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思考のプロセス

2013/10/14 Mon

思考のプロセスについて、コメントがありましたので、お返事がまた長くなったので、例によって記事に昇格です(笑)


まず、前の記事の裏話的なところから入っていきます。

「トレードはギャンブルかどうか」ということが話題だ、という命題でしたので、この「お題」に対して、私もちょうど連載と絡めて自分の見解があったので、いい機会だと思いました。

しかも、この命題を解くことは、「何故トレードで儲けることがかくも難しいのか」という答えにもつながることだと思っているので、とてもトレードの本質を探るには重要な議論だと思っているのです。


思考プロセスについては、これは、野川氏直伝なのですが、とにかく「何故?どうして?」と疑問を持って、深堀りすることが習い性になっています。

トレードにおいても「何故それは起こるのか?」 (野川氏)ということを徹底的に深堀りすることを習い性にしています。

単に起こった現象を表面的になぞったり、テレビでキャスターの言っていることを鵜呑みにするのは、私にとって最悪の理解なんです。

何故そういう結論に至ったのか、というプロセス抜きにして、答えだけをぱちったとしても、ほとんど意味がありません。

これは、トレードについても同じです。
具体的やり方だけを求めている人が大勢いますが、そんな答えだけをぱちっても、所詮はパチモン、バッタモン、ですよ。



そういう思考から、最も失敗に結びつきやすいこととして、私が日頃注意しているのが

勝手な前提を置かないこと

なのです。

これが思考プロセスにおける最大の障害だと思うので、前提ということについて、フォーカスを当てます。

前提とは、今回の事例ですと「競馬はギャンブルだ」という前提を置いて、だから相場も、みたいな感じです。
競馬はギャンブルだと決めつけてしまうと、競馬と相場はどう違うのだ、みたいな論理展開になってしまいますよね。
今回私が書いたこととは全然違う議論になってしまいます。

それより、「競馬は何もかもがギャンブルなのだろうか」と一般に言われている前提をまずは疑ってかかるわけです。
そうすると、「やり方によってはギャンブルではないのではないか」という疑問が出てくるわけです。

すると「はたして対象物によってギャンブルかどうかと考えることが正しいのだろうか」という疑問に当たります。

みんなが常識として考えていることは、果たして真実なのだろうか

という出発点から考えてみると、「一見すると当たり前」であり「疑問にも思わない」「当然の前提」と思われるようなことが、実は、当然ではない、ということはいくらでもあります。
そこを「本当だろうか」と疑ってかかることで、本質が見えてくることがあるのですね。


同じことで「大勢が思っている相場における常識」が実は、間違いで、誤解に基づく常識だ、ということが結構あることなのです。

デイトレで言えば、一般には「売り板が厚いということは、売り圧力が強い」というイメージがありますが、実際には逆であることが多い、とかです。

この思考パターンは、特にファンダメンタルを理解するにあたって重要だと思います。

業績が良いから株は上がる、という前提は、中長期的には間違いではありませんが、短期的にはそう単純な話にもならない、などです。


私はよく「教科書的」という表現を使いますが、これは、「相場本などで解説されており、常識とされていること」を指します。

この教科書的な理解、つまりは常識が、相場をやる上で妨げになっていることは多数あるのですね。

相場で勝つには将来を見通さないといけない

分散投資してリスクを軽減すべきだ

などでしょう。

特に、「相場で勝つには次に何が起こるか予想しないといけない」「相場を予想で当てることが勝つことになる」「儲かるやり方を見つければ勝てるようになる」信仰はもう熱狂的信者が多いですね。

これなど、実は全ては勝手な前提なんですね。

問題は、自分で勝手にそう思い込んでいるから、全ての出発点がここになってしまって、この呪縛から逃れられなくなってしまっているのです。

この常識や自分の勝手な前提をちょっと疑うだけで、世界が変わるのですが、絶対にその殻を破ろうとはしない人がほとんどです。

何故決めつけがいけないのか、というと、もしその前提が間違っていたら、その先が全て間違いになる、というとんでもない蛇の道になるからなんです。

ですから、この事例ですと、「もし、相場を当てなくても儲かる方法があるとしたらどういう方法なのだろう」と前提を疑ってかかれば、別の道が開けたりするのですが、それをやらないから、無間地獄にどっぷり浸かって出ることができなくなってしまうのです。

「当てるやり方を探す以外に相場で儲ける方法があるとしたら」というちょっとした疑問さえ持てば、無限ループから抜け出せるのに、自分で頑なに思い込んでいる前提を破れないから、一生を「やり方探し」で終わる人が続出するのです。

「前提を破る」「自分の常識を疑ってかかる」ということは、言葉で言うほどやさしいことではありません。
しかし、常にそのように意識することによって、頭も柔軟になると私は思っています。

そういうことからも、「勝手な前提を置かない」「勝手な先入観で物事を判断しない。」ということを常に念頭に入れて物事を考えるようにしているのです。


それにしても、頭の固い人は、常に「これこれは常識だ」とか「こうなって当然だ」など、常に

自分の常識、自分なりの勝手な思い込み

で物事を判断しようとします。

トレーダーにとっては、ものすごく危険なことだと私は思っています。

トレーダーでなくてもダメですが、特にトレーダーとしては(笑)

しかも、年齢を重ねるごとに、どんどん頭が固くなって、新しいことを受け入れることが難しくなってきます。

よく、テレビに向かって文句言っている人がいますが、そういう人の言っていることを聞くと「自分が世界で最も正しくて、他は全て間違っている」と言わんばかりの勢いです。

年齢を重ねた人に多く現れるものですが、

おめぇ、何様やねん!!

とつい言いたくなるような「世界の中心は俺だ」という人が結構多いのには、かなり辟易としていまいますね。

ネット上の口論も結構この手の人が主導していて「自分以外の意見は認めない」「存在してはいけない」という

独善主義

の人たちが跋扈(ばっこ)している状況です。

まるで、京都市中見回り役の新撰組のようで、自分の意見と違えば、間違いであると決めつけ、成敗しようとするのです。

自分と違う意見は、存在してはならない、ということなんでしょうか。

多様な意見があって当然なのに、何で決めつけるかなあ、と思いますね。

人の話をはなっから聞かない、人が話している間からもう反論を考えている、人たちです。

とても多いです。

そういえば、「分割が絶対だ!!」という分割屋さんも大勢おられますね。
分割以外は、全てダメだ、という決めつけ、独善です。


ちょっと相場で利益が出だすと「俺もいっぱしのものになった。このやり方で儲け続けられるのだ!!」と思ってしまいますが、違いますよ。

たまたま自分のやっていることと、相場環境が合っただけですからぁぁぁぁーー!!

ってことです。

心配しないでもすぐに元に戻りますよ(笑)

やり方神話を持っている人がよく陥りやすい罠です。

少し話ずれました、失礼しました(笑)



そうは言っても、自分自身も、つい妙な先入観で失敗することが時々ありますので、そういう時はものすごく反省しています。

絶対に勝手な先入観で物事を判断しない!!

独善主義に陥らない!!

といつも自分に言い聞かせているのです。

それでもやっちゃいますがね。

年齢からじわじわと来ていますねえ。
いずれ、アルプスの少女ハイジの山のおんじになってしまうのか、と思うと、怖い(笑)


最も疑うべきは、

自分の判断、自分の常識、自分が当たり前と思っていること

なのですから、人の話をしっかり聞く、人の話を尊重する、ことを忘れずに。

また話がちょっとずれちゃいましたかね、まあいいでしょう(笑)



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コメント

Secret

なぜなぜ分析

あらなみさん、おはようございます。

命題と前提、そして柔軟な思考ですか。。。
確かにスタートで間違うとどうしたって別の方向に行ってしましますね。
「何故それは起こるのか?」 確かに野川さんは仰ってますね。
自分の中で問いかけないとダメなんですね。
一人二役で考えると良いかもしれません。
トヨタも「なぜを5回繰り返す」そうですね。
自分の思考ってほっておくと勝手に従来のパターンで流れてしまいますからちょっと訓練してみます。


Re: なぜなぜ分析

歳三さん、こんにちは。

入り口でのボタンの掛け違え、ってやつなんですよね。

本当によくある話で、次のボタンから全部違う穴になってしまいます。

ここであるのが、間違った、思い込みの前提なんです。

それと、表面的理解だけで納得しない、ということでしょうか。
特に、「結果だけ知ってわかったと思い込んでしまう」ということは、トレードでの失敗の大きな原因にもなりますので、注意しています。
いくつかの前提の積み重ねが、その結果に結びついていることが非常に多いので、結果だけを知っても仕方がないのですね。

自分の思考など、自然体にしておけば、よくもこんなに勝手な思い込みばかりで突っ走っていると感心するぐらなものですよ。

No title

おはようございます。あらなみさん。
我々FXトレーダーは、祭日である本日も肉体労働のさなかです。

ちょっと前の、日経やドル円やクロス円の暴騰の時に周りの相場が趣味の人達と話していて思った事。
この人達みたいに後先は全く考えず、日経やドル円に全額ブチ込んでたら・・・まるで人生が変わっちゃうくらい取れてるんだよな、っとww
まー、いくらチャートを眺めていても、自分には絶対に出来んわ・・・ですけど。

ドル円やクロス円でチロチロとは取ってはいましたけど、損切りやリスクの逆算からのトレードですから、あんな恐ろしいとすら思えるチャートの形状からすると・・・・やはり不満が残りました。

でも、その不満の意味を考えて考えて考えて、不満を持つ事自体がアホなのだ・・・と。
こんな事は考えなくったって判るだろ、アホゥゥ、です。

今の自分に出来る事出来ない事はあるよっと言い聞かせていても、理想が高すぎると知らず知らずのうちに自分の心の中にギャップを作ってるんでしょうね。
これで結構ツラい時がありますよ。
ほんと楽な商売ではないです、つくづく。

Re: No title

たつじさん、こんにちは。

株のデイトレは、短距離走ですからね。
長くても中距離って感じです。
休みはカレンダーどおり。
今日は、朝ブログを書いて、昼から、もー娘のコンサートへ行っていました。

私も、「ぶち込めない人」の一人です。
ただ、今回のアベノミクスで学んだことは、「やるべき時は阿呆になって踊るべし」でした。
ここは、結構自分で進化できたのではないかと思います。
これまでは、このような一方通行の上げ相場は苦手にしていたこともあって、なかなか阿呆になり切れなかったのですが、後半になってやっと「半身の姿勢でありながら、阿呆になれる」というコツをちょっとばかりつかんだ気になっています。
次回があれば、しっかりと乗っかっていけるかも、とちょっと期待しています。
といっても10年後ぐらいかもしれませんがね(笑)

もちろん本当の阿呆ではないので、あくまで半身の姿勢ですから、爆発的とまでは行かないですが(汗)

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一芸に秀でること

一芸に優れていれば、他者の一芸のいいところもわかるんだと思う。
ひとの意見をきかないとか、独善的なひとって、多分「一芸に秀でていない」んじゃないかな。
別の言い方をすれば自信がないから、他人の立場とか考えにかみついてくるような気がする。
弱い犬が、よく吠えかかるのと似ているような気がする。

一芸というか、ひとつのやり方に自信があれが、ほかのことはどうでもいいんだし、相場の環境は、常に変化するんだから、
それに応じるために、いつだって謙虚に勉強すべきだと思うんです。

自信がないから他者を否定して、自分だけを肯定して、なんとか立っていようとする。そんな自己肯定のための他者否定心理の現れなのかな、なんて思います。

相場がギャンブルであっても、そうでなくても、要するに考え方、対応の仕方なんだから、定義は難しいと思うんですよね。あらなみさんのいうとおりだと思いますよ。対応の仕方、向かい方次第で、定義づけなんて、どうでもいいとは思いますけれど。

わたし、学生時代に、アルバイトで競輪場の実況アナウンスをしていました。
ご存知の方は少ないだろうが、17期生高原4兄弟のころですね。川崎・花月がメインのスタジオで実況放送をしていました。木村実成とか白鳥の最後のころです。50年も前になるか。

そのころから車券師ってひとは、いましたよ。プロですね。
だから、車券師とか馬券師とか、そういうプロのひとは確かにいるんです。すごいな、とは思いますね。
ただし、わたしにはできないな、とも思いましたけれど。

性格に合わせて「個的なやり方」というのを探さないと、相場で儲けるってのは、難しいとは思います。
でも、当てることや儲かるやり方探しをやっているうちは、ちょっと無理でしょうねえ。

立花さんの言葉でいえば「自分なり」ってこと。
その言葉表現に、すべて含まれているような気がする。

その「自分なり」ができていないと、ひとにかみつくんでしょうねえ。
もちろん「自分なり」ということと独善は、わたしは違うと思っているんだが、独善的な人は、独善を「自分なり」と間違えているんでしょう。

ひとの意見って、とっても参考になりますけれどね、わたしの場合には・・・・。
わたしは、とってもデイトレなんてできないから、自分にできるようなことしかやりません。
やりませんというか、やれないんですねえ。
それでいいと思っていますけれど。

いまのやり方で「一芸に秀でている」なんて思い上がりはないつもりなんだけど、まあ、一芸だけをやっているな、とは思います。

Re: 一芸に秀でること

虚無僧さん、こんにちは。

一芸に秀でる、いい言葉ですね。
とにかく、これがとりあえず一番の近道であることに間違いはない、と私も考えています。
多芸は無芸ですから、色々なテクニカルを知って、株もFXも、ということでは、なかなかモノにならないですから。
ただ、周りを見ていると、あれもこれも、という人が結構多いですね。
デイトレもスイングも、株もFXも、ちょこちょこかじって、どれも大した成果につながらない、という感じで。

自分の流儀が定まって、軸がしっかりしていれば、別に他流を非難批判する必要がないと思うのです。
虚無僧さんのおしゃるとおりだと思います。
自分流に自信があれば、わざわざ人に吠える人などいないでしょう。
それぞれの流派を尊重しあえるのではないかと思います。

私はデイトレですが、別にスイング否定絶対しないし、自分では分割しないけど、分割は大いに意味があると思っています。
裁量だけど、システム派も尊敬しています。

それぞれの流儀ですよね。実際。

逆に言うと自分軸がなくて、人の流儀をぱちった「パチモン」「バッタモン」をやろうとする人がすごく多いけど、それは自分流じゃない、ということ。
しかも、本を何冊か読んだだけ、目に見える「やり方」だけをぱちっているのだけれど、考え方や背景がわかっていないことがとても多いと思うのです。
時代錯誤っていうことも現実にはあるのですよね。環境は変化しますから。

ということで、なかなかうまくいかないのは、「パチモン」であり「門前の小僧」だから、ってことも理解しておかないと、と「ぱちろう」「ぱちろう」とする人を見ると思ってしまいますね。

ルイ・ビトンの真似をしても、ルイ・ビトンにはなれませんからね。

G-SHOCK が大流行りした時には、プレミアついてたけど、それは過去でしょう、みたいな(笑)

虚無僧さんへ

高原兄弟なんて、涙が出るようなコメントで、ついレスポンスしたくなりました。明らかにわたしより一回り年長の方ですね。文章読むに、勝負の世界でそれなりの方と拝察いたします。あらなみさんの言葉もそうですが、すっと言葉が丹田まで落ちてくるんで、それでわかります。

わたしはあらなみさんはわたしと同世代かちょっと上に方かななどと推測してます。ちなみにわたしは55歳です。どうでもいいですが。相場では年は関係ないですよね。

一芸に秀でると、いうコメントから、そこに行ったことがあるかないかだと、わたしには理解できます。うまく説明できないが、秘境の秘境の山奥でみる、日の出の美しさ、これは見たものでないとわからない。ああ、あなたはあそこであれを見ましたか。なるほど。
それで十分なわけです。

それにしても、競輪の実況がアルバイトですか? あんな見事な実況がアルバイトとは、花月園と川崎は遊びでずいぶん行きましたが、わたしも虚無僧さんのアナウンス聞いてんのかな?

わたしが車券師をしていた時は大阪でした。森之宮に競輪新聞の印刷所があって、夜印刷所まで行って擦りたてを買うんです。懐かしいなあ。
まあ、なんということはないご挨拶でした、

ではまた。

Re: 虚無僧さんへ

割り込みます。

私は、ハルトモさんより3つ下になります。

デイトレにおいては、反射神経や運動神経、集中力がついて回りますから、年齢が上がるとやはりしんどさを感じます。

ただし、毎日経験を積むことによって、経験値は上がってきますし、洞察力や目利きも若いころよりもずっとついてきています。

自分自身振り返れば、明らかに10年前、5年前、2年前、1年前、と比較して、「本当に見えてなかったよなあ、よくあれで相場やってたな」って思いますね。
10年前など、今と比較にならないぐらいわかっていなかった、とはっきりわかりますね。

ということで、相場上達のコツは、「訓練すれば上達すること」をやり続けるってことなんだと思います。

そういう意味で「やり方探し」「手法ジプシー」は、いくら続けても、上達しませんから、「永遠の少年」ならいいのですが、「永遠の初心者」になってしまうのですよね。
こういう人が実はめちゃ多いです。
チャートをちょこちょこいじくりまわしているだけなんです。
だから相場歴10年、20年なのに、相場の事、株式市場の事、何も知らないのですよね。
ほんとに、何やってきたんだ、ってびっくりします。

話、ずれました、失礼しました。

相場と無関係でごめんなさい

ハルトモさん、こんばんは。
あなた様の想像どおり、わたしはちょうど一回り違いの67歳です。

わたしの競輪実況は、予想やさんが録音して、翌日に使ったりしてましたから、川崎・花月に遠征されたのなら、もしかすると
わたしの放送をお聴きだったかもしれません。
その他は、西武園・大宮でも実況していました。アナウンサーは交代ですけれど。

ただ学校を卒業したあと、雑誌編集の仕事に就職していましたから、競輪の実況は、頼まれた時の助っ人だけでしたから、あまり行かなかったかな。

でも場の独特の雰囲気は、よく覚えています。
実況はゴール審判席の上でやりますから、8分の1輪差でも見分けましたね。
なれてくるとゴールの時に、なんというかな、選手の動きが止まって見えるんです。写真判定みたいに。
なんでもなれなんだなあ、と思いますよ。相場も同じなんでしょうねえ。
なれなんだと思いますよ。
だから、ひとつのやり方になれないと、やっぱり難しいとは思う。

競輪・競馬に比較すれば、相場はワリがいいんだと思います。
毎日だって必ず天井と底値がある。
たとえ一日に5円であろうとも、年間営業日数240日を考えれば、
合計で1200円になりますからね。
その「上下差額の一部を頂く」考えでいいんだと思っています。

できないことに背伸びする必要はないんだと思いますね。
ひとそれぞれに得意なことって、必ずあるんだから、
自分のできることに特化して対応すれば、
なんらかの途は開けるように思います。

わたしはスイングだけど、生業を引退して相場専業みたいになっているから、時間があることが@、むしろマイナスなんです。

時間の余裕があるということは、優位さなんでしょうけれど、わたしの場合にはマイナスなんですね。時間があるから、余計なことをしてしまいそうになる。苦手でできないデイトレ的になってしまう。時間軸がずれるというか・・・・。

だから、朝の寄り付きで、ポジション調整を一部行ったら、散歩に出てしまいます。場をみないほうがいいんです。わたしの場合には、ですけれど。

一見有利にみえるようなことでも、使いよう、対応の仕方では不利になってしまう。苦手なこととか、自分にできないこと、自分の限界などを、冷静に見極めていないと、危ないことになる。

何事も一長一短なんだと思います。
相場に関する知識でも、それが「知恵に昇華」されなければ、
「知識が増すごとに成果が崩れる」ということになりかねない。

知識は求めて勉強しないとだめです。それは当然なんだが、
知識に終わらせてはいけないんじゃないかと思う。
知識を得たら、いったん捨ててしまう。必要なものは、エッセンスとして自分の身になっていると、栄養になっていると信じて捨ててしまうほうがいいような気がしますね。

食事のとき、いちいちタンパク質含有について気にしますか?
同じで、知識に振り回されるくらいなら、すててしまうほうが、よほどいいような気がするんですね。

だからといって、「じゃあ勉強はいらない」ってんじゃない。それは単なるサボりであって、怠慢ですよ。

知識を得るために勉強をする。だが知識を自分のための栄養にする。知恵まで昇華させる。
そうでないと頭でっかちになって、知識に負けてしまう。
そういう部分もあることを、知っておかないとならないんじゃないかな、などとは思います。

いずれにせよ、わたしはわたしができることだけをやります。
それしかできないから、それだけをやっていく。
それで十分に利益もあがるから、いいんだと思いますけれど。



Re: 相場と無関係でごめんなさい

虚無僧さん、また横やりで失礼します。

ここで書いていただいたもの、朝から何度も読み返していました。
名言を抽出して貼り付けようとしたら、ほとんど全部になってしまったので、やめました(笑)

その中でも、

> なんでもなれなんだなあ、と思いますよ。相場も同じなんでしょうねえ。

> できないことに背伸びする必要はないんだと思いますね。

> 一見有利にみえるようなことでも、使いよう、対応の仕方では不利になってしまう。

> 知識を得るために勉強をする。だが知識を自分のための栄養にする。知恵まで昇華させる。

などなど、ほんと全部が名言だとうなってしまいます。

と同時に、トレードの上達ということが、小手先のテクニックではなく、こういったことを実感できる、経験により身についてくるということが、結果として、気がつけば成果につながってくるのだなあ、と感じました。

> なれてくるとゴールの時に、なんというかな、選手の動きが止まって見えるんです。写真判定みたいに。

この意味、トレードとて全く同じですね。
初めてデイトレした人は、激しい値動きで目が回りそうになると思いますが、何年も見続けていると、これがゆっくりに見えるようになってくるのです。
読んでいて、拍手したくなりました。

知識と知恵の関係、これも拍手。

全部に、ウンウンとうなずき。

あらなみさん、こんにちは

過分な褒め言葉で、なんだかこまってしまいました。
そんなたいしたものじゃないですよ、わたし。

あらなみさんの前のブログで(そのころから拝見してましたが)いろいろかみついているひともいましたね。
その中で、分割屋さんが独善的だってこと、
経験されたんでしょうけれど、わたしも分割屋さんなんです。

だから、このブログをごらんの方たちに
誤解なきように申し上げておきたいんですけど、
「分割屋=独善」じゃないと思うんですよね。
それは、あらなみさんも、分割の効用を認めていらっしゃるから
重々ご承知だと思いますけど。

分割屋さんの中の一部に独善的なひとが、けっこういるってことだと
わたしは思います。

もっとつきつめていうとですね、分割屋さんって、ほんとうは
独善的じゃないんですよ。
ほんとうに分割の味をしっていれば、独善的になる必要なんて
ありっこないんですね。

だから独善的な分割屋さんってのは、
いいかえると「ニセモノ分割屋さん」であって、
わたし流にいえば「分割さえできないんだな」ってことです。

分割がきちんとできるなら、ほかは何もいらないんです。
つきつめると、そうなってくると、わたしの立場では思う。
独善的になって、他者を批判する必要もないんです。
他者を批判するようなのは「分割さえきちんとできていない」。
そういうことだと思いますね。

やりかたに迷う若いひとたちって、いっぱいいると思うけど、
マーケットの魔術師の中でも
「1に損切、2に損切、3にも損切。損切さえできれば、だれにでもチャンスはめぐってくる」という表現がありますよね。

やりかたを高度にしようと、
複雑に理想を追いすぎるとだめなんだと思います。
たったひとつでもいいから「本気に自分の技にする」こと。
それが最初だと思います。

絶対に損切だけは上手にできるようになる、でもいい。
絶対に分割だけは上手にやる、でもいい。
エグジットだけは迷わないぞ、でもいい。いろいろあると思う。

規律は、大きく単純なものにして、
行動規範と分けるほうがいいとは思うんですね。

法律を考えましょう。
どんな法律も憲法に違反できません。
つまり最高峰は憲法です。

その下に基本六法があって、小さいのは町の行政法があって、
もっと小さいのは、家族の中での約束ごとがあって・・・。

つまり「規律」といっても大小があるわけで、
相場対応の規律をつくるときに、
それを考えないと混乱するんだと思うんですね。

まずは大きな規律を考えて、憲法をつくって絶対に守ってゆく。
エントリーとかエグジットとか、建玉とか損切とか
実行・実践のための規律は、規律というより規範とか
ルールとか、そういうふうに分けて考える。

そうやっていくと、自分に必要な決めというか、規律が
できていくと思うんです。

みなさんにとっての憲法って、何なんでしょう。
わたしの場合には「一定の量以上は絶対に売買しない」ということ。
これなら、失敗しても、損はあるけど破綻はありません。
損失限定ですからね。

それで「まず、生き延びてゆくこと」というのを
大前提にしている。
そうやって40年を過ごしました。
30年ほど前かな? ブラックマンデーなんてのも
経験しました。

あらなみさんのおっしゃるとおりで、10年前の自分を振り返ると
はずかしくて仕方ないですね。まあ、よくやっていたよ、これで・・・って。
1年前の自分を振り返っても、ひでえなあ、って思う。
少しずつしか成長しないけど、そうやって体験値を積むしか
上達ってのは、ないんじゃないでしょうか。

規律って、難しく考えすぎると、また細かくしすぎりると
だめなんだと思いますね。
本質の抽出というかな、「一番大事なのはなんだ?」ってことを
まず考えて、それを規律にする。
そんな感じがいいのかな、とは思います。

分割だけだって、十分に相場の波は泳げますよ。
独善的分割屋さんって、多分、分割ができていないんでしょう
それが「分割屋」たるわたしの見解・立場です。

一定量しかやらないぞ。分割しかやらないぞ、ってね、
そんな程度の規律でやっています。

それに、わたしにとっては不等分割さえ
「そんな高度なことはできねえな・・・・・」となって、やりません。

もちろん、検証はしたんですよ。
FXもやったし、デイトレめいたこともやったんです。
検証して、自分を高めようとして限界を確かめて、
少しずつ、足元を確かめながら進んでゆく。

相場は危ない世界ですから、臆病なほど慎重でいいんだと思っています。

十分相場のお話ですよね

虚無僧さん、あらなみさん、こういう上質なコミュニケーションはネット上では滅多にありませんので、とても嬉しく思います。
若造に長く重みのあるご返信ありがとうございます。

わたしが競輪をスパッと止めたのは、競輪では家は建たないと見極めたから、裕福なんて絶対無理。中途半端はいけませんので、スパッと止めました。

その後時を経て株式投資を始めたのが18年ほど前、競輪に比べるとゲームとしてはプレーヤーに緩いなと思います。(それでも大多数は負けますが)それと競輪よりずっと大きなお金を動かせるのがいい。

わたしは株式投資については誰からも何からも教わっていません。投資の本を読んだこともないです。まあ敢えて言うなら競輪風と言うか、オッズと実際の出現率(期待値)の差を取るという考え方です。だからお金は他の投資家から頂いているという気持ちはあります。

わたしの戦い方が正しいかどうかは知りません。他のやり方も知りません。比べたこともないですし調べようとも思いません。ただこれで勝てると見込んで実際勝った、それで十分です。過去形で書いたのは、わたしはプロの専業ではないですし、すでに株式投資は終息モードだからです。分相応でこれ以上株で儲けようと欲はかかないほうが
いいような気がしてます。これがわたしの自分なりです。

虚無僧さんが言われる、自分なり
実はわたしのブログのサブタイトルが奇しくも
自分なりの「生きる」を綴るなんですよ。なんだかすごい偶然です。

できることをやるというのもわたしの好きな言葉です。
相場でなくて人生の格言ですね。ありがとうございました。

Re: あらなみさん、こんにちは

虚無僧さん、こんにちは。

コメントのお返事遅くなってすみません。
実は、せっかく分割の話題を出してもらったので、分割について記事の構想を練っていたのですが、なかなか満足できるイメージにならず時間が経過してしまいました。
虚無僧さんをはじめとして、腕利きの方が読者におられますので、ありきたりの記事ではいけない、といういい意味でのプレッシャーもあって(笑)

さて、とりあえず「分割屋=独善」ということは微塵も思っておりません。
比較的多いのじゃないかという程度です。
私は、白黒思想、all or nothingの単純思考ではありませんので、そこはご心配なく。

一芸を極める、中央突破する、特定の分野の職人なる、という言葉が当てはまるような虚無僧さんのコメントだと読んでいて感じました。

初心者の方の話を聞いていると、色々とやろうとするのですね、しかも、難しいことをやろうとする。
そんなの相場を見続けて、10年選手ぐらいの目利きがないと無理だぜ、っていうような複雑なマルチファクターによる売買をやろうとするのです。

今は情報化社会で、色々知っているから、たぶんその「知っていることを全部使いたいのだと思う」

でも、そんなに複雑に相場を見たら、土地勘も持たない初心者が、わけがわからなくなるのは、目に見えている、のにやろうとするんです。

結局、特定の分野に特化して、専門を磨けば近道なのに、サッカーもテニスもゴルフもやろうとするから、何も「上手にならない」という感じで。

おっと、記事になりそうな量なので、またそのうち(笑)

Re: 十分相場のお話ですよね

ハルトモさん、こんにちは。

良いコメントありがとうございます。

ハルトモさんとは共通点が多いのですが、「投資の本を読んだことがない」という点では、私と対照的ですね。
私は、「投資の本を恐ろしく読んでいますし、今でも読み続けています。」
ですから、古今東西、あらゆる技法や考え方などに熟知していますので、「投資戦略研究家」という肩書を持つことも可能かもしれません(笑)

ただ、それほど勉強してわかったことは、「トレードの上達とは、多くを知ることではなく、実行力をつけることにある」ということでした。
勉強が無駄とは言いませんが、結構回り道をしてしまいましたね。

多くの知識を求めて時間を使うより、もっと練習に時間を使えばもっと早くステップが登れたのに、ということでした。

私のブログもそもそも、この私自身の反省からスタートしているのですよね。
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プロフィール

あらなみ

Author:あらなみ
職業:個別株投機家・専業デイトレーダー

Twitter: @aranami718

旧ブログ:
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