

さて、早速、その私の気付きを解説したいと思います。



「やり方至上主義」の方は、ものすごく情熱的にやり方探しをなさっておられる方が大勢おられます。

頭が下がる思いですが、本人は楽しくて仕方がない、といった感じで、いつか当ててやる、どこかで当たる方法を見つけてやる、と必死で勝てる方法を探しておられます。

この気持ちの裏には、勝てる方法さえ見つかれば俺は金持ちになれる、という論理が存在するわけですが、この論理が情熱を引っ張りだしているわけです。

この「やり方至上主義」の方の情熱とは何か、というと、実は、相場への愛着とは微妙に違う部分が存在します。

なぜなら、

「やり方至上主義」とは、トレジャーハンティングと同義

だからです。


つまり、山師なんですよ。

「やり方至上主義」の情熱とは、宝探しの情熱と同じなんです。

どこかに金が落ちている、ダイヤが埋まっている、どこかに宝箱が埋まっている、沈没船に宝がある、それを探しだして俺は大金持ちになるんだ!!

という論理と全く同じなんです。

やり方を当てれば俺が大金持ちになれる、という論理なのですから、全くといって同じです。


目的感というのは恐ろしいもので、「単に山をウロウロしている」のか、「金を探して山を巡っているのか」の違いは他人から見ればわかりませんが、本人の意識は全く違います。


「やり方至上主義」の方の拒絶反応が非常に強いのも、何故か、というと、

自分は宝があると信じて必死で探しているのに、それを否定するなどとんでもないことだ!!

という思いが強いからです。


そして、その宝探しの情熱こそが、トレジャーハンターを動かしている原動力なのですから、もし宝の存在を否定される、ということになれば、すなわちそれは彼らの目的そのものを否定されたことと同じになってしまいます。


そもそも相場をする目的が、宝探しなのですから、それが相場に無い、ということなのならば、相場をやる意味そのものが否定された、ということと同じだ、ってことになるんです。

宝が無いというのなら、そもそも相場などやらない、ということです。

つまり、「やり方至上主義」というのは、相場で勝つための手段というものではなく、それ自体が目的化している、ということなんです。

だから、拒絶反応がものすごいというのも当然なのです。


しかも、この宝探しは、山をウロウロしたり、船をチャーターして海に潜る必要もありません。
今では、家にいて、パソコンを操作することで、誰でもができるわけです。

「やり方至上主義」とは、

超お手軽な現代版トレジャーハンティング


なのです。

こんな夢があって、楽しい、やりがいがあることが他に存在するでしょうか。

今の生活から一発で抜け出せる宝箱が相場に落ちている、それをちょっとパソコンをいじっただけで自分にも手に入るかもしれない、という山師心をくすぐられているのです。

やり方さえわかれば、巨万の富が得られる、ということなのですから、山っ気があれば、誰でもが飛びつきたくなる、ということです。

ギャンブル必勝法の開発ってことですから、それは情熱を傾けられますよ。

これに飛びつきたくなる気持ちはとてもよくわかります。

書店にも、

これさえわかればあなたも1億円

という

山師ガイド本

山師のための山師ガイドブック

が山のように置いてあります。

逆に言えば、地味な本が売れない理由がわかります。

山師ばかりなのですから、山師ガイド本こそが売れ筋になるのは当然なのです。

相場師 = 山師


という方程式が成立しているのが「やり方至上主義」の論理ですから、相場で生計を立てている相場師というのは、

こいつ一山当てたのか!!

ってことになるのでしょう(笑)

そして、自分の当てた山は内緒にしてこそこそ稼ぎやがって!!


という気持ちをどこかに持ちながらも、

こいつが一山当てたってことは、自分にも当てるチャンスがあるってことだ!!

という山師論理を引っさげてさらなる「金鉱探し」に情熱が加速することでしょう。

この山師の山師論理は、情熱を強い目的意識に後押しされているものですから、それを否定する話など、聞く耳が無いのは当然なのです。

本人は相場への情熱と理解していますが、

その情熱とは、山師の宝探しへの情熱じゃねえのか?

ということです。

一攫千金、一山当てれば大金持ちになれる

そりゃー、情熱的になれますよね。




これに対して、私の書いていることは、

コツコツ練習して努力すれば勝てるようになれるかもしれません。

しかも、その努力も報われないことが多いです。


それでも、勝ちたかったら職人の上達のプロセスのように、段階を踏んでコツコツ努力しましょう。


ですから、まるで夢などありません。

しかも、

やり方など一時的なものですぐに相場は変化します。つまり、一発当ててもそれは一時的なものです。

だから、一発当ててなどという現実逃避をやめろ。

という山師の一番嫌いなことを書いています。



山師にとって一番キライなフレーズであるところの

①地味な努力の繰り返し、②仕事感覚、③コツコツの積み上げ

の3点セットなのですから、そりゃー強い拒絶反応が起きて当たり前だのクラッカーなんですよね。

俺はそんなことを求めて相場をやっているんじゃない、一攫千金を求めてこの世界に入ったのだ、そんな仕事と同じようなことなのだったら、そもそも相場などやらない、やる気もない

同じ地味でコツコツなのだったら、確実に給料をもらえる仕事をやったほうがマシだ!!


ってことかもしれません。


私の書いているのは、仕事としての相場であって、山師ガイドではありません。

それが受けないことも百も承知ですが、これが相場師の本当の姿だと私は思っています。

そもそも、相場師など、みんな地味ですよ。
小説だとか、ドラマでは派手なものを想像させますし、それが夢があるということなのだから仕方がありませんが、それは、

一般人が想像する山師の成功者としての相場師の姿

だと思うのです。





今自分の仕事でそんな夢など描きようもないのだ、給料のためにしかたなしに仕事をやっていはいるが、本当はこんなことやりたくないのだ、何とかこの生活から抜け出したい、そのための宝探しこそが相場なのだ。

気持ちはわかります。

私にもそういう時期があったのでよくわかります。

夢を持つ、夢と希望で相場をやる、ということを否定するつもりはありません。

しかし・・・でもそれって、厳しい言い方になりますが、

単なる現実逃避じゃありませんか。


相場は現実ですよ。

2~3年ぐらやるならまだ趣味の範囲でいいと思いますが、私が知っている大勢の投資家はそんな生易しいものではなく、10年、20年、いやもっと、というほど、その



とやらを追いかけて、宝探しを続けているのです。

だから、ついつい情報商材にも頼りたくなる。

情報商材のさくらコメントを読むと「これを知って簡単に100万円儲かりました」「あっというまに負け組から勝ち組になれました」というものに、誘蛾灯に誘い出されるようにフラフラと引き寄せられる気持ちもわかります。

相場をトレジャーハンティングと同じと見ているから仕方がないのです。


ちょっと前にも「この商材どうだろう」と相談を受けました。
どうだろう、ということは、買ってみようと思うが、ということです。
その商材の宣伝を少し読んだだけで、そもそも間違いだらけで、宣伝すら読むに値しないことがすぐにわかりました。
この宣伝文句を書いた人が「如何に相場を知らないか」がちょっと読んだだけでわかったのです。
それでも「この商材はいいんじゃないか」と思う人が大勢いるのだということなのですね。
明らかにトレジャーハンター狙いの詐欺商材、ということですが、詐欺師はトレジャーハンターの心をよく知っているので、如何にくすぐればいいのかもわかっているのです。
そして、グラっと来た人にトドメを指すのが「さくらコメント」でしょう。

「自分の前にこの商材を買った山師はもうこんなに儲けているのか」

というコメントで埋め尽くされています。


そもそも、人気ブログランキングを見ても、如何に情報商材系が幅を占めていることか、それを見ただけでも今の投資家の現状がわかります。

自分のことを「美人OL」とか、ふざけてんか、って感じだと思うのは私だけでしょうか(笑)

誘蛾灯に飛び込んで、でも、その結果はどうでしたか。

山師様ご一行

全て無駄な出費(笑)



長年、家族に迷惑をかけて、自分の夢を追いかけるのも本人の勝手といえば勝手なのですが、そろそろ現実逃避から、リアルの相場に向き合うべきだと私は思います。

何度も書いていますが、宝探しをしていると、相場が上手くならないんです。

宝探しに時間を使っているので、腕を磨く、訓練する、という時間は驚くほど使われていないのがその理由からなんです。

だから、

相場歴20年で初心者ですが、何か?

というツワモノがゴロゴロいます。

まるで相場を知りませんよ。


その宝探しで無駄だった20年を使って、腕を磨く、目利きをつける、土地勘を作る、実践で要領を得る、ってことさえしていれば人生変わったとは思いませんか。






一方で、私の話を聞いて、2~3年ノックを続けた結果、相場でやっとこさ勝てるようになってきた1000本ノッカーの人たちが持つ感想は本当に同じようなものなのがわかっています。

相場は宝探しではなく、現実だった、というのがその感想です。


それは概ね次のようなものです。


「結果として勝てているのですが、何か、だましだましの中でようやく勝てている、という感じで、これが勝つということかどうかまだわからないのです。

勝ったり負けたりを繰り返しながらも、なんとかかんとかトータルでは勝てている、ギリギリのところでだましだまし勝っているという感じです。

やっている最中では勝っているのか負けているのかすらよくわかりませんが、トータルすればこれでも何とか勝っていたのか、という不思議な感じです。

しかし、それもちょっとでも油断すれば簡単に奈落に落ちてしまいます。

だから常に崖っぷちを歩いている感じで油断もできません。

とても勝てているという感覚ではありませんが、それでも結果としてトータルでは勝っているという不思議な感じです。

これまで、一時的には勝っても、トータルでは負けてばかりいたのですが、その負けている時とやっていることはほとんどといって違いはありません。

だから、そもそも何で勝てているのかすら理解できずにいます。

しかし、何と言ったらいいのか、だましだましの方法がわかった、というのでしょうか、やり方は同じでも、なだめてすかしてなんとかプラスに持っていく、という方法がわかったというのでしょうか、そんな崖っぷちを常に歩いている感じです。

これまでと大きく変わったとか、勝てる方法が見つかったとかいう感覚ではありません。

自分では、負けていたころとやっていることはほとんど違いがないのです。

昔思っていた、相場で勝つ人に対する持っていたクリーンな感じとは程遠いものです。

そして、相場で勝っている人というのは、昔は、もっと余裕で勝っていると思っていました。

やり方を当てたという感じもありません。

そもそも勝ち組というのは、「双六のあがり」をイメージしていましたから、勝ち組になれば安泰ということを思っていましたが、そんな感覚も全くありません。

常にギリギリのところで何とか息をしているという感じで、これが相場が勝つことなのかわかりません。

そして、昔考えていたことは、相場で勝てるというのなら、後は単位を増やせばいくらでも勝てると考えていましたが、そんな感覚もまるでありません。

なぜならいつもギリギリで勝っているからです。

これでいいんでしょうか、自分ではまるで自信がありません。」




はい、これでいいんです(笑)

1000本ノッカーさんのさくらコメントでした(笑)

実に、地味ですので、山師の方には飛びつこうとはならないでしょう。
何年も努力するって、そんなのやってられねー、って感じでしょう。
ここには、「あっという間に」とか「これを知っただけで」とかそういうインスタントなことはまるでありません。
地味コツ、地味コツの積み上げだけが答えだと言っているのです。

情報商材の「さくらコメント」とは真反対のコメントですがね(笑)

勝てていない人が持っている勝ち組のイメージとは、明らかに「情報商材のさくらコメント」のイメージでしょうが、それは非現実的な山師の想像に過ぎません。

現実は現実なのです。

こんな本音の感想を書かれては商材も売れなくなるので、誰も書きません(笑)




ここで、山師理論が正しいとすれば、以下のような疑問が・・・

そもそも山師理論によれば、日本中にBNFがあふれていてもおかしくないはず。
何故、BNFは一人なのだろう。
勝っている人は、勝ちパターンを知った人なのだったら、もっと稼げばいいだけなのに、何故稼がないのか。

そんな勝てる手法は、今のネット社会で何故勝ち組だけの秘密として守られているのか。誰かが漏らすということは無いのか。

勝てる方法が見つかった人が「双六のあがり」なら、その人達は100万円儲かったから終わりとなるはずがない。
ましてや、「こんな儲かる方法が見つかったからみんなに3万円で教えてあげよう」となるはずがない。
商材屋は、「100億円儲けてしまったから、今後はボランティアとして一人3万円でそのノウハウを教えてあげよう」という人なのだろうか。

「さくらコメント」で「商材を読んでたったの1週間で100万円稼ぎました」という人は1年経ったら数億円稼いでいた、って話になっているのだろうか。しかし、そんな話は全くといって聞かない。
そもそも、情報商材で大儲けを続けています、というブログの1つや2つあっていいはずなのに、1つも無いのが不思議だ。
あるのは、「検証ブログ」と称するアフィリエイトブログばかりだ。
検証ブログでアフィリなどせこいことをしなくても、勝てる商材を見つけたのなら、それでガンガン稼げばいいのに、何故そうしないのか。

勝ち組とは、「双六のあがり」なのだったら、「あがり」の人たちはみんな「勝てる方法」を知った人たちなのだから、1兆円でも稼げるという人たちなのだろうか。

バブルで勝ち組になったカリスマたちは、バブルの終わりと同時に毎回消えていくが、何故勝てる方法を知った人が消えていくのだろう。勝てる方法を知ったら、一生涯めでたしめでたし、ではないのか。

そういう勝ち組とは別に、プロの投信運用者は、何故、日経平均以上にほとんど稼げないのか。
投信で年利益200%とか、どうして出ないのか。
勝ちパターンを知ったプロが一人ぐらいいて、すごく稼ぐ投信が一つぐらいあってもいいのではないか。
しかも、世界中探してもそういう投信が無いというのはどういうことか。

素人や初心者(自分)でも、ちょっとチャートを小細工しただけで大儲けできる手法が見つかるはずなのに、何故プロの投資家はそれをしないのか。

そもそも、勝てる方法を知った勝ち組は、何故この世の富を全て手に入れようとしないのか不思議だ。自分が勝てる方法を知ったら、この世の富を全て手に入れるまで稼ぐのに!!



こんな矛盾だらけの山師論理を何故信じこんで自分は勝てる手法探しの努力を続けているのだろう?


そこには、山師の夢を食うバクがいるんです(笑)



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あらなみ

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職業:個別株投機家・専業デイトレーダー

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