小理屈先行

2017/08/26 Sat

昨日はびっくりでしたねえ。
大規模なネットの接続障害が発生し、午後から多くの証券会社の発注が不可能になりました。
私は、楽天証券のマーケットスピードが落ちたので、後場寄り前に気がついて、これは危ない、と直感的に思いました。
次に、発注しているクリック証券が落ちて、いよいよ危ない感じになってきたので、後場は結局何もしませんでした。
これが後場の途中なら被害を受けていた可能性もあるので助かりました。
株ドットとマネックスは普通に動いていたので、ネットワークの違いで助かったのだと思います。



さて、トレードを始めて、年単位の時間が経過しても、なかなか上手く行かない人が大勢います。

こういう人には、ある傾向があることが間々見受けられます。

同じアドバイスをした時に人によって違う反応があるわけですが、どういうことか、というと、

「○○をやってみて!」

というと、ある人は、言われたとおりに素直にそのまま実行します。

ところが別の人は、

「これはどういう意味があるのですか」「何故ここなんですか」「どうしてこういうことがわかるんですか」

と、理屈を知ろうと、とにかく質問攻めを仕掛けてくるのです。

「一番じゃダメなんですか!!」と言った前の民主党の党首のような質問攻めを彷彿とさせます(笑)

そして、結局、こういう人は、なんだかんだと言いますが、結局は、言われたことを実行しません。というかできません。

こういった理屈脳の持ち主は、理屈で自分が納得しないと、てこでも動かない、いや、動けないのです。

理屈ありきの演繹的脳内構造ということです。

ただ、ここまでの長い人生、ずっとそうやって理屈を後生大事に生きてきたのだから、今さらその生き方を変えられない、といことになるのだと思います。



一方で、相場というのは、そう簡単に全部を理屈で説明などできないものなんです。

「何故ですか。どうしてですか。」

言われるこちらも、困ってしまいます。

そういう質問をする人は、相場を全て理屈で割り切れる、と思っているのだと思います。

というより、全ての物事に対して、そうやって対処してきた延長線上にそういう自分なりのポリシーが出来上がっていて、まずはその自分の殻を絶対的に守ることが全ての前提なんだと思います。



1000本ノックというのは、そもそもそういう理屈から入るのではなく、

走りながらだんだんとわかってくる

相場の値動きを受け止める感性を養う

相場に理外の理あり、ということを理解する


という相場の観察方法を学ぶことが一つの目的でもあります。

つまりは、帰納的アプローチです。

先程の演繹脳とは、相容れないものなんです。

それなのに、理屈先行の人は、そういうノックをやりながらでも、自分の理屈を相場に押し付ける、ということを無意識にやってしまいます。

そうなると、結果として起きる現象は、

いくらノックしても、いつまで経っても自分なりの理屈の範囲しか見えてはこない

新しい発見は無く、自分の理屈の確認という範囲を出ることは決して無い


ということになってしまいます。

人は、自分が見ようとするものしか決して見えないもなので、どうしてもそうなってしまうのです。



ノックを通じてマスターすべきことは、元々持っていた理屈の確認ではなく、相場の声を素直に聞くことによってこれまで見えていなかったことを発見することなんです。

だから値動きから感じること、値動きから見えることを素直に受け止めること、これが最もノックにおいては大事なわけです。

素直さが大事なわけです。

それを自分の理屈を相場に押し付けることを続ければ、そういった相場の声を聞く耳を持てなくなってしまいます。

結果として、せっかくノックしていても、相場からの声が全く聞こえない、という事態に陥ることになってしまいます。

私が見ていて、頭が固くて、頑固、という人は実は非常に多いのですが、そういう人は、人の意見を聞くことをものすごく苦手にしていて、独善的思考パターンが強いわけです。

そうなると、必然的に、相場の意見(人の意見)を聞くことも苦手、ということになってしまいます。

知らず知らずのうちに、こうあるべきだという自分の思いや相場の見方を相場に押し付けてしまうわけです。

値動きを受けとめるよりも、自分の考えているやり方や戦略に値動きを無理に当てはめようとして、そういう色眼鏡をかけて相場を見るから、素直に値動きが入って来ないのです。

値動きを受け止めるのではなく、自分の規定概念、パターン認識を相場に押し付けているだけなんです。


アプローチが全く逆なのですが、それに気がついていないのです。


相場を自分の枠に押し込めようとして色眼鏡のついた先入観バリバリで見ているものだから、相場の声がまるで届かないのです。

いくらノックをしても、見えてこない、わからない、という人は結構大勢いるわけですが、主な原因はここだと強く感じます。

自分を相場に押し付けていることが原因なんです。

前の民主党の党首のような感じの人は、恐らく相場に向いていないでしょう。

自分のポリシーや自分というものに、強く自信を持っていて、それを曲げようとしないからです。

だから、政治家向きなんでしょう。

しかし、投資家としては、そういう感性が非常に仇となってしまうのです。



とにかく、

相場が一番正しいんです!!

自分がどういう小理屈を並べても、結局、相場が一番正しいんです。

だから、素直に相場の声を聞く耳を持っていないと、相場からの声が全く届かないんです。

理屈抜き

こういう人が何よりも苦手にすることでしょう。

小理屈好きというのが、相場の世界ではものすごく多くて、「何故なんですか」「どうしてですか」の質問攻めを受けることが多いのですが、親方の立場としては、

フォースを信じろ!!


とつい言いたくなってしまいます(笑)



昔、ブートキャンプで教わったことですが、最初は、

ただひたすらにブレイクアウトをやる

ということでした。

そこに理屈などありません。

やっていくうちに値動きに乗るということがどういうことか、体がわかる、ってことなんです。

ここで、

「何故ブレイクなんですか」「ブレイクなんて勝率悪いですよね」「ブレイクでは勝てないと思います」「検証してもプラスになりませんよ」

と小理屈を並べていた人たちは、結局キャンプについてはこれませんでした。

ここで過半数が去って行ったのですから、せっかく入ったキャンプなのにもったいないことです。

理屈で理解しよう、頭でわかろう、という気持ちはわかるんです。

しかし、相場を理屈で全部理解しようとしても、無理なんです。



たけしのアートビート、というドキュメントで、宮大工の師匠が新弟子に最初にさせていたことは、

かんな磨き

でした。

大工仕事が終わって、夕方から黙々とかんな磨きをする弟子たち

そこには、最初から理屈など無いのです。

最初に、と書きましたが、この最初というのは10年とかそういう時間軸なんです。

ここで「何でかんな磨きなんですか」「大工仕事とどういう関係があるんですか」「どのように磨けば合格ですか」「早く大工仕事を教えてください」

などという理屈をごちゃごちゃ言う弟子は、恐らく破門でしょう。

とにかく言われたことを黙々とやる、それが教えてもらえる恩恵に預かる弟子としての義務なんです。

ある時、ある弟子が浄瑠璃を見に行ったのですが、師匠が「かんな磨きも満足にできないやつが浄瑠璃なんか見に行くな!!」と激怒したのです。

もうめちゃくちゃな理屈ですよね。

しかし、職人の修行とはそういうものなんです。

そういう理屈じゃない部分で、しっかりと時間をかけて理解していく、そういうものなんだと思うのです。

こういうことは、理屈っぽい人なら我慢など絶対にできないでしょう。



ブートキャンプもそうでしたが、こういった

理屈抜き


という職人の見習いの過程というのは、現代の小理屈に固まった多くの人のとって、最も苦手な分野じゃないかと思います。

こういった小理屈先行ということは、頭のいい人に起きやすいことがわかっています。

御託を並べることがものすごく好きで、小理屈で相手をやっつけることを日常的にやって、ある意味それで社会的に成功しているわけです。

その成功体験を相場にも持ち込んできているわけですが、相場は全部を理屈で片付けようとしても絶対に無理なんです。

かく言う私も、こうやって御託を書いているわけですが、

理屈で理解しようとして、相場が上手く行かなくて、暗礁に乗り上げる

という人がものすごく多い、ということがわかっているので敢えて書いています。

本当に相場上手という人は、ここに書いてるような理屈などそもそもありません。

感覚的にできてしまうので、こういった理屈が存在しないのです。





相場で勝とうと思えば、「短期的偶然性を信じ、長期的必然性を信じる」という確率思考がどうしても必要なものなのですが、これを持つことは大変困難ですし、長い経験値が必要となります。

理屈だけでは、絶対に理解できない思考パターンだろうと思います。

小理屈で相場を理解しようとしている人は、この短期的偶然性ということがまるでわかっていないのだと思います。

相場の全てを理屈で理解しようとしても全くの無駄です。
何故なら、目先的には、相場は偶然が支配しているからなんです。

この偶然が支配している値動きをわかろうわかろうと努力するから、しんどいのです。

相場が難しく、得体の知れない難しいものに見えるんです。

それは、全てを理屈でわかろうとしているからなんです。

相場の値動きの大半は、そういった理屈抜きのランダム性が支配しているのですから、わからなくて当然だ、という理解をしておかないと、相場が難しくて仕方がないと思います。

相場を難しくしているのは、そういう考え方にある、ということなんですが、考え方を変えことは、本当に難しいものなんですね。





最後に、こういう小理屈好きが陥るもう一つの罠について説明しておきます。

それは、

知識武装をやりすぎる

ってことです。

今の御時世は、クイズ番組で多くを知っていれば頭がよい、とされる風潮なので、どうしても、知識の詰め込みということをやってしまいがちです。
また、そもそも受験勉強が知識の詰め込み学習なので、それが正しい学習方法だと多くの人は思いこんでます。


そうすると、どうなるか、というと、

多くを知りすぎたが故に、何をどうすればいいのかわからなくなってしまうのです。


ぶっちゃけ言ってしまうと、

相場で勝つためには、得意技の一点突破でいい

んですが、多くの人が陥るのが、何でも屋で、あれもこれもと知識だけは豊富になって、結局何も使えない、という状態になっているのです。

しかも、悪いことに、妙なテクニックの知識だけは豊富なくせに、基礎的な知識はほとんどわかってない、という

土台無き砂上の楼閣的知識

をせっせと蓄えている人が大勢いるのが、この相場の世界です。

つまり、小手先のハウツー知識とか、目先の小理屈はあるのだけれど、基礎知識が欠けているわけです。

知識というのは、実践力が付いてから後付けでもいいのですが、実際は、エロ本中学生と同じで、知識だけが先行して、実践力は皆無、ということがほとんどです。

知識こそが盾になって相場を突破できる、と考えてのことなんですが、実戦で使えるような知識など、たかが知れてるんです。

多くの知識を捨てて、中央突破すれば道は開けるのですが、多くの知識を持ったまま、その多くの知識に邪魔されて身動きが取れなくなってしまう、という悲劇を生んでしまっています。

勉強熱心な人が陥る相場の蟻地獄がこれなのです。




中華の鉄人、フレンチのマスター、日本料理の達人、であることが求めるべき姿であって、何でも料理人を目指すことは間違いだ、ってことです。

何もかもを知ることが相場で勝つことではありません。
そんなことでは、余計なお荷物を背負って、知識の重さに押しつぶされるだけです。
知識こそが盾になる、と思っている人は多いと思いますが、時として余計なお荷物となって、邪魔をするのだ、ということをわかっておくべきだと思います。

テクニカルなど、知れば知るほど迷いますよ。
もう何を信じたらいいのか、訳が分からなくなっている人がものすごく大勢おられることだと思います。

試行錯誤の時期というのは、オリエンテーションの時期であり、多くをあたることは仕方がありませんが、それを過ぎたら、一旦背負った荷物は捨てて、包丁一本が一番の近道です。

多くの荷物を捨てて、包丁一本で戦う、これこそが職人的相場道であろう、と私は思います。

事実、実際に勝っている投資家の多くは、包丁一本の人が多いんです。



最後にある本からの逸話をご紹介しておきます。

ある大学教授が禅師のもとを訪れて言いました。
「どうも初めまして。スミスと申します。まずは私の経歴についてですが、○○大学を卒業後、大学院に進み、○○の研究で博士号を取得しまして、現在は○○大学で教授をしています。この度は、仏教について学びたいと思い、こちらに伺いました。」
すると禅師が答えました。「どうぞお座りください」
「はい」
「お茶でもいかがですか?」
「ありがとうございます」
禅師は湯飲みにお茶をつぎ始めましたが、湯飲みが一杯になってあふれ出してもまだ手を止めようとはしません。
「おやおや、湯飲みからお茶があふれていますよ!」教授が声を上げました。
そこで禅師の言うことには「その通り。だがあなたもこの湯飲みと同じで、中身が一杯で、どんどんあふれ出しています。そんな状態の人に何を教えられるでしょうか。あなたの頭はすでにあらゆる知識で一杯になっている。頭を空っぽにして心を開いた状態でなければ、私が何を教えても無駄でしょう。」



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コメント

Secret

あらなみ様、初めまして。
旧ブログからのファンです。いつもROMばかりで、今回初めて投稿させていただきました。

もうそれぐらいでやめて下さい、と思わず叫びたくなる程、私自身のことが書き連ねてあるので、出て来ました。
2009年の秋から恐る恐る始めて、アベノミックスにも乗れず、私にとっての大金を失いました。しかも、一番最初に出会った本が、立花義正氏や林先生の本であったという幸運に恵まれながらの結果です。

あらなみ様お勧めの本も殆ど読みました。立花氏の本は何度も読み返しました。そして、ムチャなトレードをした後は反省して、今度こそうねり取りに徹しようと誓うのに、ついつい値動きがいい新興株に手を出してしまうのです。もうどうしようもありません。本当に猿以下です。

それでも、少しは経験値がついてきて、一進一退状態が続いています。ですが、自分の進むべき道すら定まっていません。きっと、次の大暴落に襲われたら、退場が待っていると思います。

あらなみ様と皆様の投稿でいつも勉強させています。こんな私ですが、今後ともよろしくお願いします。

Re: タイトルなし

あすなろさん、はじめまして。

コメントありがとうございます!!

あすなろさんのような方の存在は、私にとって書く励みになっていますが、やはりこうやって書いていたかないとわからないのですね。


さて、まずわからないといけないことは、

最初は、やってはいけないことをこれでもか、これでもか、と全部やってみるまで、まともな投資スタンスに立てないのが人間というものなのだ

ってことなんです。

何故なら、普通の人がやりたくなるようなこと、感覚的に儲かりそうなことは、ことごとくダメなことであり、人は、欲に目がどうしても眩んでまともな判断ができなくなるものだからなんです。


相場を始めて最初の数年間は、何をやってはいけないのか、を学ぶためだけの時間なんです。

だから、この期間に間違って儲かってしまうことは、地獄への切符を手にしたことと同じなんです。



だから、あすなろさんは、ご自分のことがダメ投資家だと思われていると思いますが、実に普通の人なんですよ。

みんなこうやって書かないだけで、ほとんど同じようなセミの地下生活を送ってるんです。

ご自分だけではありませんよ!!

セミの地下生活は7年間に及ぶわけですが、相場を始めて、そういうことだったのか、と理解できるようになるまでの経験時間は同じように5年、10年とかかるものなんです。

問題は、そういう「当たり前のスタートラインに立つ前の期間」内に退場してしまう、ってことなんだと思います。

それを超えて残ってスタートラインに立つ事ができる人は、ほとんど残ってなどいない、ってことなんです。

だからこそ、まずは生き残れ、ということなんです。

最初から勝とうとするから爆死するんです。

そもそも、目利きもなく、マインドもできていないのに、何をやっても偶然以外ではトータルで勝てるはずなどないのですよ。

それを勝とうとして欲をかくから死ぬんです。

経験もなく、運転技術も無いのに、300キロでF1カーを走らせるから事故るんです。当たり前過ぎることなんです。

お金さえあれば相場が張れる、というのは、アクセルを踏めばF1マシンが300キロ出る、と言っているのと全く同じなんです。

そうではなく、最初はとにかく生き残ること、生き残りさえすれば、スタートラインに立てるんです。

とにかく死なないこと、これをテーマにさえしておけば、決して死ぬことはありません。

最初から儲けようとして欲をかくから死ぬのです。

そして、死なずに経験を積めば、誰だって経験を積んで、見えてくるものがあるんです。これは、その土地に住めば誰だって土地勘がついてくることと同じです。

つまり、まずは生き残れ、ということです。頑張ってください!!

あらなみ様
優しいお言葉が骨身にしみます。

現在のポジションも一気に損を取り返そうと「してはいけないこと」を薄々感じながら持っています。月曜日に現金比率を上げることにします。

幸か不幸か、相場では一度も成功体験を経験していません。人生経験では、努力して勉強して、物事を分析し、小理屈を捏ねまわし、多少とも成功体験をしてきたつもりでした。でも、その事自体も単なる思い上がりであったのでは、と最近思います。

振り落とされないように、生き残ることだけを考えて、辛抱強く続けていくことにします。

タイトルについて

あらなみさん今週もお疲れ様でした。まだ記事を読んでから少ししか時間が経っていないので理解が浅いかもしれませんが、難しい内容でしたので頭の中の整理を含めて記事についての少し自分の考えをまとめさせて頂きます。

今回のタイトルで自分が注目をしたのが小理屈先行の「先行」の部分です。一見すると理屈が全部悪いかのように受け取ってしまいそうになりますが、そうではないと思います。

経験する前に理屈をこねる。それは料理をしたこともないのに本を読んで料理を分かった気になるようなものです。ですが料理をした後に味覚が与える脳への影響や視覚効果、栄養学等を学ぶことは意味のあることだと思います。それでも日々の料理の研鑽に比べれば優先順位は低いのかもしれませんが。

一方で小理屈を先行させる人にも恐らく最もな理由があると思います。相場は不確実な場所に身を置かなければいけないので、確実なものが欲しくなるんだと思います。発達障害のお子さんとかに多いのですが、人は見通しがたたないと脳へのストレスがとてもかかります。頭が混乱しエラーを起こす。反応は違いますがこれはトレーダーの脳でも同様のことが起こっているような気がします。普通は好奇心等でそういった心理的な負荷は克服できるのでしょうが、負け続けたトレーダーはそういったものが徐々に消えていったのかと思います。

ではどうすればいいのかと言うとやっぱり「失敗した経験」しかないなと思います。結局人は必要性にかられないと動けないですし、変革を促す失敗をどれだけ積めるかだと思います。

例えば記事の冒頭に仰っている
>>いよいよ危ない感じになってきたので、後場は結局何もしませんでした。

この行動一つも恐らく様々な経験を経て導き出した結論なのではないかと推測します。

生き残っているトレーダーは情報から知っていることよりも経験から知っていることの方により価値があることを知っているのだと思います。

コメントのやり取りではなく、課題のレポートのような文体になってしまい申し訳ありません。自分のように小理屈が好きな方もいらっしゃると思うので、そういった方はなかなか頭は空っぽにするのは難しいのかなと思います。ただまだ同じ小理屈をこねるにしてもやった後にこねた方がその小理屈でさえまだましになっているんじゃないでしょうか。

No title

いつも推敲を重ねた有意義な内容の記事をありがとうございます。
 大変な時間をかけているだろうことが想像できるのでなかなか安易なコメントを出しずらいのですが、少々教えていただけないでしょうか。
 今回の記事、それから前回と確率思考という単語がありましたが、自分の記憶の中では初めてあらなみ様が書かれたような気がします。確率思考というのは1回1回の損得ではなくトータルではプラスになるであろう参入方法をとりながら結果を待つ、あるいは今までの記事で出てきた、損切後のことを予想するから切れなくなる・・・私は予想は一切しない。テクニカルで先のことが分かるというのが信じられない(記憶なので言葉使いは不正確ですが)等々で今まで述べられたことと近しい内容と理解していいのでしょうか。もしくは相場本ゾーンでかなりくどく書かれた内容と同じなのでしょうか。
 あらなみ様の記事が「あーそうだったのかわかった」と言えるレベルではないので既になんども形を変えて教えていただいていることかもしれませんが、どこかで一度まとめて記事にしていただけないものでしょうか。

練習ということ

あらなみさん、こんばんは。
今回はずいぶんとブリの照り焼きじゃないんですね。
読み手としてはうれしい限りですが。

さて、練習ということについてのひとつの意見を申し上げます。
練習期間に間違えやすいのは「儲けたい」という欲望の制御でしょう。

下手なうちに儲かるわけがないのだから、
生き残りを第一にすべきで、
そのためには損失を限定することです。

練習中にも関わらず多くの量をいれてしまうから
退場が早くなるのです。
量を少なくすれば損失も少ないのだから生き残りの可能性は
一気に高まる。そして練習の回数も増加するでしょう。

練習中にも関わらず「練習でも儲けたい」という欲望があるから
量のコントロールに失敗する人が多いのではないでしょうか。
また、その自分の欲望には気づいていない人が多いような気もします。

例えば5000万円の原資があるひとに
一回につき5万円だけを投下して、
最低で3年間の練習をしなさいといったとき、
ひとは素直に守れるのでしょうか。

一回について0.1%の原資投下なら
まず3年以内の退場は考えにくいでしょう。
しかし、練習と割り切って余裕ある原資を休ませておけるでしょうか。

もちろんこの投下は1%でも構わないわけですが、
練習中に50%程度を投下するとしたら、
少なくともわたしは、それを練習とは呼びません。
30%投下でも「やりすぎでしょうよ。練習中に・・・」と
個人的には申し上げたい。

練習で「生き残ること」を第一目標とするなら、
どんなに原資余裕があっても
「自分は下手なのだから少額で練習する」と覚悟すべきだと思うのです。

原資を余らせると効率が悪いと思うのは欲望制御ができていない。
そのように思えてなりません。

練習中なのに異常にキャッシュポジションが低いというのでは
「それは練習ではなく本番の勝負でしょう」と言いたいのです。

練習中は最低のリスクで練習する。
少ない原資しか投下しない。たっぷり原資余裕がある。だが使わない。
これはけっこう心理に抵抗があるものです。
しかし心理に抵抗があり、つらいのが練習というべきだとわたしは思う。

少ない原資ならリスクも少ない。
だれでも知っている知識です。

林先生のいわれる「知っていることとできることは違う。できるようにならないといけない」というのは
こういう部分でもあるのだと考えます。

いろいろな知識、理論・理屈を知らないでいいとは言いません。
勉強して知るべきでしょう。

しかし、それは知識なのだから、これを知恵に昇華すべきだと思う。
知識をいったん横において「腕を磨く」ことに専念すべきであり
「一点突破。自分の得意技の発見と錬磨」に焦点をあてるべきだと思う。

ひと言でいえば技量の向上を図るべきなのだが、
技量の向上には、必ず裏に知識は「どこかで生きている」ものです。

儲けたいという欲望制御は立派な練習です。
練習というと相場の行く末の当て方ばかりに気が向くのは
大きな間違いです。相場の行く末なんてわかりっこないのだから。

自分の欲望を制御する。
いずれは自分の恐怖の制御も練習する。
欲望と恐怖の二大心理のコントロールこそ相場心理のすべてだと思う。
それを磨くにはそのためには量の管理ではないでしょうか。

練習なのにやりすぎる人が多すぎる。
だから短期で退場してしまうのだろう。

3年、あるいは5年も一定の場所に棲みつけば
だれだって土地勘ができます。慣れなんですから。
土地勘ができると同時に、量の感覚も値幅の感覚も
個人的に身についてくるものです。

そういう個人的感覚、職人的技が身に付く前の段階での
原資の過大投下は、厳に戒めるべきだと、わたしは思います。

相場は上手になってから成果が得られるもの。
職人の世界に似ている。技量の問題なんだから
技量未熟なのに量が多い、原資投下が多すぎるなら
それは問題だと思うのであります。

Re: タイトルについて

nobuoさん、おはようございます。

重要なコメントがありましたね。

>相場は不確実な場所に身を置かなければいけないので、確実なものが欲しくなる

>人は見通しがたたないと脳へのストレスがとてもかかり、頭が混乱しエラーを起こす


ここは、しっかりと理解すべきで、本当にそのとおりだと思います。

確実なものが欲しくなるからこそ、やり方探しに奔走することになるし、脳へのストレスを緩和するために、見通しを立てようとして、予想をする、ということでしょう。

こういう行動を考えると、次に見えてくるのは、何のために、ということですが、こういう話にならないでしょうか。

つまり、確実なものがほしい、脳へのストレスを緩和したい、そういう欲求を満たすために行動してしまう!!


となると、自己満足のための行動となるので、目的がずれてしまうわけです。

相場は、自己満足するためにやるのではなく、儲けるためにやるのですから、目的がずれてしまえば、答えもずれることになる。

いくら不安であっても、脳にストレスがかかろうが、儲けることが目的なのだから、それを解消するための行動は取ってはいけない、ということなんです。

自己満足のためにやるのなら、それは、儲けを放棄している、といってもいいんじゃないかと思います。

他にも、負けた怒りを相場にぶつけるとか、欲でてきて、それを解消するため、とか、実際には目的がずれている行動って多いですからねえ。

そもそも、今の行動は何のためにやっているのか、常にわかって行動しないと大変なことになりますね。

この話題は、もう少し深く考えてみたいところですね。

Re: No title

銀次郎さん、はじめまして、ですよね。

記事については、頭の中で考えていることを一気に文章に起こすので、それほどでもないですが、推敲したりする時間を合わせると、やはり3~4時間はかかるかもしれません。

さて、確率思考という言葉ですが、相場関係のものではあまり触れられていませんが、ギャンブル系の本では結構書かれています。

意味としては、ご指摘にあった、「ゾーン」に書かれていることと同じですが、ゾーンを読んでもすっきりとわからない、という人は多いのじゃないかと思います。

ということで、次の記事で、できるだけわかりやすく書いてみますので、少しお待ちください!!

Re: 練習ということ

虚無僧さん、おはようございます。

気持ちの上では、週一ぐらいの更新をしたいと考えているのですが、テーマが見つからないと伸び伸びになってしまいます。
こうやってコメントいただくことで、テーマのヒントになることが多いので、大変助かっているのです。


さて、練習というテーマでコメント頂いてありがとうございます。

大変参考になります。

ただ、私が思うに、今回の虚無僧さんのコメントは、多くの人にとっては参考にならないものだと思います。

その理由ですが、ほとんどの人は、そもそも「相場を練習する」という意識が無い、ということなんです。

「練習して上手くなる」という考え方そのものが、

相場技術説

ですから、大変マイナーな考え方なのですよね。

まあ、私と虚無僧さんとの間では、共通のコモンセンスなのですが、一般的にはほとんど認知すらされていません。

ここの入り口のボタンが全く違うので、そもそも相場を練習する、という概念すら無い、のが普通だと思います。

なので、最初から儲けないといけない、最初から利益を出せて当たり前だ、と思って無理をするわけです。

そして、一番悪い結論は、

儲からないのはやり方が間違っているのだから、勝てる方法を別に見つけ出さないといけない。

今のやり方を続けていても無駄だから、実戦は中止して、勝てる方法を探せてから再びやろう。


というものです。

つまりは、練習しないとどんなやり方をやろうが負けるのにも関わらず、

下手だから負けているにも関わらず、それをやり方の責任だと思ってしまう


つまりは、

相場手法説

です。

相場を、上手い下手というものではなく、勝ち方を知っているから知らないか、で分けているのです。

勝っている人は、相場上手ではなく、単に勝てる方法を見つけた人、という定義です。


99%の大変メジャーな意見ですので、多数決では、圧倒的勝利でしょう。


そもそも、最初から、相場を練習して上手くなろう、かんな磨きを10年続けて腕をつけよう、という考え方を持っている人には、爆死などという愚かなことは起きません。

ということで、今回の虚無僧さんのコメントは、1%の人向けもマニアックなもの、しかし、大事なポイントだ、ということで(笑)



話はずれますが、それにしても、相場を当てられると思っている人は、相場はファンダを映しているということをあまり理解されておられないのでしょうね。
今、ドル円などが下げていますが、その理由はミサイルが発射されたからであり、チャートの分析からわかることではないのですよね。
そういう因果関係を踏まえれば、相場を予想する、ということは、いつミサイルが発射されるのかがわかっている、ってことになってしまうのですが、ここが見えていないのでしょうね。
こういう根本の因果関係を考えないで、チャートだけをいくらこねくり回しても答えはそこの無いのですよねえ。

No title

ご無沙汰してます(多分一年以上)。
久々に覗いたら更新されていましたので、うれしくなって書き込みました。

私が今考えてるのは以下の二点だけでシンプルなんですが、恥ずかしながら書いてみます。

1.株はエントリーがほぼ全て。それを裏付けるのが、感と勘と鑑。従って一朝一夕にはうまく行かない。

ちなみに、よほどのプロでも七割当たらないんじゃないでしょうか。

2.次は、その後が「技術」の見せ所
つまり、外れた場合の損切と、当たった場合の利益取り。その他、ロット数など諸々。

私は、こんな感じに割り切ってます。

割と最近まで、たくさんのブログを見ていましたが、最近ほとんど見なくなりました。→どこもほとんど「当たってない」から。
冷めて来たんですかね。

ちなみに、大手の「アナリスト」と言われる連中も当たらないですねえ。春頃彼らが言っていたのは、「日経平均は割安→だから上がる」でしたが、実際は二万円に張り付いたまま全く上がらず、ついに下がって来ました。今後どうなるんでしょうね。

Re: No title

Totさん、お久しぶりです。

書いておられること、少し本旨がわかりづらくて、コメントが難しいです。

私は、アナリストについては、当たり外れという視点よりも、彼らが今何に注目していて、どういうテーマで今相場が動いているのかを探るための情報源という位置づけでレポートを読んでいます。
結局、アナリストの目線というのは、引いては、外人投資家、ヘッジファンドの目線とダブっているわけですから、そういう大口投資家がどのような切り口で今の相場を見ているのか、を探るヒントになるわけです。
自分の力だけでは、情報を整理することは無理なので、そういう情報整理の右腕として役立てています。

仰る通りで

あらなみさんのブログをずっと購読し、かれこれ4年以上相場と関わっていますが知識が増える一方で、経験値は一向に貯まりません。

知識武装のしすぎですね。
考え方から改めないといつまでたっても初心者と変わらない。
いや、変に知識がついている分初心者より厄介か。

一点突破を念頭に行動しなきゃいけませんね。

お初にお目にかかります。定期的に拝見させて頂いております。

自分のような取引回数一桁の相場入門者であり、色々な本…大学のテキストに採用されていた銀行・証券関係や行動経済学、社会心理学や認知心理学関係の本、そして巷に溢れる株の入門基礎本、ノートに書きながら1度通読した『先物市場のテクニカル分析』や『デイトレード(グレッグ・カプラ、オリバー・ベレス)』等を読んでそれで満足していた小理屈大好き人間には沁みる内容でした。

まず何をすべきかがよくわからなくなっていた上、上述の今の行動は何のために?コメントにもあるような「なぜ儲ける事を是とすべき相場をやるのか?そもそもそんなに儲けたいと思っていないのではないか?現状維持バイアスに強く縛られているし、現状に結構満足しちゃってるのではないか?」といった疑問を持ち始めていたため、本当に考えさせられる内容でした。

儲ける事を是とすべき、と関連するのですが、人生とは自己満足で暇潰しだ!と思っている自分としては、相場で儲ける事を自己満足として、そして相場で儲けるためには生存のために進化の過程で神経に刻み込まれてきたであろう、本性的に求めてしまう「安心・確実」に高い度合いで逆らわなければならないのかと痛感しました。これは1000本ノックを含め相当な経験を積んでも厳しいものなのでしょうね…
とにかく、言うに易しではありますが、基本的とされる方法で1000本ノックしたほうがいいなあと強く感じられました。

何を当たり前の事を言っているのだ、と思われるかもしれませんが、(相場に限らず)当たり前の事、基礎中の基礎ががいかに大事かと言う事はこのブログや前述の本でも何度も見てきたことなので、誠に勝手で迷惑ながらこの場を借りて頭の整理と決意も新たにするために書かせて頂きました。いつも有意義な内容をありがとうございます。

Re: 仰る通りで

鴨川トモロンさん、お久しぶりです。

損失の苦痛から逃れるために、知識武装を先行させる人は多いです。

しかし、知識武装は、すればするほど、下手になる、ということが実際に起きます。


下手に知識が雑多にあるから、どうしていいのか迷う上に、恐怖心からビギナーズラックすら遠のいてしまう。

そういうことが、ある程度年数を経た人に起こりがちの現象なのですね。

相場は、上手下手の世界なんです。

相場が上手い、ということと、相場の知識が豊富、というのとは、全く別なのです。

多くの人が、畳水練にどっぷりとはまっていることがわかっています。

(畳の上で行う水泳の訓練の意・・・理屈ばかりで実地の訓練が欠けているため、実際には役に立たないこと。畳の上の水練。畑水練。)

相場は畳水練では絶対に上手く行くようにはなりません。

水泳が上手くなりたければ、プールに入る。

スキーが上手くなりたければ、ゲレンデで滑る。

相場においては、このあたり前のことができずに、多くの人が畳水練ばかりやるのは、相場を腕で取るとは思っておらず、小理屈さえ通れば勝てる、つまりは、やり方さえわかれば勝てる、と思っているからなんです。

そして、実戦からつい遠ざかってしまうのは、損失の恐怖を知識の盾で守ろうとするからです。

ほとんどの人は、負けたら実戦から逃げるのです。

逃げて知識の城壁に逃げ込んで、さらに知識の城壁を高くしようと努力するのです。

負けて逃げるから、いつまで経っても恐怖心を克服できないのですよ。

損失の恐怖から逃げて、知識の城に立てこもっても、無駄に知識が増えるだけで、時間の無駄です。
それでは、何も前に進まない、何も解決しない、ということをどこかでわからないといけない、と思います。

Re: タイトルなし

へるいえさん、初めまして。

大変勉強家なのですね。驚くほど熱心に勉強されておられてびっくりしました。

しかし、相場のというのは、前のコメントでも書きましたが、知識をいくら蓄えたとて、何も解決などしないのです。

多くの人が、本当に熱心に相場に取り組まれているのですが、その努力の方向が本当に間違っていることが多々あるわけです。

その大変な努力を正しいレールに乗せれば、すぐに上手になるのに、無駄に何年もの月日を費やして、何も前進しない、という人が本当に多いのです。

リスクを恐れて、知識の城に逃げ込んでも、時間の無駄です。

相場とは、無慈悲で目先はランダムなものなのです。

だから、損失の苦痛から逃れるために、知識の盾を振りかざしても何の意味も無いのです。

相場で戦うのに、前線に出ることを怖がっていては、いつまで経っても新兵のままなのですよ。

相場で稼ぐということは、非日常的な損益のアップダウンに耐えることができる胆力がどうしても必要となります。

しかし残念ながら、その胆力は、素質として持っている少数の人を除けば、何年もかけて鍛えていくしかないんです。

それを実戦から逃げていては永久に持つことはできません。

この胆力というのは、全く理屈じゃないものです。

何百回と手術経験のある外科医だからこそ、メスを握っても震えない、そういうことと同じなんですよ。

こればかりは、いくら手術の勉強をしても、慣れなければ仕方がないことなんです。

やり方にしか目が行っていないから、小理屈をこねくり回せば何とかなる、という結論になるのですが、相場で必要なもののうちでやり方など極一部なんです。

しかも、やり方であるとか、戦略とか、そんなものは短時間で身に付くものです。

だから、後からでも全然いいんですよ。

つまり、理屈など後からつければよいのです。

それよりも、実戦の中から、時間をかけて少しづつしか身につかないことが、胆力以外にもいっぱいあるのだから、まずは実戦しろ、というのは、それを指してのことなんです。

No title

ご返信ありがとうございます。

>>脳へのストレスを緩和するために、見通しを立てようとして、予想をする、ということでしょう。

割と反応することを主とするトレードスタイルですので予想は本来いらないはずなのですが、ふと油断すれば当てたいという欲求が顔を出します。肝に銘じておきます。

>>練習中にも関わらず「練習でも儲けたい」という欲望があるから
量のコントロールに失敗する人が多いのではないでしょうか。
また、その自分の欲望には気づいていない人が多いような気もします。

虚無僧さんからのコメントですが、本当にその通りだと思います。トレードを初めて5年ほどで一年間の成績がトントンのトレーダーはかなり優秀な部類に入るのではないかなと最近感じています。

ただこのトントンを超えるには
>>「一点突破。自分の得意技の発見と錬磨」
のようなオリジナリティを加えなければいけないなと思います。結局まずくない料理屋には酷評はないけれども誰も継続的には通わないと思うので、今は全く何に絞ればいいのか分かりませんが、少しづつ範囲を狭める意識はもっていこうと思います。

No title

当てる、ということに重きを置いた心理状態だと、逆行状態の際、心理的に乱れますねえ。逆行ポジ持ってるならば尚更、乱れが強化されます。こ、こんなバカな・・・、こんなハズでは・・・、頼む頼む!神様お願いだ~~~。

当てるということに重きを置きすぎてるが故に、外れてる状態に対してイチイチ心理を揺すぶられ過ぎてるわけでして、相場上手とはほど遠い状態ですね。

目先のランダム性に揺すぶられ過ぎ、てるのです。

故に、目先のトレードで別に損しても、まぁええわ、しゃーない、次いこう!、くらいの軽さが必要です。

どのようにすればその様な境地に至れるのか???

場数を踏むということもありますし・・・

取れる時には取る、狙いが来れば取る、という、取りどころの狙いが自覚できていているが故に目先の失敗を我慢できると云こともあるでしょうし・・・

ポジションサイズはメッチャ重要ですねえ。

失敗した時の損失が許容できないほどのサイズでやっちゃうと、ベテランだって簡単に初心者に戻っちゃいますね。びくびくおどおどしちゃう。失敗した時の損失が許容できないほど大きいっていうのは、目先のこの勝負が当たらなきゃ困るんだ、頼む頼む!神様お願いだってことですからね。

まあ、目先の失敗について、心理的、あるいは金銭的にダメージを受けすぎているのはダメだってことなんですね。そんなんじゃもたないんです。

Re: No title

nobuoさん、おはようございます。

>>練習中にも関わらず「練習でも儲けたい」という欲望

というより、上級者に直接教えてもらえている人を除いて、そもそも「最初は練習から」という概念そのものが無く、いきなり相場で稼ごうと始める、というのがほとんどだ、ということなんだと思います。

「この本を読めば1億円稼げる方法を教えます」(何故かこのタイトルが多い)という本を1000円で買って、それを読めば、最初から大儲けできる、と思ってスタートするので、どうしてもそうなってしまうのでしょうね。

Re: No title

タカユキさん、おはようございます。

>当てる、ということに重きを置いた心理状態だと、逆行状態の際、心理的に乱れます


ここ確かにポイントですね。

そもそも、人が何故買いの判断をするのか、というと「上げそうだという予想」をした、ということが多いわけです。

その「上げそうだという予想」が強ければ強いほど、逆行した時に「おかしい、相場が間違っている」と感じて、さらに安くなったら買い増しか、とか思うぐらいで、損切りという判断をするのは難しいでしょう。

ここは絶対買いだ、なんて思っていて、気合を入れて買ったものが下げたら、心理的には大きく乱れますよね。

しかも、売買に慣れていない人であればあるほど、「一球入魂」でしょうから、逆に行かれると、パニックになるぐらいに動揺することでしょう。

しかも、サイズが大きくて、許容できないぐらいになると、みんな「アホになる」わけです(笑)

こうなるともう「矢でも鉄砲でも持って来い」と開き直るしか手段が無くなってしまう。。。

ここで出てくるのが、確率思考と予想、ということで、この両者は相容れないわけです。

このあたり、記事で触れてみたいと思います。

No title

>>そもそも、人が何故買いの判断をするのか、というと「上げそうだという予想」をした、ということが多いわけです。

上がると思う、下がると思う。

が、、、その反対側には、下がると思う、上がると思う、人達がいるわけなんですね。

まあ、私らみたいに鞘をせせり取ろうというのではなく、実需とか損切で走ってるとかあるでしょうが、とにかく買いと売りが釣り合ってるからその値がついてるわけです。

釣り合ってるが故に、その値から、次に上へ行くか下へ行くかは全く分からんわけなんですね。

釣り合ってない時は走ってる時でして、雇用統計とかでドル円が1秒で1円とか動くのとかそうですね。

私らが普段相場を監視していて目にするもの、と言えば、この、売りと買いの競り合い、な、わけです。その連続なわけです。

で、その競り合いの末に勝負がつくときは、ダダーと動いてまた別の場所で競り合うわけなんですが、トレンドはその足跡、な、わけですね。

実際、陰陽線月足が連続7~8本ほど動くような大きいトレンド、で、チャートだけ後付けで見てみれば、買えば、あるいは売ればバカでも儲かるように見えますけれども、それは後付けの結果論なわけです。そのリアルタイムにおいては真面目に売りと買いが競り合っておるわけでして、その渦中においてはやっぱり分らん、のですね。

たとえばアベノミクス相場の真っ最中とかでも、高い、と思って売る人がいるから値が連続してついとるわけなのです。

あるいは、陽線月足が続くトレンドに対して、買いポジ中心で攻めたとしても、ヘタクソであるならば余裕でトータルマイナスになったりするのですね。飛びついて目先天井、損切で目先底、過剰レバレッジで衝動的な売買をしているとそういうことになるのですね。戦略的には概ね適切であっても、戦術がヘタクソすぎるし、その戦略、も、競り合いを目を真っ赤にして見つめていれば揺らぎますからね、その渦中においては。

と、いうわけで、その競り合い、だけを見て、次上へ行くとか下へ行くとか思ったりしても、~と思う、という主観に過ぎないですし、近視眼的なのですね。

かように目先的にはランダム性が支配するのが、値動き、と、いうものです。

ランダムの反対はなんていうのか分りませんが、指向性とでもしときましょうか?

相場にはランダム性が強い時もあれば指向性が強い時もある、と。

心に優しいゆらゆら相場は、ランダム性が強い、ので、単発トレードにおける相場戦略が成り立ち難い、のですね。心に優しくて、インしやすいのは結構なんですが。

トレンドは指向性が強い状況なわけでして、それは相場状況の変化やその流れによってできるのですが、ランダム性が消えるわけではないのですね、ランダム性を引きずりつつ動く、ということですね。

グダグダと長々と何が言いたいのかようわからんようになってきましたが。。。

ゆらゆら動く値動きを見つめて、次上がる、次下がる、なんて思ったりしてみても、それ錯覚だぞってことです。

Re: No title

タカユキさん、こんばんは。

相場の目先は偶然が支配していますから、それをわかろうと努力すること事態が無駄な努力なのですね。

ここが理解できるかどうかで、相場の見え方が違ってくるのですが、なかなか難しいと思います。

勝っている人の見えている相場と、初心者の見えている相場は、全く違うものなのですね。
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職業:個別株投機家・専業デイトレーダー

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