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パターン認識トラップ

2016/07/31 Sun

『幸運の女神には前髪しかない。』

レオナルド・ダビンチの言葉だそうですが、幸運の女神には前髪しかないため、通り過ぎた後で、慌てて捕まえようとしても、後ろ髪がなく、もう掴むことはできない、という意味です。

もたもたしていると、すぐにチャンスは消えてしまう。

これは、相場においては実にあるあるで、チャンスなどあっという間に消えます。

というより、チャンスがいつまでも続くことを放っておくほど、相場参加者は甘くない、ってことでしょう。

これは、短期売買の原理そのものでもあるのですが、

短期売買とは、まだほとんどの人が気がついていない隙間を、みんなが気がつく前に飛びついて、みんなが気がついて閉じてきたら出る

そういう性質を有している、ものです。

初動に飛び乗って、大衆が押し寄せた時には降りる。

つまり、簡単に言うと、

時間差攻撃

なんです。

短期売買のエッジの多くはこういう時間差のエッジを活用したものとなります。

ただし、「みんなが気がつく前」といっても、早耳とか、インサイダーとかそういう意味ではありませんよ。

最初の兆候や初動が出た時に、素早く反応できるかどうか

という意味です。

これが意外と難しいんです。

初動というのは、過去の動きの延長線上で考える性質を持つ人間にとっては、違和感のあるものですし、逆に向かってみたりしたくなるものです。

いきなりの変化に、人は弱いんです。

しかし、それが続くと、だんだん慣れ親しんできて、それに追随するようになる、という性質を人は持っています。

つまり、今度は、永遠に上げ続けるのだ、と理解するのです。

だから、昨日まで1000円ちょっとあたりでもたもたしていたものが、いきなり大きく上げて1200円とかになったら、もう乗れないとなる一方で、同じ株が毎日上げ続けて2000円になったら、今度はまだ続くだろう、で乗りたくなるわけです。


しかし、もうその時点では終わりの始まりなんです。

1200円では乗れなくても、2000円なら乗れる。それが人の感覚です。

結局、その本能に逆らうようなことをしないと、遅れて押し寄せる大衆の一人となってしまうのですね。

つい最近も、大相場を作ったポケモン相場がありましたが、それがまさしくそういう原理に基づくものだったと思います。



こういう原理があるものなので、始動が遅くて、もたもた考えていたり、頭が固くて方向転換が難しい人という人の性質に、相場は逆らうように動きます。

みんな、チャンス・・・すなわちエッジを探して右往左往しているわけですが、そもそもエッジとはそういう人の性質を乗り越えたところに存在します。


ところが、みんな心に優しいことをしようとするから、もうびっくりするほど遅い。

多くの人の行動パターンを見ていると、何度も何度も繰り返し見せられて、これでもかこれでもか、と確認してから、

よっこらせと動き出す

そんな感じです。

でも、もうそれじゃあ遅いよ。遅すぎるよ。

恐らく、そういう人が多いからこそ、相場のチャンスが繰り返し発生するそもそもの原因になっているのだろう、と思います。

後で考えたら、ってことは多いのですが、その瞬間、リアルで反応できる、という人はそう多くありません。

しかし、短期売買で勝ち残るには、そういう脊髄反射的反応を必要とする局面が多いのです。

人がなかなかできないことができる・・・それがエッジです。

人と同じなら、エッジなどありません。

これは、当たり前のことです。



損切りに躊躇してもたもたしたり、新しいことに遭遇してパニクってフリーズしたり、そういうことで、短期売買を乗り切るのに人は苦労します。

人間、びっくりすると、フリーズしてしまうんですね。

例えば、地震が起きた時。

自分はどう行動してきたか、考えてみてください。

揺れた、と感じた瞬間に、周囲の状況を把握して、すぐに回避行動を取れたでしょうか。

多くの人は、そういう局面ではフリーズして動けなくなるので、そこで動ける力はその人なりの優位性(エッジ)となります。

他人にできなくて、自分にできるからエッジなんです。


エッジとは、比較優位なのであり、絶対的なものではなく、相対的なものなんです。

ここは大事なポイントで、エッジを絶対的なものだと理解している人も多いのですが、それは違います。

人それぞれ得意不得意がありますから、こういう反射能力が無けれダメだってことではありませんが、少なくとも短期売買については、重要な力だと思います。



ただし、トレード対応の場合も反射神経や運動神経のことだ、と同じように考えがちなんですが、地震対応と違って、私はそれだけではなく、むしろその人の持つ考え方にすごく影響を受けていると認識しています。

具体的には、考え方の柔軟性や客観性です。

何故、反射神経だけじゃないのか、というと、トレードにおける変化対応は、秒単位ももちろんありますが、多くは時間単位、日々の変化といった長いものが多いからです。

反射的にできないというのではなく、考え方を変えられないんです。

そういう面で、回りを見ていると、頭の固い人はすごく多いですし、何でそんな固定的にしかものを考えられないのだろう、ってよく思います。

固定的にものを見る癖がついているので、変化に対応できないんです。





じゃあ、なんで、そのように、変化対応にどうしても遅れてしまうのか、固定的にしか考えられないのだろうか?

変化対応に遅れる原因は何なのだろうか?



その答えは、そもそもの相場アプローチの方法にあるんです。

相場に入ってくる人が最初に考えることは、みんな同じで、勝てるパターン探しです。

それは、そもそも相場を固定的に考えているから、同じパターンが単純に繰り返されるという理屈で成立します。

しかし、その前提で相場をやっている限り、上手く行く時期はあっても、すぐに負けに入るの繰り返しになってしまいます。

そうなっても、ほとんどの人は、「相場を固定的に考える」という前提を崩そうとはしません。

だから再び、パターン探しに戻ります。

こうして、パターンに気がついた、終わる、気がついた、終わる、を延々と繰り返すこととなります。

認識できたときには、終わるわけです。

この繰り返しで、勝てないメカニズム、すなわち パターン認識トラップにまんまとはまっているわけです。



とにかく、相場をパターン化して、固定化し、思考停止したい、という意識がいつまでの抜けないので、延々とパターン化を繰り返すため、次のようなトラップにはまってしまいます。

成功を 3度経験 もうパターン 

最初は疑心暗鬼でこわごわやっていても、何度か利益になると次第に自信がついてくる。そしてだんだんと大胆になる。しかし、その時、相場は既に9合目・・・。

結果として・・・・しょぼいポジで結構な値幅を取ったとしても、ラストは、大量ポジ抱えたままでドボンを食らう。。。

これを延々と繰り返すから、トータルでは常に負ける。

相場あるある(笑)


しかも、悪いことに、このトラップにはまっている人は、やり方とか、手法ではなくこのパターン認識トラップにはまった結果負けているのだ、ということに気がついていないことが多いです。

これは相場を予測できなかったらではなく、変化対応が遅れたから負けたのです。

何故なら、最初からきちんとポジを取っていれば、ちょっと下げたぐらいでトータルでは負けません。

負ける時だけ大きいから負けるのです。

では、何故、変化対応の遅れるかというと、そもそもパターン認識とは、ある程度の繰り返しがあってはじめて成り立つものだから、その時には、もう認識できたパターンは、終わりの始まりなんです。

本人は、パターン認識だとは自覚していないケースも多いです。

しかし、「利益が続いてだんだん自信がついて・・・」という時点でそれは、「やっていることを繰り返しの認識をしている」ということなので、すなわちそれこそが広義のパターン認識なんです。

つまり、パターン認識そのものが、変化対応への遅れを導くという、パターン認識トラップにはまってしまっているのです。


そもそも、自分が自信を持ってきた段階(=パターン認識できた段階)というのは、他の大勢の投資家だって気がついてきている段階なのだ、ということを理解せねばなりません。

先ほど書いたように、エッジとは、比較優位なのだから、みんなが気がついた段階では、もうそれはエッジでもなんでもない、ただの大衆行動の一員に格下げなんです。

この段階のチャートを見れば、もう遅いぐらい誰にでもわかるはずなんです。


パターン認識して、思考停止したい、というニーズはよくわかりますが、それで相場が取れるのだったら、相場で負ける人などいませんよ(笑)



とにかく、勝てない人の話を聞いていて思うのは、変化対応が遅いのが特徴的です。

始まりは無視して、終わった頃に押し寄せる

ある程度繰り返して、これで勝てるんだ、となってから、本格化するからどうしても相場に対して遅れる。

言い方を変えると、パターン認識ということです。

結果として、後で押し寄せる大衆投資家となる。

こう考えると、大衆行動とは、パターン認識トラップから発生している、と言ってもいいのかもしれません。

ほとんどといって直りません。というより、そういう自分に気がついていないのです。



毎日毎日、手法探しや相場予測に精を出して頑張っていても、こういう勝つための要領を心得ていないがために、負け組に甘んじる人が実に多いんです。

せっかくいい線まで来ているのに、こういうところでドボンして、トータルではどうしても勝てない。

本人は、手法とか、予想とか、そういうところにしか目が回っていないから、また同じドボンを繰り返す、そういう悪しき循環から抜けだせない。

実にもったないと、見ていて思います。



また、変化についていけない人の特徴として、自分こそが常に正しい。自分中心に世界が回っていると考えている特性があることが多いです。

いわゆる、独善的です。ほんとに多いと思います。

多様な意見がそもそもあって、自分の考えは多くの考えの一部なのだ、という多様性を認めようとしないのです。

若い人でも多いですが、やはり年を取れば取るほど固くなってきます。



じゃあ、そういう考え方や固定観念を取り除くことが果たしてできるだろうか。

ある程度は訓練と経験で鍛えられるものだと私は思います。

これとて、短期売買におけるスキル、職人技、腕、の一部でしょう。

ただし・・・ここを変えようと強く意識して努力することが必要だと思うのです。

それと、やはり環境変化を意識すること。環境など一瞬で変わります。過去の延長線上に相場がいつもある、と思っていたら大間違いの元です。


両方共結構、難しいですよ!!


最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である。

チャールズ・ダーウィン



相場もほんと、同じだと思います。



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コメント

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No title

仰られることよくわかります。

リアルタイムで、現在進行形で判断できる、行動できる、というか、上手い人はそういう目端が利いているのでしょうね。目敏く逃さないのですよ。

これは経験値を積み上げないと見えてこないモノでもありまして、ここで相場経験が浅い人は大きなハンディを背負っているのですね。

そして、多くの人がボンヤリしている、そういう性質がある一方、上手くいき出すとすぐに調子こく、と、いう悲しい性質も多くの人にはあるのです。

で、賞味期限切れかけのところでパンパンのポジションを抱えて、必然的にナイアガラを喰らうのですね。

普通に日経平均2万円のところで買ったりできたわけですよ。リアルタイムでは、その時の空気感では。

今となってみて、天井掴み乙、なんていうのは後講釈なのですよね。

しかし一方では、チャートとかテクニカルでは天井圏を示唆するようなものもありましたし、変化の兆しというか警報サイレンも確かにあったわけです。

相場巧者は、ある程度こういった、相場の位置感覚、というものを経験によって肌で感じている部分はあるでしょうね。危険な空気感とか空回りしかけている場の熱とか。で、そこですっと身を引きだすことができる、と。

私もそういう面はありますが、凡夫は、皆と同じ、で、あることに安心感みたいなものを感じたりもするのですが、それでは相場でプラスにはできないのですね。ちょこまか勝っては吹っ飛ばす、という、お約束からは一向に逃れられないのです。

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Re: No title

タカユキさん、おはようございます。

>で、賞味期限切れかけのところでパンパンのポジションを抱えて、必然的にナイアガラを喰らうのですね。

賞味期限、という表現はいいですね。

相場にも賞味期限というものが必ず存在し、どこかで切れるので、それを意識しておかないと、ナイアガラを食らう。

ところが、往々にして、人は、徐々に加速していくものだから、最後の爆死はひどいことになる、という定番が待っているわけです。

相場で勝ち残っている人は、少なくとも、こういう原理を理解しているから、感覚的であれ、危険を察知するセンサーが働くのだと思いますね。

やはり、経験値がここでも大きいってことでしょう。


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変化に対応できるもの

こんにちわ、ご無沙汰しております。最近児童養護施設を退職して素浪人となりました。プロではありませんがゴルフが仕事みたいな毎日です。あと遊びもろもろ。

ダーウィンのたとえ話はあらなみさんお得意ですよね。わたしはなるほどと思う反面に実は別のことも考えております。羊は変身して狼にはならんだろうと、ということです。言うなら狼や虎と言えど、いつも同じ事をしていれば獲物は逃げてしまい生き延びられない。だから変化は重要。変化というより学びがしっくりくる。

羊は変化しても狼になれない、ということもはっきりしていて、この世の個人投資家の大多数はそもそも羊であるので、変化もなにもないわけです。まあ多少は逃げのびるのが上手になるんでしょうけどね。羊でも変化すれば相場で食っていけると勘違いする人もけっこう多いじゃないでしょうか?

Re: 変化に対応できるもの

ハルトモさん、こんにちは。ご無沙汰です!!

ハルトモさんの言っておられることは、素質ですよね。

確かにそれも一理ありますね。

ウサイン・ボルトになることは努力では無理です。

相場に素質は関係ない、やり方さえわかれば、と考えている人は多いですが、それは違いますから。

また、訓練すればなんとかなるのか、、、ここも絶対とは言い切れないところがあります。

素質というのは、大きな影響はあると思います。

相場って、一見すると、特別な能力は必要無いように見えたりしますが、素質であるにせよ、訓練の賜物であるにせよ、普通ではない力というのはどうしても必要なんです。



ここで、ハルトモさんのご意見に被せていくと

「変われることが素質じゃないか?」

ということはありませんか。

少なくとも言えることは、変われなければ死あるのみ、ということじゃないでしょうか。

素質があろうがなかろうが、変われない人は、環境変化で滅びる恐竜と同じ運命を辿る、そういうことなんだろうと。



変われないということだけではないですが、ハルトモさんにも共感してもらえると思うんですけど、

「この人は相場で苦労するだろうなあ。。。」

ってわかる人いますよねえ。

何がどう、って色々あるんですけど、相場で勝つのは難しいだろうな、と感じる人は残念ながらおられます。

それが、素質というものであるなら、そうなんでしょう。

ただ、本気で変わろうとすれば、人は変われるとは思うのですが、自分が正しいと思っている限り、変われることは100%ありませんからね。


私もたくさんの間違いをおかす。しかし、私が他の投資家と違う点は自分の間違いをすぐに正すことができるという点だ。(ジョージ・ソロス)

過ちて改めざる、是を過ちという(論語より)




さて、関連して、ここからはちょっと余談になりますが・・・

頭の固い頑固ジジイ、アルプスの少女のおじいさんのような人がホント多いんですよ。

そして、自分の意見が通らないとすぐにへそを曲げる。

自分中心に地球が回ってると思ってる。

そういう人を見ると、相場で苦労するだろうな、って思います。

しかし、ハイジのおじいさんとて、最後はちょっといいおじいさんになったように、人は努力すれば変われるのでは、とも思います。

ただ、そもそも頭が固くて、自己中心的なタイプの人は、自分が悪いとは100%思っていませんから、絶対に変われないんですね。

だから、そういう人はそもそも素質が無いんだろうと思います。

まあ、どこかでガツン!とやられるか、上手な人に教えを受けて、相当やられたら変われるかもしれませんけど、そういった場合でも、自分は正しいと思っているから、ほとんど変わることは不可能なんですね。



ここでちょっと言っておくと、やり方が悪いとか、回りが悪いとか、政策が悪いとか、相場がおかしいとか言う前に、

ダメなのは自分が悪いんですよ!!

自分が悪いということに気がつかないと、永遠に今のままが続くだけなんです。

相場の研究する前に、自分を知らないといけないのだけれど、自分がわかっていない人が多いんじゃないかと見ていて思いますね。

彼を知り己を知れば百戦殆うからず(孫子)

お返事ありがとうございます

あらなみさん、長いご返事ありがとうございます。
素質という言葉はわたしはあまり使わないですが、だいたいそういう意味だと思います。
で素質がない人というのがまず大多数で、その少ない素質のある人の中でも相場でうまくいく人はまた少ない、というのがわたしのイメージです。つまり世の中のほとんどの人ははなから見込みがない。

それは素質がなくてもまあ負けない程度とか多少の暮らしの足しになる人もいるんだろうとは思いますけど、かけた手間とか努力に見合うかというとどうなんだろうと思いますし、それを生業にできるとか、まあはっきり儲かったと言えるくらい儲ける人ってのは、それはなにかを持ってるとわたしは感じていて、これは会うとなんとなくわかるような気がします。

わたしは18歳で東京に出てきて大学時代から今までずっと40年ほど働いてきまして、それで営業とかマーケティングをやっていたので、それはものすごくたくさんの人と会いました。大企業の上から下まで、中小企業の上から下まで、個人事業主、ありとあらゆる人に会いましたが、この人は株をやったら成功するんじゃないかな? てわたしがはっきり感じた人は40年でひとりでしたね。もうほとんどの人は見込みないてそれはすぐにわかる。

余談でその人の話をすると、Sさんと言ってわたしがいた会社は従業員が5千人ほどだったんですが、日本に3つ工場がありましてね。その工場に高卒で製造の作業員として入社して、それでそこから営業に出て、そして工場に戻って、最後は一番小さい工場でしたが、そこの工場長にまでのしあがったんです。さらにその工場を大改革した。

管理職でも高卒なんてまず聞きません。ましてや工場長なんてそれは工学だとか化学だとかの専門家出身じゃないとまず務まりません。製造から品質保証、労務管理などなど幅広い見識が求められますから、よくなれたな、とそれでなっただけじゃなくてすごい改革をなし遂げた。まあすごい人でした。

このSさんがもし株をやっていたら、成功したかもなってわたしは思いましたけど、でもそれはやってみないとわからない。それとそのSさんはわたしと株の話をいろいろしていても、決して手を出さなかった。投資する金はたっぷりあるのにですよ。そこもまたすごい。わたしの同僚で株で損する人はたくさんいましたからね。

今は年金だけで使い切れない収入がありますから、投資なんてもちろんやらないで悠々自適の方です。素質という言葉があるならその素質で必ずしも株式投資である必要はないのだろうとも思います。

まあいろんな人がいますよね。あらなみさんの言われるような、自分で自分がわかってないないって人も多い。逆に言うと自分で自分がわかっていれば、あとはそこそこなんとかなるような気もしますから、結論はやはり、あらなみさんのいう通り孫子さんですかね?

暇なんでそのうちに関西に遊びに行くつもりもあるんですけど、一度西野塾の大阪の道場の稽古に出てみたいなんても考えてます。あらなみさんはどんな対気をするんだろう?なんて考えると楽しいです。わたしは三年毎くらいに変化していて、今はふんわり系の踊りっぽい動きをしてます。

長くなりました。ではまた




Re: お返事ありがとうございます

ハルトモさん、こんにちは。

40年でたったの一人ですか、それはすごい。

この人なら大丈夫だろう、というより、この人は苦労するだろうな、の方がはっきりわかりませんか?

西野塾は最近サボっているのですが、私の場合は、重たい感じの動き、ですね。軽い人が羨ましい(笑)

No title

相場で上手くいっていない人にとっては、これは目の覚めるような内容の記事だと思うのですが、どうも反響が鈍いのでしょうかね?

賢者は沈黙しているのか、それとも市場のグダグダで皆やる気をなくしているのかはわかりませんが。

市場の変化を捉えてモノにできれば、それは利益の源泉となりますし、逆に変化に鈍感であれば思わぬ深手の傷を負う可能性がありますね。変化を察知するために、私も市場を継続的に追い続けています。こうやって過去からの流れを把握することによって、流れの変化やそのインパクトを感じ取ろうとしているのですね。

まあ、今回の記事は上手くいかないそのメカニズムの解説、として素晴らしいものだと思うのですが、どうもコチラのコメント欄の反応はよくわからないですねえ。

やっぱ、上手くいく方法を知りたいのでしょうかねえ?

しのぎを削る相場の世界でそんなマニュアルあるわけなかろうと思うのですがね。エッジの解説としても的確に明示されているので、よく読んで考えてみればいいと思うのですがね。

狼とか羊とかよくわかりませんが、変わることのできる人、も、居ると思いますよ。数は少ないでしょうが。。。

何年も負け続けているのであれば、その実績を真摯に見詰め直すべきでしょうね。

これまで築き上げてきた考え方と行動の体系、を、打ち壊すのはなかなか難しいかもしれませんが、それができなければ、、、また同じことがこれからも続いていくのでしょう。

変化できるように

あらなみさん、こんにちは。

毎朝のtwitterのあらなみさんのひと言を頭にいれながらトレードしております。

私も相場に飛び込んで1年が経過しました。いままでジャージとTシャツで稽古していたのが、やっと道着を着せてもらえるようになった所くらいでしょうか。気がつけば1年、アッという間でした。1週間振り返ってみてもそんなにトレードしたのか?というような感覚です。パターン認識もあるような無いような。

しばらく前に、どうやってもダメな期間がありまして、どうしていくべきか分からなくなり、体調も崩れ、メンタルが下がっていましたが、どうにか脱出しました。

前回のお返事にあった時間軸は変化するというお言葉どおり、極限まで短くなっていた時より少し長くなったところで落ち着いています。

1番短い時は慣れからか無駄に手をだして、損を膨らまして利益を削ったり、マイナスになったりと冷静さを欠くトレードをしてしまっており、チャンスを待つと言う事が重要だと再認識しました。


>1200円では乗れなくても、2000円なら乗れる。それが人の感覚です。

乗り遅れたらあきらめるようにと考え、これはほぼ無くなりましたが、たまにやってしまう事があります。そんな時は注文を出した瞬間に「やってしまった」と思うのですが、すぐに切れる時と、ついお祈りをしてしまう時があります。お祈りをするとほぼ反対へ行きます。相場ってスゴイです。

規律を守る事の難しさ、何度も同じ過ちを犯してしまう事、知行合一は一筋縄ではいかないと思いしらされます。果たして3年で修正できるのか。

ハルトモさんのお話の中の素質のない羊な私ですが、変化の出来る羊になる事を夢見てあと2年経験を積みがんばります。

毎日暑い日が続き、体調も崩れやすい時期ですので、体調崩されませんように。

Re: No title

タカユキさん、おはようございます。

多くの人は、「エッジとはパターンの中にある」という思いが強いので、それ以外が見えないのだと思います。

エッジを探している人は多いわけですが、何を探しているのか、というと、形とか、パターン認識なわけです。

しかし、考えないといけないのは、「そもそもエッジとは何故発生するのか」「エッジとはそもそも何なのか」そういうことを突きつめて行くべきじゃないかと思うのですね。

そうすると見えてくるものもあるのですが、形ばかりにこだわっているから、なかなか見えてはこないのだと思います。

今回の記事は、そういうところへの切り口なわけですが、知る人ぞ知る、という感じじゃないでしょうかね。

Re: 変化できるように

青吉さん、おはようございます。

いつも熱心にしておられるな、と思っていますよ!!

朝twitterでは、ちょっとは気の効いたことでも無いかなあ、とは思いつつ、ありきたりだよな、と感じつつ書いてます(笑)


羊は確かに狼にはなれないわけですが、羊には羊なりの生き方があるわけです。

狼が飢えて死ぬ局面でも、羊は、草を食べて生き残れることもある。

狼でなければいけない、ということは決してありませんよ!!

そもそも、規律を守れず爆死するのは、狼であっても、羊であっても同じですからね。

相場の見方の問題でしょうか

あらなみさん、こんにちは。
いつも勉強になる投稿、ありがとうございます。
今回の記事について、少しだけ、わたしなりの意見を申し上げたいと思います。

相場というものを戦いの場とみれば
狼と羊という対立になるわけですが、
相場を、単なるビジネスとみるなら、
狼なりに、羊なりに、それぞれの生き方があるでしょう。

かくいうわたしのように、深海に居住して、
「他のかたのおじゃましませんから」という
あまり神経を使わないで、戦いを避けて生き延びるようなのも
生きる場はあるというもの。

狩りがヘタで飢え死にする肉食獣もあれば
草を食べて、要領よくふとって寿命を全うする羊もいます。

相場の世界を戦いとみるなら、
それは神経を張り詰めて、チャンスをまったり
イラつきながら損切りしたり、たいへんだろうな、とは思います。

わたしは「まあ、そこそこでいいから、とにかく利益ですねえ」という
ごくごく神経を使わない方法を選びますから、
銘柄選択も、どうしてもボラの低い銘柄、
あるいは自分がなれになれている
それこそ20年以上も手掛けているという同じ銘柄だけになります。

それでも、きちんと規律はあるのですよ。
草食とはいえ規律はある。このことに例外はありません。

2000万のマンションを貸して、10万程度の家賃をとるとすると、年間で120万円。
管理費とか税金などを差し引けば、まあ80万円がいいところでしょうか。
年率で、大雑把に4%程度という感じでしょうね。
わたしの貸している不動産は、その程度の率です。

それなら、同額の2000万の原資を、ある銘柄に投資して
この銘柄の現物を「不動産」と見立てて
差額が出たら、それは家賃だと設定すれば
年間で4%程度をとるのは、さほど難しくないでしょうね。
多分10から20%程度はいけるのではないでしょうか。

不動産は、借り手がなくても資産としての価値があり、
最後は土地の価格で売却できるから、安全ではありますが、
それは株式も同じであって、つぶれる可能性の低い銘柄なら
資産価値は、増減はあってもゼロにはならないでしょう。

つぶれない会社なんてのはない、ということはあるけど
それなら、不動産だって、地震でどうなるか
わかったものではないわけで、
リスク的には、同程度じゃないでしょうか。

わたしは株式投資を「戦いの場」とはみません。
そういう見方をすると、とっても疲弊するんですね。

生まれつきのさぼり屋なので、神経を使うのは好みません。
「そこそこの家賃程度でけっこう」という
そんな態度で、現物を不動産的に見ての投資態度であります。
技法名称でいえばコストダウンに近いのですけど。

複数の経路での収益を図る。
それが一種のリスク分散なのですから、
たとえばサラリーマンのかたなら、毎月のサラリーの他の
多少の収益を図り、それが投資という世界であるのは
悪いことではないと思います。

欲張りすぎなければ、投資の世界も、
そんなに危ないとは、わたしは思いませんけどねえ・・・・。

わたしは、原資総額のうち、たいした量を投下しません。
いまの原資消費は、13%程度です。上値だな、と思うので。
いわばキャッシュポジションが高いわけです。
保有銘柄数は22。ちょっと多すぎなので、いずれ整理の予定です。

また、市況がかなり下になっても原資総額をいれることは
ほとんどありません。せいぜい最大で50%です。

それなら、初めから50%設定の原資でいいんじゃないか、
そう思うなら、それは違うと思いますよ。

「予備兵力」というものは、想像以上に精神に与える影響が大きい。
昔からいわれている「タコの糸を出し切るな・・・」ということわざを
ほんとうに身にしみてわかるようになるには、
これも体験の積が問題になるわけで、わかるまで時間がかかるようです。

やりすぎないことが大事だと思います。
原資も少額で、やりすぎないようにしていると
「ちっとも儲からないじゃないか・・・」と思うでしょうけど
目的は「上手になること」であって、
「考え方の転換」が大事なのだと思います。

お互いに練習中なんですから・・・・。
1000本ノックって、そういうことでしょ?

練習中に無理するから、市場から撤退させられるのです。
「儲けは上手になってから自然に入ってくる」のだから、
最初から儲けようなんて考えないことが大切でしょう。

相場の世界では、無理に狼になる必要はないとわたしは思いますね。
ハルトモさんのお話のように、
羊が狼になろうとしても、なれっこないんですけどね。

しかし、羊でいいんですよ。草だけを食べていれば。
そのかわり、きっちりと自分の臆病を認めて
危ない森林になんて、出ていかないことでしょう。

肉食獣がいる場所に出ないで、安全な牧場にいるなら
羊のほうが、餌を求めてうろつかざるを得ない狼より
ある意味で幸せかもしれませんね。草はいっぱいありますから。
やれる銘柄は、いっぱいあるんです。地味ですけど・・・・。草ですから。

こういう草だけの(おとなしい銘柄だけの)世界では、
反対に狼は生き延びられません。餌がみつからないから。

相場でいえば、おとなしい銘柄の動きについていけない。
ついていけるほどの耐性がない。我慢が効かない。
戦わないと生きていけない癖がつきすぎている。
いわば、草食獣の武器である長い腸をもっていないから
草を消化できません。

そういうことも含めての「自分なり」が大事であり、
無理をしないことが一番だと、わたしは思います。
わたしなどは、無理してもできっこないから、やりません。

羊なのに狼と同じ食べ物を食べようとする必要なんて
まったくないでしょ? 
羊の腸は、草食用にできているんだから、
それだけでも狼より有利ですよ。

狼に「じゃあ、草を食べてみなさいよ」っていえば
相手はできっこないでしょ?

羊には羊のやり方があるんです。戦わないことですよ。
戦く必要は、相手の狼にあるのであって、羊にはありません。
狼は、相手が戦ってくれないと餌を得られませんからね。
羊は羊なりの武器を使って、狼を相手にしなければいいのだと思いますね。
相場でいえば、そういう無理で危ない銘柄に近づかないことだと思う。

わたしは、多くのひとの意見とちがって
練習すれば、相場対応ってのは、
だれだって一定程度には上手になるという
そういう考えをもっています。

こういうのは、教え方の問題もあるわけで、
だれもが天才的プロ相場師にならんでも、いいのだと思いますね。

みんながみんな、オリンピックの
金メダル選手でなければならんというものでもないでしょう。

校内の一番、町で一番のランナー・・・・。
それだって、十分にアスリートであって、
学校のスター、町の人気者じゃないでしょうか。

こういう立場なら、なによりもへんな義務がなくてスポーツを楽しめます。
相場でいえば、十分にサラリーを補うお小遣い程度は出せるでしょう。
大儲けできませんけどね、それでいいや、って、そう思う人がいても
おかしくないとは思うわけです。わたしは、そういうスタンスです。

相場も、みんながプロを目指すわけじゃないでしょうし、
そういうことを、才能もないのに無理に目指してもいけないと思いますね。

わたしなどは、とうていプロの領域ではないんですが
他の(家賃など)収益を含めて、十分な生活資金を
相場の世界からいただいています。
それでいいんじゃないかな、って、「自分なりに満足」してます。

大儲けは狙わないんです。戦いもしないんです。
「じゃましないから、ほっておいてください」ってね、
自分だけの領域で、おとなしい銘柄に、自然に生じる
「時間的差額」「時間差サヤ」をいただいて
ひっそりと、少ない利益を貯める「小商人」的なやり方で
それが、自分に合っていると思うからやっているのです。


無理しないこと。
柔軟に周りをみてゆくこと。
あらなみさんのいわれるように、環境の変化をとらえること。
そんなことでしょうか。

欲望がつのると、このような環境変化とかが
わからなくなるものです。
どうしても、欲望によって自己中心になるし
見通しと「こうなってほしい」という希望的観測の違いを
冷静に判断できなくなります。

己の力量を知ることでしょうね。
羊のくせに、狼の領分の森にはいったりするから
餌になるわけで、見通しのいい、囲いに守られた牧場なら
「羊の幸せ」だって享受できると思います。

自分を客観的にみつめて、無理をしないこと。
無理をしないような規律で、それを守ってゆくこと、
そんなことで、いいんじゃないかな、なんて思います。

繰り返しばかりの表現で、しつこくてすみません。
おじゃましました。

Re: 相場の見方の問題でしょうか

虚無僧さん、こんにちは。

今回の虚無僧さんのコメントを読んで、相手にしている動きの差、を痛切に感じました。

これは何か、というと、私の場合、イントラデイの中、人気が集中して大勢が競い合っている状況で、取った取られたを繰り返しているわけです。

これはもうコロッセオの世界で、剣闘士が剣を持って戦うイメージ以外の何物でもないわけです。

値動きは、実に不自然で、猛烈に上げたと思ったら、すぐに強烈な下げが待っている。

私が、先月後半で集中的にやっていたのは、任天堂ですから、まさしくこの世界だと思います。

ここでは、大勢が群がって、食った食われたを繰り返すので、何もかもが人為的で、自然さの欠片もありません。

やはり、そうなると、カモは誰で、どこへ追い込まれるのか、とか、そういうことがキーになってきます。



一方で、虚無僧さんの世界は、日足をベースとした自然なリズムを相手にしている、というイメージだと読み取れました。

朝になったら日が上り、夕方には沈む


そういう自然なリズムに身体を預ける、という感じでのトレードをされておられる情景が浮かんできましたよ!!

その自然な世界では、誰が羊で誰が狼か、とかではなく、とにかく、自然に自然に、何もなくても、動かざるを得ない、海の波のような相場の自然なリズムを相手に、その波にひたすらに身を任せて、ゆらゆらと揺れていく。決してその波に逆らわない。

そういう感覚を持ったトレードをされておられるからこそ、出てくるコメントなんだろう、そう強く感じました。



逆に言うと、人為的な妙な動きが始まったら、「やりにくくなったな。。ここも自分の居場所ではないのか。」と多分お逃げになるのだろうと(笑)

多分、台風が来たら、さっさと逃げてしまうのでしょうね。。。

ちなみに、その台風と共に、私のようなイナゴの大群が押し寄せて、自然を破壊しまくるわけです(笑)

その時には、もう虚無僧さんたちはさっさと店じまいされておられるのだろうと。。。。



とにかく、人為的ではなく、自然なリズム、自然な心地よい波に身を任せる、そういったトレードをされておられる情景が虚無僧さんのコメントから溢れだしてくるんですよ。


あんまり人のことを書くのもどうか、と思いますが、虚無僧さんのトレードの本質とは、こういう自然なリズムに乗って行く、ということなんですよね。

ただし、自然とは言いつつ、自然であっても、季節はあるので、環境は変わる。

それでも、作為的に人が群がるものとは違って、やはり自然の四季のようなものがそこにはあるわけです。

こういうトレードは、深海、というより、自然派と言った方が的確かもしれませんね。

トレードそのものは、地味かもしれませんけど、堅実であるし、ちょっとした幾つかのコツやポイントさえつかめれば、特別な狼的才能は不要なのかもしれません。

注目されることはなくても、実は、近道であったりしますね。

こう書いていて、自然に出ざるを得ないリズムに乗る売買、私もやってみたくなりました!!

これは、都会の喧騒から、田舎暮らしに憧れる、そういったイメージですね。

もう少し、都会で人を相手に暮らしつつ、私もいずれ田舎で、自然相手の暮らしに切り替えたいですね!!

まあ、勝手な妄想でした。。失礼!!

あらなみさん、お返事ありがとうございます

お察しのとおりです。
自分の手がけている銘柄が、
何かのきっかけでギャップアップなんてしたら
保有している分を利確して、さっさと店じまいです。

とにかく「戦いません」ということを前提にすれば
ハルトモさんのいわれるような手間とかエネルギーも
たいしていらないわけで、精神的に疲れませんから、
疲弊しないんです。

通常と違う動きになったら逃げます。
保有していてギャップダウンでもしたなら
さっさと投げて損切りです。

どんなにおとなしい銘柄でも価格は変化しますから、
その差額をいただくだけで、
あとは量の調整、量の管理だけに気をつかうわけです。

その意味も含めて、原資総額の消費、投下の量ということは
きっちり管理してゆくわけですが、
あらなみさんのいわれるように「自然派」なんですね。

都会の喧騒を離れて、のんびり里山に暮らす。
そんなイメージで、これなら、サラリーマンの方の投資兼業も
さほどリスクなく可能なのかな、などと思いますね。
わたしはサラリーマンのころから、やってましたしね・・・。

羊は里山で暮らしていれば、安全ですし
心地いいわけです。

相場の世界に絶対の事実なんて、ありっこないのですけど
わたしは、二つだけは事実としてある、と考えています。

「価格は時間とともに変化する」ということと
「約定は常に同数で成立する」ということ。
このふたつだけは事実だと思います。

同数で約定するということは、相手がいるということで
ここで「相場は戦いの場」というイメージもでてくるのですが、
例えば出来高100万の場での、わたしの5玉や10玉程度は
「自分の戦いの相手」というイメージからは、ほど遠いと思っています。

価格が時間とともに変化するという事実は
天井と底を繰り返すということにつながりますが
だからこそ「時間的にサヤが生まれる」ということにもなります。

あとは「量の調整・配分・配置」を工夫すること
自主決断し、適宜に玉を動かしてゆくことで
差額は獲得可能なのだ、と考えるわけです。

あらなみさんがいわれるように「心にやさしい」のはいけないわけで
わたしが「無理をしない」というのは
「自分を甘やかす」ということとは違います。

心にやさしい、言い換えると自分に甘いのはいけないわけで
だからといって、背伸びもいけない。そういうことです。

運動生理学にルーの三原則というのがありますね。
筋肉は、使わないと退化する、使いすぎると壊れる
適宜に使えば発達する、という三つの原則です。

相場での心構えも、同じようなものじゃないでしょうか。
ルーの三原則が使えると思うのです。

あらなみさんのいわれる「心にやさしいのはいけない」というのは
自分を甘やかして、努力や決断の厳しさから逃げて
いわば筋肉を使わないで退化させることだと思います。

そして、できもしないことに挑戦して、
自分の精神を疲弊させるのは、
無理なトレーニングで身体を壊すのと同じ。
筋肉に負担をかけすぎて壊すのと同じだと思います。

自分を適宜に鍛えてゆく。疲れない程度に筋肉を発達させる。
わたしのように田舎暮らし的やり方なら、
健康のための毎日の適量な運動みたいなものです。

適量な運動さえやっていれば、筋肉は衰えません。
いくつになっても、発達します。
相場対応も、同じじゃないかな、などと思うわけです。

その適宜な運動のコーチこそ
自分でつくった規律である。そんなことであります。
コーチのいうことを守るから、自分は成長する。

相場は、たったひとりの行為ですから、
無理にでも、自分のコーチ、自分の上司、命令者を設定しないと
どうしても自分を甘やかして、間違った方向にいきやすいでしょう。

その役割を果たすのは、ただひとつ「規律」だと思います。
規律なきトレードは、まちがいなく破綻を招く。
わたしは、そのように考えます。

Re: あらなみさん、お返事ありがとうございます

虚無僧さん、おはようございます。

勝手な妄想?すみません(笑)

こうやって書き込んでいただくことで、私もすごく勉強になっています。

今回も、虚無僧さんが書いてくださったことを私がどう解釈し、参考にしているのか、また書いてみたいと思います。



>通常と違う動きになったら逃げます。

ここは大きなポイントですね。

つまり、そもそも「通常」を知っている、理解している。

だから、「異常」もわかる。

多くの人は、そもそも「通常」とは何かを理解していないから、「異常」もわからないわけです。

そして、虚無僧さんの言われる「通常」とは、海の波のような何もなくても動かざるを得ない自然な値動きのリズム。

その自然さを理解しているからこそ、異常を感知して、その異常には手を出さないという自分のスタイルを頑なに守る。

みんなが群がっている「さも取れそうな値動き」には見向きもしない。

こういう「自分の庭をきちんと守る」という姿勢は見習いたいものだと思います。

多くの人は、「他人の庭」ばかり観察(要するに勝っている人の真似)して、同じように勝とうとするわけです。

しかし、ベースが違うのに、同じことができるはずもなく、「何で自分は・・」となるわけです。

そうではなく自分の庭さえ守ればそれでいい、ということなんですね。



虚無僧さんは、よく「鞘」という表現をされます。

それが、虚無僧さんの値動き感覚をよく表しているなと思って読んでいます。

通常、鞘というのは、別の銘柄に対する乖離を表現したものなんですが、虚無僧さんの言われる鞘とは、値動きの自然なリズムに対する値鞘なんです。

ここが初めて読んだ方には理解しにくいものだと思うのですが、普通の人が見れば、「値動き」なんですが、虚無僧さんから見れば、それは「鞘」なんです。

つまり、鞘感覚。

そもそも、鞘とは、「いずれ自然に縮まるべきもの」なので、値動きをそう感じておられることがわかります。


鞘とは、同じものの価格が違うので、いずれその差は埋まるもの。スーパーで売っている卵の値段が違うとか、昔、東証・大証で市場が違って価格が違う株価とか、そういうものです。

>「時間的にサヤが生まれる」


こう表現しておられますが、常人にはちょっとわかりづらいものでしょう。
時間軸を取り払えば、値動きは鞘になると受け取っている、これが虚無僧さんの相場観なんです。
その自然な鞘の動きを探しておられるわけです。

逆に、鞘として見れない不規則な値動きは、スルーする、ってことです。

つまり、この鞘感覚こそが、虚無僧さんのエンジン(エッジ)なわけです。

ここは、一般に言われている「人気株に乗れ」「ランキングを見ろ」「新興をやれ」とかそういう教科書的なものとは全く違う相場へのアプローチなわけです。

(そもそも、みんなが同じように考えている教科書的教えで相場に勝てるのだったら、誰も苦労しませんよ。そこをよく考えてみるべきなんです。)

こういう自分のスタイルをひたすらに守るということでこそ、虚無僧さんが生き残っておられる、ということをしっかりと学んで行きたいものですね。

おそらく、鞘の動きの運動法則が繰り返しのトレードから、感覚として身についておられるので、もうそれは完全に習慣化しているものだと思います。

自分のエッジを理解し、その特定の分野だけを守る、相場で勝つための最短距離だと思います。

勝てない人の多くが、「他人のエッジ」を真似しようとして、次々と自爆する姿とは対象的なわけです(笑)

そして、そういう自分のスタイルを守るということを、規律とかそういう以前に、習慣にしてしまえば、それは最強なんですね。


以上、再び勝手な虚無僧さんの妄想解説でした(笑)
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プロフィール

あらなみ

Author:あらなみ
職業:個別株投機家・専業デイトレーダー

Twitter: @aranami718

旧ブログ:
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