聖杯は存在するのか・・・4

2015/07/01 Wed

普段コメントを書いてもらっていないシステム派の方とのやりとりがとても楽しくて、コメントありがたく読ませて頂いています。
こうやって議論することで、自分が気がつかなかったことに、気がつくこともありますし、色々と刺激を受けるので、色々と考えが浮かびます。
コメント多く頂いているので、また、総括的に記事にすることにします。
いっぱい書いてもらっているので、全てを網羅できていませんが、私が気になったところだけということで。
こうやって、対立する意見であっても、お互いに相手を尊重しながら、意見交換できていることは、素晴らしいです。



■やり方探し&1000本ノック、どちらがいいのか

どちらにしても、簡単ではなく、時間がかかる、ということ、そして、どちらも努力しても結果がつくとは限らない、ということでしょう。
一方で、論点になっているのは、プロセスが無駄になるかどうか、という部分だと思います。

これは、イメージとしてどう捉えるか、と少し私なりに考えてみたのですが、こういう事例はどうでしょう。

そば打ち職人と製麺機開発。


そば打ち職人を志して、修行をする。
3年、5年、熱心に修行すれば、まかりなりにもそれなりの麺は打てるようになるんじゃないか。
そばを舐めるな、と言われれば、私はそば職人を知らないので、これは想像でしかないのですが、それなりに頑張って修行していれば、プロセスは無駄にはならない、と思います。

一方で、そんな手打ちではなく、自分だけのそば打ち機を開発する、という場合。
そば打ち機の開発に、3年、5年、と時間をかける。
そば打ちの理屈であるとか、頭では理解できていても、もし、機械の開発に失敗すれば、その人は、機械の知識は得ることができても、そば打ちの技術を手にできてわけではない。
実際に、そば打ちの修行をしていないわけだから、そば打ちが上手くなっているわけではなく、そばは打てない。
そば打ちに関しては、素人に近い。

私が、裁量とシステムについて思うのは、この違いなんです。

ただ、何度も繰り返しますが、そば打ち職人としての修行をしっかりした人、ということなので、中途半端に、機械に頼ってみたり、あれやこれやと手を出したり、実戦せずにレシピ勉強をしていた人人というのは、技術をマスターすることはできないでしょう。
後でこれについては書きますが、こういう「中途半端な修行」をしている人が多いように思います。

裁量トレードを練習する、といっても、多くの人がやっていることを見ると、中途半端なんですよ。

修行中なのだから、当然、損失が先行します。
そんなの当たり前のことじゃないですか。
その当たり前のことであるのに、ちょっと負けたら、これではダメだ、とポイする。

本気で最初から勝てると思っているんです。

ピアノの練習を始めた人が、最初からお金を取れる演奏できる、とでも思っているのか。
今日からゴルフ始めました、っていう人が、最初からゴルフで稼げると思っている、とすれば頭がどうかしている。
なのに、相場だけは、最初から稼げると思っている。

そもそも、中途半端な手法探しの手立てとして、実戦してるに過ぎないのなら、そんなのは修行期間に入らないです。


システム&1000本ノックの考察。
もう1つの事例です。

弁護士資格の取得。
これは、弁護士の資格が取れればよいが、取れなければ、何年かの勉強期間というのは、無駄に近くなる。
受験勉強など、他の「資格試験勉強」も同じで、資格が取れればいいけど、取れなければ、つぶしが効かない。

料理人の修行。
コツコツ時間がかかる。資格というものではなく、実力がつくかどうか。
しかし、3年、5年とやれば、それなりの実力は誰だってそれなりにはつく。
本気で頑張っていれば、それなりに腕で飯は食えるようになる。

システムというのが、資格試験に近い性質がある、一方で、1000本ノックは料理人の修行方式。
私のイメージですが、こんな感じです。

もちろん、資格取ってしまえば終わりじゃないのは弁護士もシステムも同じで、そこから先があるのだけれど、とりあえず資格を手に入れれるかどうかがカギとなっている。



■やり方へ到達するプロセスの間違い


ただ、大勢の方がやっておられることを見ていると、どっちつかず、なんです。
中途半端なんです。
資格試験に合格したいのなら、もっと徹底的にやらないとダメ。
「やり方」だけで差別化するって、想像以上に専門的ですよ。
システムの専門家って、半端ない、凄い。
検証でパソコンをブンブン24時間回しているとか普通で、HDDの寿命が1年しか持たないとか、そんなの一般人の常識外だと思いますよ。
ロジックの研究で、徹夜とか、ほんと半端ない。
私には、とても真似できない、と思いました。
でも、それが楽しくて時間の経過を忘れる、ってのがシステムマン(笑)

やり方探し、といっても、自分で研究しているのが本来で、実は、大勢の人は別のアプローチをしています。

他人頼り

です。

本やネット上、商材などで、やり方を探す、誰かに教えてもらおうとする。

自力本願ではなく、他力本願。

でも、他人を頼っても無駄です。

これが、一番ダメなアプローチです。

「やり方を探す」「トレジャーハント」といっても、他力本願で探すわけなので、これは、コメントを書いてくださっているシステム派のみなさんとは、全く違うアプローチであって、

お前らと一緒にされたくない!!

ってことだと思いますよ(笑)

しかし、実は、大勢がやっていることでしょう。

本でかじったり、ブログで探したり、商材買ったり、セミナーで聞いたり、そういうアプローチで、「他人からやり方を手に入れて」相場で勝とうなんて思わないことです。
何故なら、それで勝てるのなら、日本人1億総システムトレーダー、ですから(笑)
誰かを頼って、「やり方」を手に入れようとするアプローチは完全に間違いだ、ってことに早く気がつかないといけないと思います。

1000円のムック本を読んだら、簡単に100万円儲かったよ!!

ないない(笑)

それだったら、相場で損する人など、この世に一人もいないよ。

でも、多くの人はそう思って本を読む(笑)

現役のシステムトレーダーは、「ケチ」で教えないのじゃないんです。
教えたら、そのシステムは消滅するから、「教えたくても教えられない」んです。
ブログに晒したら、システムは瞬間消滅するんです。本に書いたら、瞬間消滅するんです。
システムのエンジンは、隙間なのだから、その性質上、大勢が押し寄せたら閉じる性質があるんです。

相場は、誰かが売ってくれるから買えるのであって、全ては相手さんが必要だ、という当たり前の事実があります。
みんなが勝てる方法を知って、そこで買えば儲かることがわかれば、誰がその勝てるポイントで売ってくれるのでしょう。
売り手と買い手の株数は、同数でないと、売買は成立しません。
相手が売ってくれなければ、買えないのです。それが相場です。

残念なシステムの成立要件とは、

自分だけが知っていて、他人が知らない

というものなんです。

この性質さえ理解していれば、本やネット上でやり方探しをすることが如何にナンセンスかということがわかるでしょう。

事例に出してもらっていた、ラリーの娘さんとか、タートルとか、確かに「周辺の数名に」教えている限りでは有効性は保たれることもあります。
流動性の罠をクリアできている範囲においては、有効性は保たれるでしょう。
システムを他人に教えることは、間違いなくできますし、それは、裁量よりもシステムの方がより簡単でしょう。
タートルシステムを伝授した期間は、確か数日だったと、本に書いてありましたし、そんなものでしょう。

これらの事例は、「あなただけには特別ですよ」ということです。
しかし、それが、一般の人にまで及べば、それは、基本詐欺でしょう(笑)

幸運にも、ラリー・ウィリアムズの娘に生まれて来れれば、一子相伝を受けられるかもしれません。
でも、残念なことに、私はラリー・ウィリアムズの娘ではありませんでした(笑)
ラリーの娘でない限り、教えてもらえる可能性はゼロに限りなく近い、と思いますね。



■定型化

教えるのにあたって、というより、最初は、どんな型でもいいから、定型化から入ると、早いのかもしれませんね。
これは、林先生の本にも書いてあったとおり、「決められた型からスタートする」という方法論です。
実は、私は、デタラメでもよい派なんですが、それだと、初心者の場合、どこから手をつけていいのか、わかりませんものね。

デタラメでもよい派というと、乱暴な、ってなると思うのですが、

泳ぎを教えるときに、教室で、泳法の講義をするより、とりあえず浮き輪を持たせて、プールで泳がす派、なんです。
そして、泳ぎながら、段々泳ぎを覚えていけばよい、という感じです。
この浮き輪というのは、リスク管理であり、損切り。
とりあえず浮き輪さえ持っていれば、溺れないだろう、ってことで。



■1000本ノックの効能

ノックを受けているうちに負けなくなった、という意味が不明、というコメントを見かけました。

では、逆に、問います。

「最初は勝つ方法を知らないから負けるのだ、という理屈ならば、その初心者は、負ける方法を知っているか。」


勝つ方法を知らない = 負ける

という理屈はそもそも通るのか。というよりも、勝つ方法を知らないから勝てないというのなら、

勝つ方法を知らない = 勝ったり負けたりで、トータルトントン


というのが本来ではないのか。

手数料、スリッページ以上に負けるとしたら、負ける才能があるから負けるのか。

上下50%の確率の相場で、何故、人は負けてばかりいるのか。

そうなると、「やり方」以外の要素によって負けたのではないか。
そういう「方法」以外の要素が相場というものにはあるのではないか。

1000本ノックで、最初に学べることは、「どうやったら負けるのか」ということです。


適当にやったら勝ったり負けたりするはずが、考えたら何故か負けばかり(笑)

最初は、負けてばかりなのだから、負けの事例は積み上がります。
一方で、勝つことは、たまの偶然だから、ほとんど事例にもなりません。
人は、「どうやったら勝てるのか」ばかり考えているものですが、それと同じぐらい重要なのは「どうやったら負けるのか」なんです。
どちらが簡単にわかるのか、というと事例が豊富な「どうやったら負けるのか」なのですね。
よほど記憶力に欠ける人でない限り、アホみたいに負け続ければ、誰だってわかってくるものです。
わからないのなら、それは、途中でポイしたからでしょう。
負けたら意味がない、と思って、途中でポイする人が99%なんです。
ノックを最後まで受けた人なら、ここで書いている意味がわかると思いますよ。



■最適化について


システム志向の人から、裁量の私がこうした質問を受けるというのも何なんですが(笑)

システムは、多かれ少なかれ最適化するものです。
ブレイクアウトというのは、最適化する余地が少ない方法ですが、それでも「どの期間のブレイクか」という期間のパラーメーターは最適化する必要があります。

例に書いてもらっている移動平均クロスは、どう考えても最適化せざるを得ないものです。
パラメーターがある限りにおいて、最適化は避けられません。
ただ、そのチューンナップをどの程度やるか、という意味で、「最適化を随時繰り返すかどうか」ということを最適化しない、という使い方をしている様子です。
この場合、正確には、「過剰な最適化は避ける」という言い方が適していると思います。

前の記事で書いたとおり、私は、堅牢性重視です。
なので、出来る限り、最適化とは縁遠いようなものを求めています。
最適化すればするほど、過去にバックアジャストするわけですから、どんどんカーブフィッティングに近づいていくわけです。
「歴史は繰り返す」というテクニカル分析の原則は、「それなりに繰り返す」という程度でしょう。100%繰り返すことは理屈から言ってもあり得ませんよね。

書いておられる「パラメーターを固定するかどうか」は、「最適化を随時繰り返すかどうか」という意味で使っておられますが、そうなると、過剰最適化の域だと思いますよ。
個別株だと、銘柄ごとに最適化するとか、そういうことも過剰だと思います。

一方で、フィルタールールがあってはいけない、ということはありません。
当然、何らかのフィルターでパフォーマンスが改善するなら、取り入れることはあっても、それは過剰とは言えないのではないでしょうか。
タートルのルールにもフィルタールールがありますが、必要なものだと思います。
ただ、バックアジャストし過ぎることがいけないだけです。



■システムでも裁量でもない第三極

システムにも「調整」があり、裁量にも「ルール」があり、クロスするところはありますが、決定的に違うのは、

①上達のプロセスの違い・・・システムは「検証による開発」であり、裁量は「経験による蓄積」である。

②売買の実行時の違い・・・・システムは「機械的」、裁量は「判断を伴う」。


という部分でしょう。

システムの場合、チューンナップもあるけど、新規開発もあります。
手に入れた一品をチューンナップしながら、頑張って使い込んでいくと同時に、エンジンの開発も重要なので、結構大変ですね。

裁量の場合、基本的ルールをしっかり持っているか、もう少し柔軟に色々織り交ぜているか、結構別れるんじゃないかと思います。
システムに限りなく近い人、そうでない人。
どちらにしても、ルールと規律を身につけて、コメントに書いてもらったように、「上手下手のある世界」なので、鍛錬しながら上達する、のが裁量でしょう。

そして、システムでも裁量でも、シングルストラテジーなのか、マルチストラテジーなのか。



ここで、システムか、裁量か、ということで、議論してるんですが、お互いに根っこに共通する地下水脈が流れていることに気がつきました。

それは、どちらも、勝てるようになるには、

努力して、自分で開発、鍛錬して、今のポジションを得ている

という共通項です。

開発も、鍛錬も、自力本願が基本です。

自力本願という共通項があるわけです。


だから、お互いに議論していても、意見が対立していても、妙な清々しさがあるんじゃないか、と感じているんです。

どちらにしても、結局、やるべきことをやっていれば、モノのなる可能性はあるわけですよ。



じゃあ、この議論を通じて、逆に、一番ダメなタイプが私の中で浮かび上がってきました。

それは、「間違った道」とコメントで書いてもらったとおり、

他力本願で、パクリをやろうという姿勢

じゃないでしょうかね。先程もちらっと書きましたけど、結構生息している感じがします。

言い方凄く悪いけど、ちょっとは自分で考えて努力しないと、ダメなんじゃないでしょうか。

システムであろうが、裁量であろうが、パクリでそこそこのレベルになれた、という人は私の回りでも聞いたことがない。存在しない。

ただ、パクってやろう、と狙っている人は大勢いるけど、みんなダメレベル(笑)

自分は、システムを志しています、って言っても、やっていることは、どこかに美味しいシステムが落っこちていないか探している、他力本願のパクリ屋という「えせシステム屋」って結構いる感じがする(笑)


コメントで書いておられるように、誰もがプロになろうというのではなく、お小遣い稼げれば、という人も多いというのはわかります。

でも、お小遣い稼ぎだから、努力せずパクリで楽にできる、という世界でもないように思いますよ。

システム屋、裁量屋、という一見、対立軸の議論になっていますが、もう一つの流派として、

パクリ屋

ってのがあるんじゃないか、って気がつきました。

自力で、「手法開発」する気もなく、といって、「鍛錬」する気もない。

どこかに美味しいネタが落ちていないか、それをパクりたい、楽して儲けたい、というパクリ屋。

儲けている人を頼みにして、「勝てる方法を教えてください」。
商材を買って、それで勝とうとしている。
とにかく、自分で努力しないで、人に頼って、相場で勝とうとする。
本を読んで、手法をパクってやってみるが、上手く行かなくてポイの繰り返し。
あっちをつまみ食い、こっちをつまみ食い、つまんではポイ、ポイ、ポイ(笑)


システムを開発する努力でもなく、ノックを受ける鍛錬でもない。

パクろうと、人の成果を漁る努力だけをしている

というより、パクることが努力だと思っている、のかもしれません。

ただ、この姿勢を持っている人で、勝てるようになった、ってほとんど聞いたことがない、と私は思いますが、どうなんでしょうかね。


そういえば、1000本ノックで頑張っている人を、バカにしたような人もいましたね。
自分では何の努力もせずに、人が頑張っているのをバカにする。
どういう姿勢なんでしょうかね。多分に僻みもあったのでしょうね。
理屈先行なんですよ。頭でだけ考えて、意味が無い、と決め付けするから、そういう態度に出るんでしょう。


もちろん、先人の知恵を使うこと、教えを請う事を否定するわけではありません。
勉強する、ということは、そもそもそういうことだから。
他の世界では、それで通用したかもしれません。
勉強して、知識を詰め込んだら、合格できる入試であるとか、資格試験であるとか、そういう成功体験が、パクリ思考の温床なんでしょう。

でも、こと、この相場の世界に関しては、パクリだけで、自分では何もクリエイティブに考えようとしない、鍛錬しない、というのでは、厳しいんじゃないでしょうかね。

私も、思い起こせば、昔は、パクろう、あやかろう、と必死でした。
自分で必死でシステムも考えていたけど、パクリも必死だった。
そもそも、ブートキャンプに入隊したのも、パクリ目的(笑)
でも、今、現在、モノになっていることって、全部自分で考えたことであり、鍛錬の結果、理解したことばかりです。
確かに、教えられて、モノになったことはあるけど、それは、ベースとなる基本的考え方とかであって、小手先の技術は、ほとんどがオリジナル、経験から導き出されたものでしかありません。

自分で考えてみる、人に頼らない、こういう姿勢って大事じゃないでしょうかね。

多くのコメントを読んでいて、ふとこういうことを感じました。



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コメント

Secret

1000本ノックの効能

あらなみさん、こんばんは。

ノックを受けているうちに負けなくなった、という意味が不明、というコメントを見かけました。

僕のコメントした、「何故トータルで負けなくなったのか自分でもよくわかりませんけど(笑)」の部分ですね。

システム派の方と話す機会が今までありませんでしたので、あのような表現にすればシステム派の方に興味を持ってもらえるかもしれないと思ってのコメントでした。

裁量派のコメントがない中でシステム派の方からどんな回答が来るのかビクビクしながらコメントしたのですが、勇気を振り絞ってコメントしてよかったです。
システム侍さんのお考えを知ることができましたし、今回の記事でシステム派と裁量派の共通項を知ることができました。

しかしパクリ屋とはいいネーミングですねぇ。
昔の自分もパクリ屋でした。
ほとんどの方が1度はパクリ屋を経験してるんじゃないでしょうか。



歳三さんへ

ほんとうに同感。
わたしも最初はパクリ屋でした。
同じですねえ、みなさん。

他力頼みじゃだめだ、って、
どこかで気づいて、少しずつ上達する道を選べるかどうか。
裁量なら、それにかかっていると思います。

地味なんですよねえ、練習ってやつは。
ピアノの練習でも、同じでしょう。
わたしは古典邦楽の師匠免許をもっているけど、
同じですねえ。基本練習は地味です。

でも、楽器なら、どんな楽器だって
「音が出る」ことが最初ですよ。
鍵盤なら、押せば音が出るけど
吹奏楽器になるとね、息づかいがわからないと音はでません。

曲を演奏するのは、音出しのあとですよ。
そこまで地味にやれるひとは、多くはない。

相場だって、練習中は損するに決まってるんだから
すくない原資で数多くやればいいと思いますね。
練習なのに、儲けようとする欲があると、結局遠回りになる。

歳三さんが1000本ノックをやり始めたころ、
からかい半分の投稿があったの、
わたしは覚えていますよ。

声掛けはしなかったけど、
「頑張ってね・・・頑張れるかな・・・」って
遠くで応援してましたけどね、
こればかりは、自分でやるしかないですから。

からかっていた人たち、頭でっかちで
相場を理屈でなんとかしようとしてるんでしょうね。

そういう迷い道のひとたち、効果的に近道をしたくって
地味な積み重ねを無意味だと思っているひとたちって、
まだ出口が見つかっていないと思いますよ。

その意味では、歳三さんの勝利!ってね、
わたしは思う。
真面目に練習すれば、だれだって上手になる。
そう思います。


虚無僧さんへ

はじめまして。

当時のコメントを見ていたのですね。
お恥ずかしい限りです。
僕は結構負けず嫌いな部分がありまして、あの冷やかしコメントのおかげで奮起した部分もありました。

「頑張ってね・・・頑張れるかな・・・」って
遠くで応援してましたけどね


ありがとうございます。
ある程度時間をおいて言われるとうれしいですね。
気持ちが軽くなった感じになりました。

虚無僧さんのコメントは、あらなみさんとはまた違った部分の気づきがありますのでとても楽しみにしています。
今日のコメントを拝見して驚きました。
あらなみさんの記事もそうなんですが、これほど深く考えることがまだまだできません。
これが自力本願の経験の差なのかもしれませんね。
深く考えることの大切さを気づかせて頂きました。

今後のコメント楽しみにしています。

職場でふと・・・

あらなみさん記事更新ありがとうございます。
歳三さんこんばんは。確かにパクリ屋というネーミング面白いですね(笑)

ほとんどの方が1度はパクリ屋を経験してるんじゃないでしょうか。

裁量で成功されている方もシステムで成功している人もほとんど通る道だと私も思いますね。この段階で無限ループに陥って終わる人が一番多いでしょうね。ここからの気付きやきっかけによって分岐すれば後は本人のやる気と努力次第といったところでしょうか。

また、あらなみさんの弁護士と料理人、そば打ち職人と製麺機開発という表現も非常にわかりやすい表現ですね。今、パクリ屋でいる人がこの記事を読んで一人でも多くの人が無限ループから脱出できるきっかけになればいいですね。

そこで、私も今日、会社でいる時にちょっと気づいたことがあったのでこの際書かせてもらおうかなと。

私の現在の仕事は、ある専門職の中間管理職なんですが、部員を見ていて思ったんです。この専門職の仕事には経験が重要です。初心者には一定のマニュアルやフォーマット、基準はありますが、やはり案件数をこなし、納期を守り、論理的思考力を徹底的に鍛えることによって、未知の分野の仕事であっても受注し、自力解決できる部員は確かにいます。それは経験によって培った職人に近く、裁量派のあらなみさんや歳三に近いのかなと思いました。ただスタートはほぼ同時ですので、経験年数も同じなのに明らかに個人によって実務能力に差があるんですね。この仕事は学習曲線が初め緩やかで一定時間を超えると飛躍的に上がる人とほぼ一定になる人がいるんです。これは管理的立場から見ていてはっきりわかります。

一方、事務職(一般職)の部員もいます。彼女らはサポート職種です。社内に確立されたマニュアルがあり、マナーがあり、ほぼ定型化された仕事です。入社して一から先輩に教えてもらい、OJTをこなすことで皆がほぼ一律に一定の仕事をこなす能力を身につけます。人によって実務能力に差をあまり感じません。(気が利くとか愛想がいいとか個人的にルックスが好みとかそういうのは置いときますね(笑))

これって裁量とシステムの違いなんじゃないかなとちょっと思いました。専門職は裁量派、事務職はシステム派と置き換えて考えられないかなと。専門職にはやはりセンス(才能)が必要なのではないかなということですね。そして経験年数は同じなのに専門職は一人一人の能力に差がありすぎます。一方、事務職はほぼ均一的で、個々の能力は高くなくても協力し合えば一定の力を発揮し、会社にとっては必要な存在になっている。

私自身1000本ノックを経験してないのであくまで仮説ですが、あらなみさん、私の意見いかかでしょうか?

濃い!

おはようございます。最近の記事やみなさんのコメントは内容がとても濃い〜くて読んでいてとてもおしろいです。

自分も何かコメントできないかな〜なんて思うんですが、皆さんのコメントの内容が濃くて、その場に合う言葉がなかなか出てきません。

これは経験の差なのかな、なんて思い、陰ながら読ませてもらっています。

しかし改めて思うのは、ほんとに素晴らしいブログだなと。真摯に相場に取り組まれている人が集まってきいるので。

とても勉強になりますし、自分もがんばろう!っていうモチベーションにもなります。

前のモチベーションの話じゃないですけど、やはりたったひとり孤独な環境で相場を続けていくよりも、切磋琢磨できる仲間だったりがいると、モチベーションはかなり変わってくるんじゃないかな、と思いました。

実際に面識があれば尚良いですが、ネット上のこうした場であっても、そういった交流が生まれてて、とても存在意義があるなと感じています。

ちょっと話が逸れてしまいましたが、しみじみと感じましてコメントしてみました。

ちなみに僕も、多くの参加者と同じような眼で相場を観ていても、そこにはエッジはないのではないかなと感じています。

そうではなくあらなみさんも書かれているように、経験の蓄積から捻り出されたその人独自の眼で相場を観る・張る方がエッジがあって、相場の隙間に住み易いのではないかと最近実感しています。

根本となる基礎は、はじめはパクる・真似る・学ぶしかないかもしれませんが、それを経験の蓄積と共に、加えたり捨てたりしていかに改善・洗練させて自分なりに研ぎ澄ませていくのか。

与えられた包丁は同じだとしても5年10年経ってみたら、研ぎ方が違えば全く違う形や切れ味になっているのでしょうね。

聖杯は存在するのか、、

巷で売られている書籍や、ネット上で手に入れることのできる情報、価格の動きやそこから派生したテクニカル分析など、ほとんどの参加者が似たり寄ったり同じ剣を持って斬り合っているのだから、それではあまり差がない、エッジがないのは仕様がないし、当然と言えば当然なのかもしれません。

もし聖杯というものが存在するのなら、いやこの場合は聖剣か?(笑)、それは間違いなく他の多くの参加者とは違った独自の加工を施されたものなはず。だからパクリではあり得ない。

それにもし鍛錬に鍛錬を重ねて聖剣を作り出せたら、自分だったら絶対に他人に教えたくないですね(笑)

いくら聖剣でも、それが世に知れ渡ってしまい、皆が同じ聖剣を使うようになってしまったら、その剣ではもう互角の戦いしかできなくなってしまいますよね。

聖杯が存在しても、それを持っている人はひた隠しにしているに違いないと思います。だからもし存在しても公には出てこない。それにもし公に出てきてしまったら、それはもう出てきてしまった以上、エッジが機能しなくなってしまうので聖杯ではなくなる、という現象がここにはあるのではないでしょうか。

そういうことだったのかあ

リスクを許容するメンタリティをつける。
ノウハウは、その後だ。

あらなみさんの言いたいことを、煎じ詰めれば、そういう話だと、
私にもようやく理解できました。

そういう観点から、システム、あるいは、裁量を考えてみると、
そんなに違わないというか、ほとんど同じではないか?
そういうふうに思いました。

つまり、システムの優劣はあるけれども、基本を外さなきゃ、システムは儲かる。
たいしたことがなくても、システムなら、期間を長くとれば、儲かる可能性は高い。
そういう結論になり、だから、聖杯はあると、私は自分の考えに地震を持ってきました。

老舗寿司屋と回転寿司チェーン店

ザ作蔵さん、こんにちわ。

先週末、家族で回転寿司チェーン店に行った時、あらなみさん他裁量派の方々と我々システム派の違いって老舗寿司屋と回転寿司チェーン店の違いのようなものかなと改めて思いました。

一人前の寿司職人になるには何年も修行がいる。だからこそ修行は大事であり一概にマニュアル化できるようなものではないし、一人前になって独立して常連さんがつけば、そう簡単には潰れない。そこには職人としての技術が強烈なエッジとなっている。

一方、回転寿司チェーン店。寿司は機械が握り、店員は高校生か大学生のアルバイト。徹底的にマニュアル化されており、オペレーションは完全にシステム化されている。競合店が近所にできるとエッジは薄まるし、生き残るにはその後の工夫や企業努力が必要になる。

結局、決定的な違いはビジネス戦略の違いではないかなと思いました。回転寿司チェーン店は一店舗の営業利益は薄利でも、多店舗展開により全体で利益を上げている。我々システム派のシステムも、一つ一つのシステムのエッジが劣っていても、全体で継続的に利益を得ている。

リスクを許容するメンタリティをつける。
ノウハウは、その後だ。


その通りだと思いますね。裁量派だろうがシステム派だろうが、ビジネスの経営者に変わりはない。新規参入するのはシステム派の方が敷居は低いでしょうが、経営を存続していくにはやはり継続的な努力が必要です。

そして聖杯とは、他店に簡単に真似されないような絶対的優位性を少しずつ築いていくことではないでしょうか。

また 始まったなあ!

誰もが入るパクリ屋からの道ですよ(≧∇≦)

これは 何でも同じじゃあないでしょうか?

最初は 人の見て真似る

自分で出来る様になるのと 真似や他の方法で目的が達成されればいい訳で
多くは二つに分かれるんでしょうね!

後は 自分でやってみて技術を付けるなり システムを作るなりで目的を達成する!

これ 多くはそうしてるんですよね!

一番肝心なのは 導入目的で
安易な道を求めると結局 遠回りになるのが 世の常です(≧∇≦)
オイラもナカナカ気がつかなかった(´Д⊂

世の中って 本当の事に気付かなくても 何も知らなくても
何とかなっちゃって生きてる人達が 沢山居るんです!

でも 相場はそうはいかない!本当の世界だからだと思ってる!

NHKスペシャルで
「私たちは共に生き そして生かされている」
そんなセリフがあったけど 正にその通りだな!

リスクを許容するメンタリティをつける。
ノウハウは、その後だ。

これが最重要だと思われです(≧∇≦)b

カモの八つの共通点って動画あったんだけど
ナカナカ参考になります パラドックスは 幾つかあるけど
http://ameblo.jp/keizaiwo-sakiyumisurukai/entry-11785501728.html

需要と供給・実体

自分の書いたコメントを数日経って改めて読んでみると、なんか少し薄っぺらいコメントをしてしまったかな、と感じますね。

聖杯のことについては、もし存在したとしても、やはりエッジの関係で公には伏せられるんじゃないでしょうかと思いますが。

あとは皆が見ている価格やテクニカル指標のことですが、皆が見ているからエッジがない、というのはちょっと違うかなと。自分で言っておいてなんですが(笑)

逆に多くの人が見ているからこそ機能しているテクニカルなどもあると思うんですよね。

でも結局のところは、あらなみさんがどこかで言っているように、長い時間軸で見ればファンダメンタル的な影響ありますが、短い時間軸で見るほど要は価格と出来高(需供)しかないのではないかと思います。

僕はシステムのことは分からないのですが、裁量の場合には、それこそ1000本ノックを続けていけば、なかなか見えてこなかった忍者の影分身の実体がだんだん見いてくるかのように、相場の流れが分かるような独自の感覚が身についてくるのではないかと思います。


システム侍さん こんばんは その1

あらなみさんの新しい記事がでましたので、ここでのコメントも、最後を迎えているのでしょうね。
ですから、こうして書き込んでみます。
思いついてすぐ書き、読み返しもせず、すぐ投稿しています。
よく考えていたら、投稿できませんものね。

チェーン店と老舗のお寿司屋さんの話、おもしろいですね。
まったくその通りだと思います。
ずばりシステムトレードの本質をついていますね。
ものすごいたとえで、こんなすばらしいたとえができるのですから、
システム侍さんは、さぞ上級者でしょうね。

私はといえば、短期のシステムがありません。
ないというのも、少々違うのですが、まあ、長期のほうがらくです。

メンタリティの書き込みをしてから、思ったことを書いてみます。
あらなみさんのブログであることを十分承知しています。
聖杯伝説についての話です。

その2

損をするメンタリティと書きましたが、システムトレードの場合は、ドローダウンと書いたほうがよかったかと思いました。

つまり、ドローダウンにさえ耐えれれば、システムトレードで勝つのでしょう。
1000本ノックができるか? それは無理なような気もしますが、とにかく耐えなければ、未来は開けないのです。

短期トレードが苦手なのは、このメンタリティができていないのだなあと、じつは、ブログの記事を読みながら思ったのですよ。
これ、私には、目からうろこの話でしたねえ。

そういえば、今日、どういう風の吹き回しか?
村上隆の本を読みました。
「芸術起業論」ですが、これを読んでいて、世界に通用するトレーダーのことを思いました。
システムトレードの世界では、世界に通用しなければ、消えていくのでしょうか?
まあ、大きなことを考えて、楽しんでいました。

その最終回

つまり、私には、短期の損、短期のドローダウンのほうが、辛いのです。
短期の勝率が低いからです。
そうそう、勝率の問題です。
勝率が低いと、どうしても、不安になるのでしょうね。

これらの議論をまとめてみると、結局、永遠性を求めなくてもいい。ちょっとした優位性があれば、その優位性を積み上げればいいのです。

で、システムを組むロジックが合理的でさえあれば、ドローダウンを気にする必要さえないというきわめて大胆な結論になりましたね。

初めてコメントさせていただきます。

いつも拝見させていただいています

あらなみさんのブログを読んでからトレードに対する考えも変わって成長できたと思ってまして、とても感謝しています。

そば打ち職人と製麺機開発。
とてもわかりやすいですね。
少し僕の考えを書かせていただきます。
(変なことを書いてしまっているかもしれないので、緊張しながら書かせてもらいます>₋<;)


あらなみさんは、ハンス・ウルリッヒ・ルーデルとシモ・ヘイヘという人物は知っておられるでしょうか?

僕は先ほど知ったのですが、戦争でものすごい戦績を残した人です。

面白いなって思ったのは、ともに特別すぐれた武器を使用していないということです。

そば打ち職人と製麺機開発でいえば、そば打ち職人はこの人たちのような人でしょうか?

製麺機開発はアメリカ軍のような最先端の武器を使用しようと考えている人だと思います。

また、シモ・ヘイヘに狙撃の秘訣を尋ねると、ただ一言「練習だ」と答えたそうです。

ここらへんも同じなのかなと思いました。

僕は、そば打ち職人的なトレーダーを目指しています。
今はトレーダー歴が2年半年になって、あらなみさんの書かれていることの重要性がものすごく分かるようになりました。

これからも1000本ノックを実践していきます。

No title

いつも楽しく拝見させていただいております。
以前、「なぜ株のブログを書いているの?」という変な?質問をした者です。
システムと裁量の話で盛り上がっていおり、ちょっと、投稿したくなったので書いてみます。
以下のような例を考えることにより、(負けない、また、練習での向上分が期待できる)裁量トレードという姿が明らかになるのでは?と思います。


1. ある時、サイコロを転がして選んだ多数の銘柄(たとえば100銘柄)の「買い」ポジションを持ったのち、以下それぞれの手法(トレーダ)でポジションを処理するとします。これを一定期間(トレードのスタイルによりますが、たとえば、スイングであれば数年間)、多数回繰り返した時の損益はどうなるか?(銘柄、時期、売/買ともにランダムにポジションを持った時の、各手法における統計的に十分な数を元にした損益は?)


<熟練していない裁量トレーダ、1000本ノック無>
1. 結果
 かなりの損失。
2. 理由
 多くは申しません。


<熟練した裁量トレーダ、1000本ノック有>
1. 結果
 手数料とトントン程度の損益ゼロ。もしくは、微プラス。
2. 理由
 この人たちは、(今回の例に限らず)負けないことをを目指すでしょう。少なくとも手数料程度の相場の「綾」は取るでしょう。


<並のシステムを使ったシステムに「忠実な」トレーダ>
1. 結果
 手数料分損。
2. 理由
 システムトレードは、「市場価格ははランダムに変動する値動きだ」を基本にしているはず。いろいろご意見あると思いますが、私の感覚ではこのようになると思います。



 あらなみさんがブログに書かれていることを上記例に当てはめると、上記のような結果になるのでは?と、私なりに思っています。また、私もこの考え方に一理あると思っています。というか、私のような凡人は相場に参加するときの心構えとして、このように考えるべきだと思っています。
 
 「1000本ノック」とおっしゃられているものの効能は、私なりに解釈すれば、「実戦で正しい経験を積めば、上記<熟練していない> から、<熟練した>程度までは、かなりの人がなることができるでしょう。」ということと読ませていただいています。「相場場に足繁く通っても、強制退場となるようなことは、少なくもと無い状態にしたらどうか?」ということと読ませていただいています。
 
 あとは、取り組む銘柄選択(売買方向、ポジションサイズ、作戦等)があわよくば(偶然)益を伸ばせる方向であれば、さらに利益は増えるでしょう。反対方向であれば、それぞれの結果となりますが。ただし、熟練していれば、持ったポジションが(偶然)逆方向だったしても、少なくとも退場となることはないでしょうと。あとは好きにやってくださいと。思っています。さらに言えば、「あとは好きにやってください」の中身の話を、京懐石に舌鼓を打ちながら歓談されているでは?と思っています。( ◠‿◠ )
 
 まあ、「銘柄選択」「売買方向」「ポジションサイズ」「作戦」という楽しみ(「あとは好きにやってください」)があるからこそ、相場は楽しく、悲喜交交、さまざまな感情が渦巻くわけで、これら選択肢が無い(たとえば上記例の被検者の立場)であれば、私も相場はやらないでしょう。


 以前と言っても、もう10年以上前ですが、売専という電子掲示板(懐かしい)に「マーケットの奇術師」というハンドル名でいろいろと含蓄ある投稿をしていた人がいました。この人の投稿がいろいろな意味で面白く、また、それに触発された多数の投稿があり、これまた非常に面白い電子掲示板だったことを思い出しました。本サイトもそれと似た相場という深遠?なテーマを(結果として)話題にされておいり、時間がない時でも、ついつい読んでしまう魅力があります。今後とも、長く続けられることを願っております。
 
以上、長文失礼。

Re: No title

なぜ株さん、お久しぶりです。コメントありがとう。

考察読ませて頂きました。

なかなか鋭い考察だと思い読ませていただきました。

つまり、

「やる銘柄とか、エッジとか省いて、ランダムにエントリーすれば、エクジットの力でどのような差になるか」

ってことですよね。

エッジ抜きとしたら、腕や経験値でどのような差になるか、という考察、と言ってもいいでしょう。

書いてもらったとおりか、違っても近いのだと思いました。

下手な人って、せっかくのチャンスを逃すし、損切り下手だし、どこかでドカンやるし、結局、やり方云々の前に、すでに負けてるんですよね。

やり方以前の問題として、「お前はすでに死んでいる」状態です(笑)


しかし、一方で、圧倒的エッジに乗れた場合は、どんな人でも利益が出せる。

猛烈な上昇相場であるとか、そういう環境があれば、誰だって儲かるわけです。

今回の記事では、「設計」と「執行」を分離して考えてみたわけですが、なぜ株さんの考察をヒントにして「地力(実力)」「環境」「エッジ」「手法(戦略)」を分類して色々と考えてみることができそうですね。

こういうことが、渾然一体となってこんがらがってしまっているから、相場が見えなくなっているのだと思いますねえ。

とてもいいヒントになったコメントだと思います。ありがとうございます。
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プロフィール

あらなみ

Author:あらなみ
職業:個別株投機家・専業デイトレーダー

Twitter: @aranami718

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