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相場をやる真の目的とは何か 2

2013/09/10 Tue

「それはどんな売買でしょう?」

何となく売買する。営業マンなど人に聞いて売買する。感覚的売買をする。のべつくまなくやる。いい加減に売買する・・・など、そんなことで継続的に儲かるはずがないのに、やっている。

いい加減に売買して、営業マンに聞いて売買して、儲かるなら、世の中に損する人などいない。
 
人に教えて儲かるなら、何故営業マンなどやっているのか。

1000円の雑誌の推奨銘柄で儲かるのなら何故その雑誌は1000円なのか。

こういう当たり前の常識が理解できていない。

そもそも、マーケットの仕組みもよくわかっていない。手数料などピンハネの仕組みも理解していない。大して勉強もしないから、投資理論も学んでいない。基礎学力がない。それなのに、売買だけは熱心にやる。
本人は儲けよう儲けようと必死かもしれないけど、そんなやり方では客観的に見て絶対に儲からないことをやっている。

とにかく、

「客観的に考えたら、絶対にそんなことを続けていて相場で儲けられるはずがない」という売買を平気で続けている投資家がものすごく多いのには驚く。
しかも、何回も損しているのに、また同じように、同じ考え方で続けている。
反省を忘れた人たち、それが投資家・・という格言があったけど、そのとおりだと思う。

彼らにとって たまたま当たったかどうか、それがものすごく重要 であって、それ以外には大した意味がないんだ。

とにかく、場当たり的、刹那的

その場限りで儲かればよい、当たればよい、というスタンス。
勝てば官軍と言うことをよく言われるけど、そんな考えだからダメだということに気がつかない。
当てものをやって、たまたま当たったことにどれほどの意味があるというのだろう。

しかし、本当は、それを続けていて意味があるのかどうか、が重要であって、たまたまそれが当たるか外れるかなど、ほとんど何の意味もない、ということにはまるで気がついていない。

拝金主義であって、刹那的、そして、偶然に賭けるということに強い快感を覚えている。

正に、

単なる博打行為であって、それ以上でも以下でもない。

勝ち馬投票券を握りしめて、絶叫している競馬ファンと何らの違いとてない。



「もう少し具体的に言うとどんなことでしょう?」

たまたま今回当たるかどうか、ということに全力を注いでいる。

何故、

「今回当たることがそんなに重要なのか」

単なる偶然の産物に過ぎない今回のトレードが、偶然当たることがそんなに大切なのか。
ということなんだ。
 
勝てば官軍と考えている人は、間違ったトレードであっても、当たれば正しいと考える。

しかし、本来トレードとは、短期的な当たりはずれは偶然の作用にしか過ぎないのだから、今回当たったか外れたかはどうでもいいことなんだ。
それよりも、やるべきことをやれたかどうか。
当たり外れの結果などどうでもよい。

競馬で考えれば、馬券を買うまでが重要であって大切なプロセス。
馬券を握りしめて馬が走るところを応援するのは、どうでもよい楽しみだけの行為なんだ。
何故なら、もう結果は、馬券を買った時点で決まっているから。
馬券を買った時点で、どう自分が応援しても、結果に変わりはない。
翌日の新聞で結果を見ればよいだけのこと。
つまり、

馬券を握りしめて、馬を応援する、絶叫する、という行為は全て遊びであり、趣味の領域だ、ということだ。

これと同じで、

株を買って、上げ下げをドキドキしながらただ見ているのは、趣味の領域だ、ということだ。
いくら応援しても、値動きに影響など出ない。
昔は、証券会社の店頭で、株価ボードを眺めているおっちゃんたちが大勢いたけど、別に何をするわけでもなく、ただ株価の上げ下げに一喜一憂している。

そして、

「はぁー、疲れた」

と一日を終える。

疲れたって、おっさん、何もしてないじゃないか、ってことだ。

下がったら放置するだけなんだから、別に見る必要などない。
上がったらちょこちょこ利食いするために見ている、ということだろうけど、実に感覚的、目先的対応をやる。

結局、場中見ていたために、値動きを追いかけて最悪のタイミングで売買することになる。

それだったら、場中に見る必要などなく、引けてから翌日どうするか決めればいいだけだ。
林先生が言うのは、そういう意味なんだ。

こういう

「趣味的要素を排除せよ。」

って意味なんだ。

これは、みんな趣味なんだ。遊びなんだ。

リーマンなら、帰りに夕刊紙を買って、株が上がっているか下がっているかを見るということが昔は多かった。
これも、朝の新聞で見ればいいだけの話だ。 
しかし、それが楽しみなんだ。

こういう行為は全て、博打の楽しみだけの話だ。
自分がやっていることが、実は、単なるギャンブル行為に過ぎないということをわかっていない。

さらに、継続すれば、自分が不利に陥ることが理論上はっきりしているにもかかわらず、いざ目の前のトレードとなれば、目先の損益にこだわってできずにいる。



「それは何ですか?」

損切りができない。チャンスを待つことができない。利食いを我慢できない。などなどで、

結局、博打を打つ楽しみを優先していんだ。

頻繁に売買する。チャンスでもないのに適当に売買する。いい加減に売買する。
そもそも、場当たり的に当たるかどうかに必死になっている。
偶然でも当たれば官軍、外れれば賊軍。単なる当てもの売買を繰り返している。
完全に拝金主義に陥っている。



「では、そういう博打的売買と一線を画すにはどうしたらいいんでしょう?」

自己規律。それを守ってやっているかどうか、が分かれ目。

Discipline Makes The Difference

に尽きる。

私が見たところ、かなりの投資家はこれをほとんど守れていない。
つまりは、博打を楽しんでいる。
遊んでいる。
これは、競馬、パチンコの例を見るまでもなく、実は真の目的は儲けることではなく、遊びなんだ。
”飲む打つ買う”のエンターテイメントなんだ。

ほとんどの人にとって、トレードとは、実は、エンターテイメントの一環であって、趣味の一つに過ぎないんだ。

本気で儲けようと努力している、と本人は断固遊びを否定するだろうけど、先ほども言ったように現実にやっていることを見ればすぐにわかる。



「もう少し具体的にそれはどういうことでしょう。」


続く




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コメント

Secret

ついつい

あらなみさん、こんばんは。

今回の記事も耳(目)が痛い。。。
バイオ株ってIR一発で一気にストップ高とかあるじゃないですか。
それでついつい期待しちゃうんですよね~。
しかし期待が大きいと反動もすごい。
このボラのデカさに引き寄せられてしまいます。

しかしこれって自分の欲望をうまくコントロールできていないことに気づいたんですよ。
当たるとでかいがはずれるとさらにでかい。

しかし株って銘柄多いですから当てもの要素はたっぷり入ってると思うのです。
馬券握って叫ばない様に注意します。

No title

人の事は、見えるからよくわかりますが、自分で自分を見ることはできないですから、自分の事は、工夫がないと、見えてこないし、わからないですね。

取引明細でも見てみれば、一発で見たくない自分が見えてきますが、、、

気を付けたいところです。

Re: ついつい

歳三さん

一方で、動かなければ確実にやられる、ということもありますね。
まだ動くものは勝てるチャンスがある、ということもあります。
難しいものです。

Re: No title

タカユキさん

「自分の事は見えない」ということは私もとても注意しています。
それでも、客観的になれずに、主観的に「自分だけは違う症候群」発病をしていますねえ。
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プロフィール

あらなみ

Author:あらなみ
職業:個別株投機家・専業デイトレーダー

Twitter: @aranami718

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