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職人の本分

2014/07/06 Sun

いつも拍手ありがとうございます。
やはりこうやって共感してもらえると記事を書いていて嬉しくなります。

■呼吸法入門・・・1

せっかくですので、呼吸法の話も書きたいと思います。
私は、西野流呼吸法を習ってもう24年目になります。
ただ、ここで書くのは、西野流で習ったことではない、ということをまず書いておきます。
あくまでも私流の呼吸法です。

さて、呼吸法、気功、というと、まず、みんなが思い浮かべることは、太極拳であるとかの「形」だと思います。
西野流にも、「華輪」であるとか、様々ながあるわけです。
当然、外から見ていれば、形しか見えないわけですから、「どういうやり方」というに目が行くのは仕方がないのですが、呼吸法、気功にとって重要なのは形ではありません。

では、何が重要か、というと「意守」という概念となります。
意守とは何か、というと、簡単に書くと「体のどこかの部位を意識する」ということです。

記念すべき第一回目なので、何をまずは意守すべきかというと、それは「呼吸を意守する」こと、です。

呼吸というのは、基本は意識しないでも、勝手にできています。
その勝手に呼吸している状態を「意識」するわけです。

その場合、①深呼吸するとかではない、②ただ呼吸していることを観察するだけだ、ということがポイントです。

何かを感じる必要はないですし、特別なことをする必要はありません。
ただ、普通に自然に呼吸している自分を意識すればいい、ということです。

ところが、これが意外と難しいのです。
つい変に呼吸してみたり、1分ぐらいなら意識できても、それ以上になると、つい別のことを考えたりしてしまいます。
一度、3分~5分ぐらい、呼吸している自分を観察してみてください。

これによって得られる一番大きなことは、「今にある」といことです。
人は、過去のことを考えるか、未来の心配をするか、どちらかを常に考えています。

つまり、人というのは、常に今に生きないで、過去の反省と、未来の心配事に今を使っているのです。

このままだと、死ぬ瞬間まで、未来の心配事で終わるのでしょうか。



ちなみに、余談ですが、我が家には、2年半以上生きているハムスターがいます。
平均寿命が2年ですから、もうかなりの長生きです。
飼い主の人間は、いつ死ぬのか、いつ死ぬのか、と心配をしています。
しかし、彼は、「寿命を超えているからもう死ぬかもしれない」と心配しながら生きているということはありません。
彼はいつも「今やりたいことをやって、今を生きている」のです。
彼は人よりも下等なのかもしれませんが、生き方としては「今をしっかり生きています」から、人よりも上の「ハム生」かもしれないと思います。

今日が仮に最後の1日だったとしても、彼だったら、今日生きているということにフォーカスし、今生きているということに喜びを見出して、楽しく生きるのでしょう。

明日の心配ばかりをしている愚かな人間どもよりも、よほど幸せな人生ならぬ「ハム生」だなあ、と彼を見ていて思います。


人は実に愚かです。

明日の心配をし続けて、一生を終えるのですから・・・


私も、ハムスターを見習いたいものだ、といつも思っています。




その「ハムスターの教え」を如何に実践するのか、という話です(笑)

実は、意識を今に持ってくるということは非常に難しいのです。
人はハムスターじゃないからです(笑)

いらんことをいつも考えてしまうのです。
しかし、「あなたは今何をしていますか」と質問されれば「呼吸している」というのが的確な答えでしょう。
生きるために呼吸している、それが今やっていることです。
「今自分はこうやって生きている」これは、過去も未来の心配事も関係なく、今はとにかくこうやって生きているのだ、という実感なんです。



そして、もう一つ重要なことは、「人は2つのことを同時に考えることができない」ということです。
例えば、寝付く時「今日はああだった、あいつは我慢ならない、腹が立つ、失敗した、明日はどうしよう」などなど、人は悩みが尽きません。

全て、過去か未来のために今の幸福な寝付きの時間を台無しにしているわけです。
寝付きの悪い人は、いらんことをああだこーだ、と考えるものです。
その寝付く今とはどういう状態でしょう。
「今にある」ということは、温かい布団に入った幸福の時間・・・ただそれだけです。
世の中には、暖かい寝床で寝れない人が大勢いて、今日という一日を終えることができず死んでいった人たちが世界には統計上15万人もいるのです。

暖かい寝床に入れたということは実に幸運です。それに比べればしょうもない心配事など実はどうでもいいことなんです。

しかし、それでも雑念が邪魔をするのなら、「一心に呼吸に意識を集中することで今の自分を取り戻す」ことができます。
つまり、「人は2つのことを同時に考えることができない」のですから、それを利用して、呼吸に意識を集中すれば「今幸福な寝床に入れた」状態で寝付くことができるわけです。
これは、瞑想状態である、とも言えます。

トレード時においても同様で、あーだこーだと色んな心配事で心が乱れるわけですが、その時に、「人は2つのことを同時に考えることができない」ということを利用して、呼吸に意識を集中すれば、あっという間に「意識を心配事から遠ざけること」ができるようになります。

「吐いて、吸って、吐いて、吸って」と意識を戻せば、いつでも「今に戻れる」、つまり、

今に戻るための超強力なリセットボタン

それが、「呼吸の意守」なんです。





■職人の本分

さて、本題に移りましょう。

相場においては、「やり方至上主義」というのは、とにかく超強力なので、人と話していても、常にこの壁に阻まれます。
この思い込みはとにかく強力で、これ以外の重要性をまるで感じないので、それ以外は何も耳に入りません。
そうじゃない、ということはなかなかに理解しがたいことなのでしょう。
今回は、多少はわかりやすくなるかと事例を紐解いてみます。


私は、トレーダーも職人の一種だと考えています。
これまでの記事を読んでもらっている方ならとっくにこの私の思考パターンは理解してもらっていることでしょう。
それは、その上達のプロセスが同じだからなのですが、ところが、そこが一番理解してもらえないところです。
つい先日もこのことを思い知らされることがあって、つくづく「やり方至上主義」について考えさせられました。

とにかく、多くの人は、

トレードとは、どこかに正解があって、その答えを探すものだ、という理解をしているので、その正解探しがトレードの学習なのだ、と考えています。

そして、その正解とやらが見つかったら、即座に利益が出る、と思い込んでいます。

逆に言うと、その正解とやらが見つからない限りは、トレードで利益が出ない、という思い込みもあります。

1000本ノック、とここで書いても、それを「正解を探すための手段」と理解している人がとても多いのです。
というより、そもそも何でもかんでも正解探し、というのが通常なので、そうなることは当たり前といえば当たり前なんですが。

今は、どのテレビ番組を見ても、クイズ全盛ですから、如何に多くの人が、答え、ということにこだわっているのか、がわかる社会現象だと思います。
そして、芸能人でも有名○○大学卒業というと、「賢い」となって、どうでもいい雑学知識の多さをクイズで競う、そして、その知識が多ければ多いほど、「この人は頭が良い」というアホな定義がまかり通っています。
私が思うのは、お笑いなら、お笑いで勝負するのが本分で、お笑いで成功することが頭がいいってことじゃないのか、と思うのです。・
まあ、お笑いの才能はなくても、クイズタレントとして生きているのだから、それはそれで才能なのだろう、とは思うのですが(笑)

こういうことを考えていきたいと思います。
まともにトレードのことを書いても理解されないので、視点をずらします。





大工。
宮大工さんもいれば、注文建築の大工さんもいます。
ここでは、木造建築の大工さんとしましょう。

大切なのは何かというと、①素材である木、②職人の腕、③大工道具、の順でしょう。

いくら腕のいい大工でも、腐った木ではいい家は建ちません。
しかし、いい木が入ったとしても、腕の悪い大工なら、やはりいい家は建ちません。
といって、カンナやノコなどといった道具もいい加減なものなら、やはりいい家は建ちません。

ここで、いい職人になるために、大工にとって、時間を使うべきは、どこにあるのでしょう。

いい素材を見極めるための目を養うことか、木を削ったり、切ったり、家のイメージ、手順などを理解する腕を磨くことか、いい大工道具を探すことか。

みんな大切ですが、一番時間をかけるべきは、やはり腕を磨くことにあるでしょう。

しかも、この腕磨きは、本を読んで勉強する、という類ではなく、実際に家を建てるという行為を通じて、実践で学ぶことが重要となります。

もし、これを怠って、「良い道具探しばかりをしている大工」だとしたらどういうことが起こるでしょう。
もちろん、いいカンナ、いいノコ、は大切なんです。
しかし、大工職人の腕は、それだけで決まるということは絶対にありません。

良い道具を手に入れて、それを毎日毎日手入れして、使いこなす、ということはもちろん大切ですが、それは家を建てるための道具に過ぎません。
その道具が、大工の良し悪しを決める決定的要因にはなり得ないのです。

いいカンナを見つけ出すことが正解だ、という理解は大工としてズレています。





日本料理料理人だとします。

料理人にとってその実力を左右するのは、①食材の目利き、②調理の腕、③調理道具、でしょう。

大工との違いは、料理人にとっては、大工よりも、より「素材の目利き」が重要度を増してきます。
「素材のよさには勝てない」からです。
そして、出汁の取り方、焼き加減、などなど、調理の腕が試されます。

もちろん、調理道具も大切です。
「包丁一本さらしに巻いて」ということで、自分の包丁へのこだわり、道具の手入れ、プロであればあるほど、大切にしているところです。

しかし、「切れる包丁を求めてばかりいる料理人」が成功できるでしょうか。

いい包丁さえあれば、一流の料理人になれる、と思っている料理人は皆無でしょう。

もちろん、切れる包丁を探す時間も必要です。
しかし、それよりも、調理の腕を磨いたり、食材の目利きを上げる努力こそが本分ではないでしょうか。

料理を学ぶ、ということは、何に時間を使うべきなのか、ということです。

包丁探しにばかり時間を使っていてはどうなるのか、ということです。



そして、学ぶ、といっても、学校のお勉強と同じように考えていては問題が起きる、ということです。

料理人も、本で調理方法を勉強する、ということももちろんあります。
知識をつける、ということも大切でしょう。

というか、

本による知識の習得など当たり前の第一ステップであり、単なる入り口

に過ぎません。

そんなこと、ほとんど時間もかからずに誰にでもやれてしまうことでしょう。

これでわかったような気になること自体がおかしいんです。

本を読んで一流になれるのなら、100人が100人全員が一流の料理人ですよ。

それよりも、実際に調理場に立って調理を実践して学ぶということが時間がかかることですし、仕入れも、毎日築地に通うことをつうじて、「土地勘」を付けて、「経験値」を上げて、ひいては時間をかけて目利きをつける、という手順をたどるものです。

そして、出汁の取り方一つにしても、毎日毎日繰り返して、失敗を続けて、そして、次第にわかってくる、というプロセスをたどります。
1年や2年っていうのは、まだひよっこレベルで、5年、10年という時間のかかり方をするのは当然でしょう。



本には書いてあるんですよ。
みんなこんなこと。
調理本を読めばみんな知識としてはわかることです。

調理本を読めば、1日、2日もすれば、一流の料理人とほとんど同じ理屈はわかるんです。

逆に言いましょう。
こんな基礎的知識すら持っていない料理人など新人でもいません。
そして、本を読んで、知識を得たからといって、「俺は一流だ」と思う新人も1人もいないでしょう。
知識を得たからといってそんなことを思う料理人がいたなら、そいつはただのアホです。

そもそも知っていることとやれることは全然別の次元の話です。






それと、意外と見落とされているのは、素材の目利きだと思います。
あまり意識されないことも多いですが、非常に重要です。
「素材のよさには勝てない」のですから、いくら腕のある料理人であっても、素材がダメなら、美味しい料理はできませんし、偶然にも素晴らしい素材に当たれば、「俺は一流になった」と本人が誤解するほどの料理が作れてしまうものです。
本当にいい素材なら、ちょっと塩味だけで焼くだけの料理でも、切って出すだけでも、とにかく美味しい料理に仕上がってしまいます。
しかし、だからといって、

その素材は、あんたが見つけてきたのではなく、たまたまぶち当たっただけだ

ということがほとんどなので、目利きがついた、だとか、腕が上がった、というのは本来おこがましいことなのですが、本人は至って、カリスマ料理人になった気になっていますから、後で痛い目に合うわけです。





一方でこういう世界もあります。

プレハブ建築

回転寿司屋


同じ、家を提供しています。
同じ、寿司を提供しています。

ただ、大工の延長線上にプレハブ建築はありません。

また、日本料理の職人の延長線上にも回転寿司屋はありません。

プレハブ建築も回転寿司屋も、コツは、工場大量生産にあります。
その工場では、大型の機械化された道具によって、徹底した効率的機械化が追求されています。
作業員の腕などここでは関係ありません。
目利きも、そもそも必要ないように品質管理された工場生産品として扱われます。
そこで作業する作業員には、目利きも腕も必要とはされないのです。
とことんの道具による機械化がなされているのです。

全く違う世界です。

職人技の延長線上にはないんです。

ここもわかっておかないといけないことではないのか、と思うところです。

ここをごっちゃにしている人が非常に多いこともとても気になっているところなんです。

逆に言いましょう。

工場でのラボの研究の延長線上に職人がいる、ということなどあり得ません。

お互い相容れない、と言っても言い過ぎではないぐらいの距離があるのです。



ここについて、実に中途半端なアプローチをしている人が多いことがわかっています。

一体、何をしたいのか、なんちゃって検証、なんちゃって裁量、みたいな実に中途半端なことを繰り返している人たちです。

専門的にやっても厳しい世界なのですから、中途半端さは、結局、どっちつかずになって、成果が全く得られないことになるのです。





そしてさらにわかっておかないといけないこと。

大工、寿司職人、ともに、

一流でなくても、曲がりなりにもそれを仕事としてなんとかかんとか食ってはいける、ってことです。

もちろん、収入は低いかもしれませんけど、マイナスにはなりません。

ここが私の世界との大きな違いなのです。


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コメント

Secret

No title

耳の痛い話ですね。

私なんかは結構ウジウジした性格なので、寝つきは非常に悪いんですね。仕事の事、人間関係、家族関係、答えの出ないことをぐるぐる心配ばかりしています、、、が、心配する、悩む、の末に何か有効策が出るわけでもなし、、、心配するのが趣味のような感じになっております。

自分でコントロールできる部分についてのみ神経を砕いて、自分のコントロールできない部分については、割り切ってアタマから切り離すべき、なんでしょうね。

就活生なら、数多く面接を受ける、身嗜み、受け答え態度に気を付ける、でしょうか?学歴がショボイとかはもう変えることはできないですし、受かる受からないは相手の決めることなので、いちいちウジウジ悩んでも意味がない。

相場であれば、ドル円相場なんかは狭い範囲内での持合いがつづいていますが、これから先上へ行くか下へ行くか?そんなことをいろいろあれこれ考えても仕方がない。
大事なのは、未だ動意づかない、この持合いが変化する兆しが未だ出ていない、と、いう現実である、、、と。

未来の見通しが良くないのに、今が楽しいわけはない、でしょうが、これに捉われて、今生きている現在を不必要に落ち込みムードにしてしまう、のも考えものですね。
自分でコントロールできる事はよりよくしていくが、世の中の動向とか、人間関係において相手がどう思っているのかとか、コントロールできないことに関して不必要に捉われることもない、と。

なんだかわけのわからぬ話をしてしまいました。

相場における素材の重要性はもう圧倒的で、これだけで勝てるし、ひと財産作ることもできますが、、、

こんなに素晴らしい鯛が仕入れられるのはめったにないことだ、今、自分が料理している鯛は本当に良い代物だ、と、いう事を自覚的にしっかりわかっていないとダメなんですね。

「ん?、今お前がさばいてるのティラピアやで」

まるで明石の鯛のごとくティラピアを調理するという頓珍漢なことをしているのが相場の常です。

No title

 私も、あらなみさんのおかげで「やり方至上主義」の呪縛から解放されたトレーダーの一人です。
 振り返ってみると、「やり方至上主義」のおかげで、これまでどれだけの時間とお金を浪費したことでしょう。
 「やり方至上主義」に取り憑かれると、10年なんかあっという間に過ぎてしまいます。
 よって、なるべく早くその弊害に気づくことこそが、相場上達への近道ということになるのでしょう。
 個人的な考えですが、「やり方至上主義」の根源は、市場に存在する不確実性を無視することなのではないでしょうか。
 もし、不確実性をきちんと認識できれば、「やり方至上主義」脱却の第一歩になるのではないかと考えています。
 ただ、「やり方至上主義」の脱却には、”そったく同時”の機のようなものがあり、その機が到来するまでは難しいのかもしれません。
 それにしても腹立たしいのは、業界がマーケットの本質であり投資の大前提である”不確実性”について一切言及しないことです。
 やはり、お客はカモということなんですね。

Re: No title

名も無き投資家さん、こんにちは。

人間ですから、どうして色んなことを考えてしまいますが、これは特別ではなく普通のことですよね。

ただ、人生はそんなに長くはありません。
限られたこの与えられた制限時間の中で、こんなこと続けてていいのか、と私は思うのです。

私の好きな言葉は、「人事を尽くして天命を待つ」ですが、できることは精一杯やるが、結果は天命、ということです。

できることをやらずに、天命の部分を一生懸命予想している人が如何に多いことか・・・


未来の見通しと「今」とは別なのです。
常に未来の心配事で今を潰していることはもったいないと思います。

「未来の展望が開けたら今が楽しくなる」ということならば、「一体、未来がどうなるとわかれば今が楽しくなるのか」その定義を考えてみるといいでしょう。
仮に、何か目標が達成できる見通しがついたとしても、その次、その次、と不安なことや気がかりなことが次々と押し寄せて来ます。
お金の面で満足できても、健康のこと、人間関係のこと、不安な要素は探せば山のように押し寄せるのが人というものですよね。
環境問題、自然災害、震災、などいくらでも不安要素は山盛りです。

そうなると、結局は、「死ぬまで楽しいことはない」という結論になりはしないでしょうか。

それだったら、未来と今を切り離せばいいんじゃね?

とはなりませんかね。



>こんなに素晴らしい鯛

その鯛のポテンシャルを生かし切れたのか?

鯛をしゃぶりつくせたのか?

鯛と思っていたらティラピアだった時、被害を最小限度にできたのか?


といつも考えていますね。

Re: No title

N・Sさん、こんにちは。

ご参考になって幸いです。
こうやって私の意図を共感してくださる方がいると、ブログを続けていてよかったと思います。

「やり方至上主義」のお話、経験されていたことだけに、実感が伴っているとても参考になるものだと思います。

N・Sさんのおっしゃるように、N・Sさんのような境地になるのは、やはり「やり方探しの旅の時間」が相当に必要なのですよね。
やってやってやって、それでもダメで、何かが間違っている、と思い始めないと、そもそも疑問にも思っていない人に対しては、何を言っても無力です。
別に人の事なのですから、「やり方」を探して時間の無駄を続けていても、私にとっては、なんにも問題ないのですが(笑)

なので、冷たいようですが「いちどやってみ、本気でさがしてみ!!」というのが一番のアドバイスのような気がします。

そして、何年もさまよった末に、これではどうにもならない、となった時に、「じゃあ、別の考え方もあるよね」というのが「やっと受け入れる準備ができた」となるのだと思うのです。
それまでは、まだ浮遊霊のようなものですから、成仏するまで待たないといけないのですよね。


>それにしても腹立たしいのは、業界がマーケットの本質であり投資の大前提である”不確実性”について一切言及しないことです。

投資家のほとんどが、「やり方至上主義」の現状の中で、そういう言及をしても、誰も耳を貸しませんからね。ここは難しいところなんだと思います。

本を書いても、「なんだこの精神論、俺の欲しいのは勝てるやり方が書いてある本なのだ!!」ということにしかなりませんから。。。

みんなが求めているのは、「この本を読めば簡単に1億円稼げます本」ですので(笑)

No title

あれ?、失礼しました、1番目のコメに名前を入れ忘れておりました。タカユキです。

私は、この先もっと良くなる、と、思えるように今を生きたいと常々思っていたのですが、それは、今ここにある現在を疎かにしているのかもしれないですね。少し思い当たる節もありますので、この事についてよく考えてみようかと思います。

ティラピアの例は、「自分で思うてる事とやってる事がちぐはぐ」と、いう自分に向けての戒めみたいなものです。

今の状況であれば、ポジションを持っていないかあるいは試し玉程度、これができていなければいけないんですね、私の場合は。今はティラピアしか取れない状況、と、まだ思っているから。
思っていることと現実にやっていること、これを一致させる、ボケっと相場をやってるとすぐちぐはぐになってしまうのですね、私の場合は。

Re: No title

タカユキさんでしたね、こんにちは。

>この先もっと良くなる、と、思えるように今を生きたい


別に議論するような話ではありませんが、今を生きるということでは、この先よくなる、とか、悪くなるとかを考えないところにポイントがあります。
将来をよくするために今を使う、ということであれば、やはり将来のための布石のために今を使っている、ということになりますのでね。
ポジティブシンキングと言っても、全て、将来のことを考えて、ということですからね。

西野先生は、「今生きていることだけが真実」と言われますが、今を生きるというのは、ものすごく難しいです。

サッカーを夢中で応援している、コンサート、映画で、その世界に入っている、必死で相場の値動きを追っている、という瞬間瞬間は、今に集中している、という状態ですが、それを普段からやる、ということになります。


ティラピアの件もちょっと事例が違いましたね。失礼しました。

相場師を干上がらせるには、値動きを止めればいいだけですからね。

No title

 お返事ありがとうございます。
 あらなみさんのおっしゃるとおり、顧客のニーズがそうであるならば仕方がありませんね。
 ただ、多くの個人投資家がスタートラインにさえつけない現実を見るにつけ、個人が相場で成功することの難しさをひしひしと感じます。
 
 ところで、「やり方至上主義」を脱却することには、副作用もあるのではないでしょうか。
 というのも、「やり方至上主義」を改めてから、相場への情熱が少し冷めたような気がするのです。
 おそらく、分析トレードを直感トレードに転換したせいで、トレードに関する作業量が激減したことが影響しているのかもしれません。
 ですから今は、相場を生きがいにしたいトレーダーにおいては、「やり方至上主義」という選択もあり得るのではないかと考えています。

Re: No title

N・Sさん、こんにちは。

書いて頂いたこと、実に重要な視点が含まれています。

コメント欄で書ききれないほどのことなので、記事で改めて書かせて頂きたいと思います。

貴重なコメント、ありがとうございます!!

相場は好きではないです

こんばんは、ハルトモです。
あらなみさんの記事は、いつ書くかいつ書くかと待っていると、急に長文があがってくるというのは相変わらずあらなみ流ですね。今回も楽しく読ませていただきました。

今と未来の関係については、おそらく、あらなみさんの文章を読んで、あらなみさんの言うことが、わかったと言える人は少ないでしょうね。

あらなみさんは別に未来を考えないわけでもないし、過去を振り返らないわけでもない。どちらかというと、わたしなんぞより入念におやりになる方だと思っています。

ただその未来の展望と過去の反省と今何をするかと、それとは別次元で根源的な生を意識する、まさに純然たる自分は生きているという実感。その生の意識から、自分の暮らす俗世とそこで人生ゲームを満喫する自分を鳥瞰する視線。これを呼吸に求めておられる。

あらなみさんには当たり前のことなのが百も承知で自分なりに書いてみただけですが。

相場について言うと、やはり相場が好きでそれで続けているというか、止められない人が多いようですね。この根源は、自分のやり方なり読みすじなり、上手くいったときの快感があるからだと思います。この快感はなかなか捨てがたいように思います。だから皆さん苦労するのかな、て思います。
だからその好きで好きでから、一歩引くというか、一歩踏み出すというか、なんか違うポジショニングに行きたい。

わたし自身は株式投資は嫌いではないでしょうが、大好きだとかおもしろいとか思ったことがないです。

勝てるなと思うときにお金を入手するためにやるだけです。株式投資で苦労する気もありませんでしたので、イメージで言うと、気合いと他人事ですね。他人事のように、でも投げやりじゃない、渾身の気合いはある。でもどこか他人事。そんな感じです。

長くなりました。実はいま児童相談所で子供を待っているので、時間がありまして、勝手なことを書いてます。自分のブログに書けと怒られそうですが、書き出したらながくなっちゃった。ごめんなさい。


Re: 相場は好きではないです

ハルトモさん、こんにちは。

趣味で書いている部分もあって、気分で更新するブログなので、どうしてもこうなりますね。
義務化すると、しんどいので。

「今と未来」について、今回は、結論部分を主軸に書きましたが、裏には本数十冊分の理屈があるわけです。
あまりにも簡単に結論を書くと、逆にわかってはもらえないのだろうとは思いつつ。

ハルトモさんの書いてもらったことは、バックグラウンドの理屈の部分ですが、これも本数冊分を凝縮しているので、なんのことやら、となる恐れ大(笑)

ここらのことは、実は、相場のテクニック云々とは比較にならないほど重要なことですがね。


相場が好きでやめられない、という人のところのコメント、記事で書こうとしていることの先取りされた部分もありますが(笑)
相場が好き、というのは、いい面と悪い面を両方持っています。
普通は、悪い面だけが全面に出てしまって、悪い結果を引っ張ってきますので、この両面を理解した上で、如何に悪い面を奥にしまって、いい面を前に出すか、を考えればいいのですが、感情に流されると、そうも行かなくなってしまいます。

私も実は、売買そのものは大して好きではありません。というか、できたらやりたくない。
めんどくさいという方が勝っている。
なので、元々ですが、勝っても負けても、実は淡々としているのです。
分析や勉強は好きなのですがね。
こういう自分の志向が、マイナス面もプラス面も、先ほどの「相場が好き」という人とは別の面が出てくるわけです。
つまり、私の場合、どうしても、実践よりも、分析が前面に出てしまうのです。

だから、こういうブログを書いたりもしている(笑)

ははぁ・・・カミングアウト大会ですか

ハルトモさんに始まりアラナミさんまで続いてますね。

おはようございます。
お二人の心境に近いのって、システムトレード菌に冒されている人は案外と多いのではないか、と思ってました。
損切りは勿論、利食いもオートマチックですから、知らない間にトレードが終わっていてクヤシイもウレシイもリアルタイムではない事も多いですから。

それに、あーだこーだとロジックを捻くり回している時が一番楽しかったりもします(笑)
ただ、「 コレは・・・しばらく機能しない時期が続くんだろうなぁ 」
と思っていてもトレードの継続はしなきゃいけない!って故のない義務感があってツライ事が違いでしょうか。

スカイプ常時接続状態の短期裁量系トレーダー仲間の天才じゃ?が3人いますが、彼らは本当にホントにチャートが大好きです。
燃え尽きたりしないの?と心配になるくらい、トレードが大好きなのがアリアリです。
常に発見・改善の作業を延々と・・・・勿論、私もそのように心掛けていますがペースが全然違います(笑)
私だけ中長期(彼らから言わせるとw)のシステムトレードなので付いて行けない話題も多いです。

彼らと接していると感じます、やはり・・・彼らと比べると自分は・・・おっと3人目のカミングアウトになっちゃうのかなぁ。

こんにちわ

荒波先生はデイトレード以外仕事はしてないんですか?あとぶっちゃけ資産・年収は大体いくらですか?

Re: ははぁ・・・カミングアウト大会ですか

たつじさん、こんにちは。

特にカミングアウトした覚えもありませんが(笑)

私の場合、チャートを見るのもそんなに好きではありませんね。
昔はもっとチャートを見ていたかもしれませんが、そもそもそんなにチャート重視でもありませんし。。

No title

こんばんは、今コメント欄を見て、自分のコメント読みましたが、これでは伝わらないな、と再度思いました。拙速で失礼しました。
ではまた。

ピダハン

こんにちは。

>人というのは、常に今に生きないで、過去の反省と、未来の心配事に今を使っているのです。

に関する事ですが、25日0時から、地球ドラマチック「ピダハン 謎の言語を操るアマゾンの民」という番組をNHKEテレ東京でやります。そちらでも見られるかはわかりませんが。
以前、偶然に途中から見たのですが、凄い内容でした。
この部族の言語には、過去形と未来形が無いのです。即ち、過去と未来という概念が無く、まさに、今に生きているのです。
ブッダが説く世界が、難しい説法も厳しい修行もなく、当たり前に存在するのです。
現代文明について考えさせられる内容です。

Re: ピダハン

日向夏のオヤジさん、こんにちは。

番組のご紹介ありがとうございます。
早速録画予約しておきました。
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プロフィール

あらなみ

Author:あらなみ
職業:個別株投機家・専業デイトレーダー

Twitter: @aranami718

旧ブログ:
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