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ライブ感

2013/03/17 Sun

昨日は、Berrys工房のコンサートに行ってきました。
彼女たちも、新曲で、アジアンセレブレイションなどいい曲を出してはいるのですが、ほとんどテレビなどの露出からは消えています。
今は、嵐とAKB以外はアイドルにあらず時代ですから、仕方がないのか、とも。

12日火曜日には、ちょっとメジャーになった ももいろクローバーz のコンサートに行っていました。
こちらは大阪城ホールのスタンド席でしたので、米粒ももクロでしたのでちょっと残念でしたが、Berrys工房の方は、小ホールでしかも前から数番目の席だったこともあり、かぶりつきで参戦することができました。
また、彼女たちは、歌も踊りもうまいですし、ハロプロはファンの心をつかプログラムをわかっていますので、満喫できました。
コンサートの楽しさという点では、席の良し悪しを別にしても、人気がないBerrys工房の方が数段上だった、と感じました。

ただ、ハロプロのコンサートは、とにかく強烈な「オタ」ばかりなので、オタでない私は一人浮く覚悟が必用なんですよね。それがちょっと(笑)

さて、こういうアイドル系のコンサートに実際に行ったことのある人というのは少ないと思います。
まず、チケットの入手が結構難しいということもありますが、特に興味がない、というのがほとんどでしょう。

私の場合、ファンということよりも、お祭り好き、ということがまずあります。
コンサート、ライブというのは、いわば現代の祭りです。
そのライブ感、高揚感、今を生きるというエネルギー感などが、ライブには詰まっているので、そのエネルギーを楽しみに参戦している、といっていいのだろうと思うのです。
特に、大勢の人がみんなで今を楽しんで、大騒ぎしている、という場に立ち会えるのは、こういうライブ以外にはありません。

当然、きれいなモノ好きでもありますから、きらびやかなステージ、女性アイドルの美しさ、などなどみどころ満載です。
普段、テレビでしか見れないアイドルに会えるという楽しみなど、いろいろあります。
やはり、生アイドルというのは、迫力がある、というか、演出もありますが、後光がさしていて、お賽銭を入れたい気分になります(笑)

さて、ライブ感、という点では、いわゆる本家の祭り、も同じでしょう。
祇園祭り、天神祭り、阿波踊り、など、関西圏でも大きな祭りがあります。

それら祭りは、テレビで見て満喫できるものでしょうか。違いますよね。
祭りはとにかく、「行ってなんぼのもん」なんです。
祇園祭りなど、テレビで見ても、味もそっけもない、ものです。というか、テレビで番組があっても、そんなもの見る気がしないですよね。
いわば、「炭酸を抜いた、生暖かいコーラー」と同じです。
それに対して、ライブとは、「キンキンに冷えた炭酸の効いたコーラー」なんです。
同じコーラーだ、と言われても、まるで別物なんです。

コンサートライブもこれと同じで、曲を聴きたいだけなら、家で聞けばいいだけの話。
ライブ感を楽しみに行く、アイドルに会いにいくということが目的なんです。

同じ意味で、まだディズニーランドに行ったことがない、という人は、一生に1回でいいから、是非夜の「エレクトリカルパレード」をライブで見てみてください。
それだけを見に行ってください。冥土の土産になると思います(笑)
私は、初めてエレクトリカルパレードを見たとき、この世の天国だ、と感じ、全身鳥肌状態でしばらく震えていました。
現代における、究極の祭りがここにある、と思いました。
ディズニーランドは、女子供の行く場所と決めつけないで是非一度だけでも足を運んでみてください。

まあ、こういうものに対する感性というものは、私は、人一倍敏感だろうとは思いますが、それを割り引いてもおすすめです。




さて、何でもかんでもトレードに結び付けるのが私の悪い癖なんですが(笑)
トレードもこれと同じところがあります。

つまり、横で見ていたり、チャートを研究したり、ということと、実際にトレードをやってみる、ということにおいては、生暖かいコーラーとキンキンに冷えたコーラーの違い以上のものがあるのです。

時々、こういう相談があります。
「後3年ほどで退職です。そうなった時、再就職というのではなく、できればトレードで生計を立てたいと考えています。その時になったらアドバイスをお願いします。」

というものです。
こう考えている人は意外と多いようです。
仕事は退職するから、仕事を辞めるということより、リスクの度合いがまるで違います。
数年我慢すれば、年金が入ってくる、ということもあるので、そこまででも何とか、という気持ちもあるでしょう。

しかし、この話、2つの点で大きな間違いをしています。

①トレードは、勉強して「やり方」を学べば儲かるようになるものだという理解
②その理解があるから、勉強を初めてすぐに儲けられるようになると思っていること


私は、この話をした人には、まず次のように逆に質問します。

「あなたは、何十年と今の仕事をなさっておられます。そしてようやく今のポジションにつかれました。では、私からの質問ですが、今されている仕事で、すぐに私が成功できる方法を教えてください。あなたの今のポジションである役員、部長、社長に簡単になれるノウハウを1日か2日で教えてください。」

そう質問すると、きょとんとされます。
しかし、私が受けた質問というのは、それと同じことを自分が私に対してやっている、ということに、全くといって気がついておられないのです。

トレードを始めようとする人みんながみんな、トレードということを甘く考えている、ということにはもう驚くに値しないほど普通のことです。
一方で、「仕事は大変だ」「仕事のキャリアを積むことは時間のかかることなのだ」ということは、ご自分の仕事を通じて嫌というほどわかっているはずなのに、です。

繰り返しますが、トレードだけが特別ではありません。
他の仕事と同じなんです。
同じように、一人前になるのは、時間がかかるものなのです。
チャートをちょこちょこっとイジッタだけで、お金儲けができる、と本には書いてありますが、それが本当だったら、この世の中はみんな大富豪ですよ。
相場をやっている人で、損する人など、一人もいませんよ。
実際にはそうなっていない、ということがもう・・・答えなんです。

いやいや、自分だけは特別だ、と人はみなそう思っていますが、残念なことにみんな特別ではないんです(笑)



さて、先ほどの退職まで後3年、という人に、そのあと、私がどういう話をするのか、というと、次のような話をしています。

「後3年で、ということは、もうギリギリですが、今からすぐにトレードを初めてください。実践です。」

「しかし、具体的やり方がわからない。」

「それは、本を2~3冊も読めばわかります。①トレンド、②押し戻し、③サポートレジスタンス、という言葉が理解できればそれで本から学ぶことは十分ですから、後は実践から学んでください。」

「しかし、それでやっては損をするのではないか。」

「コストもかけないで、学べるとは思わないでください。何事も勉強にはコストが必要なんです。ただ、最初から勝てるということは偶然を除いてはありませんから、最小単位でやってみてください。」

「しかし、やり方が・・・」

「ぐちゃぐちゃ言わない。頭で考えるのではなく、実際に戦場に立つのです。後は相場が教えてくれます。」


さて、こういう会話をして、しかし、実際に行動に移す人はほとんどいませんね。残念ながら。
恐らくは、退職してから、時間と金ができたら、やっと始めるのでしょう。
しかし、もうその時点では遅いんです。

そもそも、いざ退職となったら、そこからは無収入なわけです。
そんな焦った状況で、慌てて相場を初めて、いきなり儲かるはずがない。
せっかくもらった退職金を相場でパーにする、といういかにもありがちな話になるのが関の山なんです。
相場で損した人に対する世間の風当たりは冷たいです。
そう・・・自業自得、楽して儲けようとするからそんなことになったんだ、と言われるだけです。
定年退職して、老後のせっかくの退職金までパーにして、そこからどんな暗い人生が待っているのか、想像するだけで寒気がします。

絶対に収入がまだあって、余裕があるうちに、本気で取り組まないと手遅れになります。
まだ他に収入があるからこそ、守銭奴にならず、相場に対して素直に取り組める余裕が生まれるのです。
拝金主義になったら、相場では確実に負けるだけです。
どうしても勝たなければいけない状況に初心者が追い込まれて、勝てるはずがありません。
百戦錬磨のプロトレーダーですら、その状況に追い込まれて相場から次々に去っていくのですから、自分をそのような状況に追い込んでは絶対にいけないのです。
これだけは、絶対の原則です。例外は1つも無いと心得ておいてください。
お金に追い込まれては、絶対に、絶対に相場では勝てません。


ただ一方で、実際に熱心に売買されて、3年程度経過された方からは、次のような話をもらっています。

「最初は、半信半疑で始めたけど、やってよかったです。やっぱりやらないとわからないことだらけで、本に書いてあったり、言われたことでも、結局やってみないとわからない、ということがわかりました(笑)、この実践トレーニングは言われなければ決してできなかったことです。ようやく道筋が見えてきた感じです。教えていただいて本当にありがとうございます。」

こちらのブログにコメントをいただいている方からも、同じようなコメントをもらっていますが、これもみんな同じく、3年~5年がかかっています。

ここがまた不思議なのですが、ほとんど私と接触なく一人で黙々とやった人、日ごろから一生懸命にアドバイスしていた人・・・2人がいたら、絶対後者の方が早く見えて来る、と思うと思いますが、実際には「同じ時間がかかている」ということがわかっています。
実に不思議です。種を植えて放置していても、一生懸命肥料をやって水をやっても、結果は3年~5年という統一時間が必要なことに変わりはありません。

もちろん、残念ながら全員ではありません。途中脱落者はそれ以上にいますので、念のため。というより、途中脱落者がほとんどと言ってもよい、3年も我慢できないわなあ(笑)

この年月のかかり方、というのは、統一基準でもあるのか、と思うほど同じで、私が野川ブートキャンプを卒業したのも、考えてみれば4年目の夏でした。

①実際に戦地に立ってライブで戦うということ

②その戦いを3年~5年続ければ、見える人には見えてくるということ

③具体的なやり方、デイトレ、スイングなどは千差万別、どういうやり方でもよいということ


どうやら、私自身の経験、周りの人の多くの経験、を通じて、私に見えてきた上達の答えは簡単ですが、こういうことだったのです。


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ライブ感2

2013/03/24 Sun

多くのコメントを頂きありがとうございます。
訪問者は少数ですので、小さなカウンターだけの居酒屋、という感じで、常連さんで、しかも専業の方がコメントの中心ですので、初心者の方がそこに割って入るのは気が引けるのかもしれませんが、そういうフレッシュな疑問、質問などでも結構ですので、書き込んでいただければ、記事のヒントにもなるので、助かります。

コメントのお返事というよりも、コメントを切り口にさせていただきながら、ライブ感2の記事を書かせてもらいました。



> わたしももうじき55歳ですが、サラリーマンを長くしてきたので、周りにそういう人がたくさんいます。
> わたしは退職金で株式投資などやるな、とアドバイスしています。57歳で始める必要もないと思えます。その人が株で勝てるような才覚の人なら、57歳になる前にもうとっくに勝っているんじゃないかと。57歳までコツコツ生きてきた。それを貫けばいいんじゃないですかね。あらなみさんが言われる通り、ここから株式投資で生計を立てようなどとは、もう一度人生を生きるぐらいの覚悟いるんじゃないでしょうか?




おっしゃることよくわかります。
実は、「仕事をしていて時間がない。」ということをよく言われますが、その裏の真実は、何度も相場をやってはいるが、全然儲からないから今はやっていない、というケースがほとんどなんです。
もし、時間がない、といっても、相場でガンガン利益が出ていれば、人は相場を続けています。間違いありません。
「相場で大儲けできているが、仕事が好きで好きでたまらないから、仕事をやっているのだ。」というケースは見たことがありません。
時間がない、時間がない、という人は多いですが、1日30分でも相場を見る時間がないほど忙しいのか、と言えば、そんな人は世の中には一人もいないでしょう。
というより、そんな状態なら、過労死しています(笑)
そういう人が60歳になって、いきなり相場に開眼し、儲けだすようになる、ということが現実のあり得るのか。

なので、少なくとも、60才以降で、相場にかけたい、というのであれば、「できる限り早く準備をすること、練習を始めること」をお勧めしているわけです。

ただ、ほとんどの投資家予備軍の人は、相場は練習して上手くなるものだ、とは思ってはおらず、何かを知ることによって儲けられるようになる、と思い込んでいるので、練習を始める人は多くはありません。

そういう人は、60才になって、いきなり相場を始めるしかありませんが、それでは5年生存率0.001%ぐらいが見えているので、気の毒に思うのですが、本人が選択した道ですから、仕方がありませんね。




> 仰るように「実践あるのみ」ですね。
> 最初はうまくいかないです。
> 旧ブログで1000本ノックの経過報告をしていた通り、負けっぱなしです。
> 他の方からも結構バカにされていましたね~。(笑)
> でも実戦を通して今まで見えていなかったことが見えてくる様になると、「今は損が多くてもいずれは利益が損を上回る」という手応えが少しずつ自分の中で生まれました。
>
> あと最初に考えていたトレードスタイルが実は自分にあっていなかったりとかもわかりますね。
> 手法に意識を向けているだけで実践が伴わないと先に進めないということも経験しました。
>
> まず何か1つに絞って実際にトレードをやってみる。
> そうすると相場から答えが返ってきますので、しっかり検証してみる。
> 検証して少しずつ修正・調整していくと、最初のスタイルと違っていたということになりました。
> こういった一連の作業はアートに近い感覚なんじゃないかと思います。
>
> 時間の経過は必ず必要ですね。
> トレードだって時間の経過がないと利益を上げることができません。
> エントリーと同時に利益になるなんてことはないですから。
>
> この時間の経過をどう過ごしていくのかで結果も変わるのだと思います。
> トレードであれ人生であれ、時間の経過の中の出来事だと気づいた時、1000本ノックが大きな壁ではなく当たり前の事として受け入れることができました。
>
> 1000本ノックを経験すると、少し性格にも変化がありましたよ。
> 考え方や子供への接し方も変わりました。
> 不思議ですね。




私から見れば、人が一生懸命練習しているのをバカにする方がバカなんですよ。
誰でも、最初は下手に決まっています。
相場を当て物だと考えているから、練習して汗を流している姿の本当の意味が全然わかっていないんです。
バカにしていた人は、自分がそういうことを何もわかっていないと自ら告白しているに過ぎないんです。
ですから、私は、そういう人は、何もわかっていないかわいそうな人だ、と思っていました。
自分では練習もせずに、頑張っている人を引きずり下ろそうとするなんて、本当に残念な人です。
そもそも、自分が四苦八苦している姿を経過報告する、なんて恥ずかしいことは誰にでもできることではありませんよ。
こういう姿をさらしてでも、人にばかにされてでも、かならずいっぱしの者になって見せる、という覚悟の現れなんです。
少なくとも、私はそう見ていましたよ。

とある有名ブログを読んでいると、「最初からいきなり実践をやるなんてバカのやることだ。最初は、デモでスタートして、デモで儲かるようになったら初めて実践をやる資格があるのだ。」という趣旨のことが書いてありました。
こちらのような場末の居酒屋ではなく、駅前大手チェーン店のブログですから、はるかに影響力があるブログでの話です。

書いていることは、私の書いていることと真っ向勝負になります(笑)

実は、こう考えている人の方が圧倒的に多いのじゃないかと思います。
特に初心者は、本などを読んでもその影響をうけますし、上級者はプロの人でも、そのように考えている人の方が多いのじゃないかと思います。

理屈から考えても、こちらの方が正しいような気が普通はしますよね。

最初は、本を読んで、具体的なやり方を学んで、それが本当に儲かるものかどうなのか、デモでやってみて、本当に儲かるようなら実践を始める。

理屈上では、ほぼこれで完璧じゃないでしょうか。
疑問点の入る余地があるのか、というほどのものです。

ただ、これは、理屈なんです。

この理屈で始めると、基本はやり方に答えがあると考えることになるので、以下のプロセスを辿ることになります。

やり方を探して、デモでやる、ちょっと儲かる、実践する、しかし、実践ではダメだ。また、別にやり方を探す、デモでやる、ちょっと儲かる、実践する、ダメだ。
本屋でやり方の本を買ってくる、デモでやる、儲かる、実践する、ちょっと儲かったが、すぐに損する。ダメだ。

このループにはまるのが落ちです。
このループ歴20年のベテランなど、周りを見渡したらゴロゴロいますよ(笑)

特に多いタイプは、理屈先行タイプで、相場歴は非常に長いので、理屈だけはすごいんです。
あらゆるテクニカルに通じていて、もう超ベテランって感じで、のさばっています。

株本を読んでも、私から見て、何か小理屈の上滑り感を感じる本が結構多いのですが、概ねそういう本は評論家タイプの人が書いたものが多いです。

でも、実践をやらせたら全然ダメ。
リスクを取れない。ちょっと動けばビビる。エントリーが怖い。損切りできない。損したらお祈りするのみ。
でも、口だけは達者なので、ああだこーだとえらそうなことだけはプロ並。
相場の先行きなどの話になると、「へぇー、そんなことまで知っているのか、すごい。」と周りも引くぐらいによく知っているけど、知っているだけ。

でも、実際は年間通じて毎年損失ばかり。
結局、実践練習をしっかりやって、腕を磨かないから、いつまでたっても理屈ばかりで、あっちへふらふら、こっちへふらふら。

理屈だけは立つものだから、分析は複雑すぎて、

要するにどうしていいのかわからない

という

何もかもを知っているが故に、何もかもが使えない

大量の道具ばかり集めて、使い方を練習しないから、結局は何も使えない



のです。

下手な成金ゴルファーと同じで、いいクラブばかり集めて、練習しないから、一向に上手くはならない。

長年相場をやっている人で、こういう理屈先行タイプに陥る人はものすごく多いです。
こういう人たちは、口をそろえて、まずは儲ける方法を見つけろ、と説くが、初心者がこのタイプの人たちにかかると、口は達者で物知りなだけに、イチコロになる(笑)



さて、実は、告白すると、私は、過去に反省してもしきれないことをやっています。
今でも悔しい思いを持って、自分のやったことを悔し涙で思っていることがあるのです。

それは・・・

相場の勉強を本格的にはじめた昭和55年(1980年)ごろから、1~2年たったころのことです。
私はそのころに、林先生の本に出会いました。
他の本がジャンク本ばかりの中で、林先生の本は後光が差しているように感じました。
むさぼるように林先生関連の本を読んだことを思い出します。

その中に、二分割一括手仕舞い、という練習方法が書かれていました。
当時から、練習メニューは書いてあるが、相場の読み方とか、見方については、あまり書かれてはいません。
今思えば、プロセスこそ秘訣だから、秘訣の練習方法は教えてあげます。ただし、相場の見方だとか、読み方については、その練習の中から実践を通じて学んでください、ということだったのだろう、そう思います。

(ちなみに、林先生を批判する人たちの多くが、この部分が見えないが故の批判が非常に多いと私は思います。そして、自分で勝手解釈して、さも「下げ相場を無限ナンピンせよ」といったような解釈での批判を繰り返しているように思えるのです。詳しくはまた別途書こうと思いますが、確かに、FAI以降については、林先生の本のトーンが変化しました。しかし、初期の本を読めばわかるのですが、ベースにあるのは、明らかに、「押し戻し狙い」、なんです。トレンドに乗れ、なんです。でも、その部分は実践から学ぶように、ということで多くを割いてはいないこと、に加えて、平成に入ってから出版された後期のものだけを読んで、FAIとそれ以前をごった煮にしたような勝手解釈が横行したことが原因しているように思います。もちろん、そう解釈されるような本を書くな、というのは前にあったとしても、です。)

それを読んで、これはよい、と早速当時300円ぐらいの株、確か日本電工という株だったと思いますが、そのチャートを手書きして、売買を始めました。
押し戻し狙いの二分割一括手仕舞いです。
それから、小豆でもちょこちょこと売買を始めました。
地味ですが、値動きに乗れたこともあって、最初から利益が出てきました。
それから1年ぐらい経過したころでしょうか、しばらく続けていましたが、地味な売買にちょっと飽きが出てくるような感じになった時に、私は衝撃的なものに出会いました。

テクニカル分析

です(笑)

実に洗練された最先端な相場分析だと思いました。
ものすごい数のオシレーターたちと、当時出回り始めたばかりのコンピューターと数学を駆使して、相場を当てるという時代の最先端のものでした。
新しもの好きの私が飛びつかないはずがありません。
もう夢中になってしまいました。

二分割一括手仕舞い、はどうなったか、って・・・はい、すぐにやめました。

だって、地味じゃないですか。
コツコツ、コツコツ、ちょっと儲けて、ちょっと損して、ちょっと儲けて、ちょっと損して、トータルでは利益が残っても、下手だから、1ヶ月売買してほんとに数千円とか、そんなレベルですよ。実際は。
こんなの、やってられない、と若造が考えても、攻められないでしょ(笑)

そんな地味なものより、一攫千金を求めて、キラキラ光るネオン街の明るさに引かれて、若造が背伸びするのは、いけないことでしょうか、と逆切れ(笑)

こうして、RSIやサイコロなど、コンピューターを使った当時最先端の相場分析に夢中になりました。


さらに もっと最悪な事態 が私を襲いました。
それは、たまたまその時期に、そういう分析を始めた1986年から1989年にかけての昭和の大バブル相場にぶち当たったのです。

私は、間違って相場で大きく儲けてしまいました。

(今から考えたら)単に上げ相場に乗っただけで、技術も腕も無いアホ投資家が一人・・・3年間で若者が持ってはいけない金を手にしてしまいました。

これは、自分の高度な分析の結果である。自分は相場で儲けられる黄金の秘法を手に入れたのだ。

と若造が思い込んでも仕方がないものでした。

間違ったことをやって、結果が出たことで、私は最悪の事態に突入することとなります。

こうして、さらに相場熱が過熱を極めました。
寝ても覚めても相場相場相場、仕事は適当にやって、朝から晩まで相場分析に夢中で取り組みました。

気がつけば、車を買ったり、新地へ出かけたり、香港で豪遊したり、と若造の範疇を超える暮らしになっていました。


しかし、1989年、阿波踊りは突然終わりました。

私は、というと、

自分の実力で相場が儲かっているのだ

と固く信じていたので、ずっと、誰も踊っていない梅田の朝の路上で一人で踊っていました

そして、風邪をひきました。すなわち数年かけて一文無しになりました。
投資家としての破産です。

しかし、相場への情熱はそのままでした。
相変わらず、夢中に分析を続けていました。
しかし、実際のトレード結果は散々だったのです。
とにかく負けてばかり。
出ては負け、10戦10敗、この繰り返しでした。
本当に、やったら全部負けるのです。結果だけから見たら、悲惨を通り越していた、と思います。

しかし、私はこう考えていました。
「具体的なやり方が見つかっていないから勝てないだけだ。これだけのツールがあるのだから、いずれ勝てる方法が見つかるはずだ。」
なので、新しい当て方を探しては、試してみる、ダメだ、また、次のやり方、ダメだ、検証ではすごい成績なのに、実践となればダメだ、ということの繰り返しでした。

しかし、現実はちがいました。

もう、阿波踊りは終わっていたのです。

今では、こういうやり方のどこが悪いのかがはっきりとわかっていますが、当時は何故検証では儲かっても、実践になるとダメになるのか、さっぱりわからないままでした。

はい、はい、ここまで読むとみなさんもうおわかりだと思いますが、これが典型的な当て屋のやっていることです(笑)

なので、私は前々から言っているように、

「当て屋の考えていることは全部お見通しなんです。」


何故なら、私こそが100%ピュアな当て屋だったからに相違ありません。

(今日は爆笑ネタ自虐ネタが多い(笑))



さて、先ほど、私が最悪の事態といったのは、一文無しになったということではありません。
ましてや負け続けた、ということでもありません。


私の青春をかけて、命を削ってまで、必死で取り組んだ膨大な時間が、全部、無駄な回り道で、邪道であった、当て屋道であった、ということこそが、最悪だ、と言っているのです。


間違って結果が出てしまったものだから、その最悪さに加速がついたのです。
お金のことなど、バカな回り道など歩まずに、きちんとコツコツ練習を続けてさえいれば、結果は自ずとついてくるのですから、最初はどうでもよいことです。


ということで、もしあのまま「二分割一括手仕舞い」の練習をコツコツ続けていたらどうなっていたのだろう、と今でも思います。
そう思うと勘違いしいていた時間がもったいなくてなりません。

もちろんそれだけではダメだったのかもしれません。
しかし、とりあえず私は、1989年から、1996年に野川軍曹から強制的に目を覚まさせられるまでの6年間、延々と当てよう当てようと頑張り続けて、「勝てる具体的方法を探して」負け続けたのです。
まあ、私のすごいところは、6年間負け続けにもかかわらず相場への情熱の炎だけは、揺らぎもしなかった、ということでしょうか。

私の周りの投資家仲間は、ほぼ全滅、絶命し、残った私はといえば、ズタボロで、復活の日の最後のシーンの草刈正雄状態でしたので(笑)

しかも、何故私が残れたかのか、という理由は、私がちょっとでもマシだった、ということではありません。
私が、当時ペーペーの若者で、大した収入がなかったからこそ、生き残れたのです。
周りは、商売を手広くやっていたりで大きな金をそもそも持っていたことが原因で、損失は数億円単位の莫大なものでしたが、私はそれに比べれば小銭しか稼げていませんでしたので、無くなったといっても、たかが知れていましたし、ペーペーのリーマン投資家に借金する力もなかったことが助かりました。
お金さえあれば稼げる、と思っている人も多いかと思いますが、現実の相場の姿とはこんなものです。

下手に甲斐性があるから、大損をするのです。


相場をスタートする資金は、小さければ小さいほどよい、とも思えるほどです。

下手にそもそもの資金があるから、大失敗をしでかすのです。

その格好の獲物は・・・退職金でしょう。

そもそも、退職金のような、負けられない資金、というのは、投資資金として最悪です。

負けられない金で勝負するから負けるのです。

私も、本音としては、退職金などで、運用して小銭を稼ぎたい、などといったバカな夢は見るものじゃない、と言いたいところです。

何故なら、プロとプロが戦っているマーケットで、退職金を持ったカモネギが一人迷い込んだら、身ぐるみはがされる確率が90%を超えるのではないでしょうか。

ライオンとチーター、ピューマ、ハイエナの檻に、トムソンガゼルが一匹迷い込んだらどうなるのか、1年間生き残れるのか。

これは誰が考えても明らかですが、

「自分だけはトムソンガゼルじゃない症候群」

があるので、自分の姿がまるでわかってはいないのです。

しかも、そのトムソンガゼルは、何と、調味料やお野菜、焼き肉のタレなどを背負って(つまり退職金)来てくれている、ということで、もう肉食動物にとっては、

超カモネギが来たぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!!

という話なのですが、相場部屋には鏡というものがないので、自分はトムソンガゼルだという姿が映らないように、巧みに隠されている、という恐ろしい話が待っているのですよね。

お金さえ持っていれば、一人前だと勘違いしがちですが、それはまったくの誤解です。

それは、

単なる太ったブタです。



余談が多かったですが、ここで言いたいこととは、私のようなバカな回り道をする必要などどこにもない、ということなんです。
こんな経験など、全くする必要はありません。

プロセスこそが秘訣、という連載を書いたのもそういう私の心からの反省からなのです。



この話の最後に、林先生の本から引用をしておきます。
林先生の愛情こもった本の1つ1つは今でも私の宝物なのです。
人がどう批判しようが、そんなことは私にとっては関係ありません。

昭和44年に出版された「商品相場の技術」という本の前書きには次のような一節があります。


いまから何十年か前の冬、雪の降り始めた寒い日に、大きなルーズリーフのノートを何冊も抱えて帰った日の感激を今でも思い出すことができる。
その日は、自分でこれから相場理論を組み立ててやろう、そしてまた相場師たちの売買の記録をとってみよう、と思い立った日だからである。もちろん自分自身の勉強のためである。
そして、次第にノートが埋まり、資料が増えてくるに従って、来訪者やその他の人にも、相場の理論とその関連を少し解説してみた。
ところが、ほとんど理解してくれないのである。
極端な例は、相場師の上手な売買の記録(譜)を見せて説明しても、あまりに、いままで考えていた、また実行してきた相場のやり方とちがうので、こんな売買の仕方は相場ではない、といって信用してくれないのだ。
だから、売買の理論についても、理解もしてくれないし、だいいち受けつけてくれないのである。
私の解説が下手なのか、理論が飛躍しすぎているのか、或いは聞く人の受け入れ態勢が整っていないのか、とにかく、説くところがなかなか納得されないのだ。


相場師の話に、一般投資家は聞く耳を持たない、というのは、今も昔もなんら変わりはありませんね。



> そうでした。日常とは違った空気で、その場のみんなが一体となった独特の高揚感がお祭りにはありますね。久しくそういう場から遠ざかっていましたが、そういえばそうだったと思い出しました。
> 劇場で見る演劇やミュージカルもリアルの場ではありますけど、こちらは観る側として隔てられていますので、自分もそれに参加している一員であるという主体感共有一体感はやっぱりお祭りやライブコンサートなんでしょうね。
> あらなみさんの文章を読んでいたら、なんだかあの独特の心地よさに浸りたくなってきました(笑)。

> >拝金主義になったら、相場では確実に負けるだけです。

> トレードのたびに日々痛く実感しているところです。
> なんだか禁煙中に無性に吸いたくなる気持ちと戦っている気分とよく似ているかのように思います。
> やめたほうがいいことは心底分かっているし、そうするんだと心に決めているんだけども、体はそうは思ってくれない。
> 自分の課題は意識しているのにちょっとした油断から、つい一本から崩壊する。
> 禁断症状の苦しみは年月とともに薄れていくんだろうなぁ、とは思うものの、一方でそんなことをずっとひきずり続ける自分に少々うんざりもしております。




ライブ感がトレードにとって何故必要なのか、納得しない人が多いので、私が思ういくつかポイントを書いておきます。

①そもそも相場で儲けるにはどうしたらいいのか、という方法論が対立しているということ。すなわち、やり方から入る派、と練習から入る派との違い。畳水練ではダメに決まっている。

②デモでいくら儲けても、何の自信にもつながらない。デモトレードを10年続けようが、そこで実践を始めたら100株でも震え上がるであろう。つまり、心理面の克服が何らなされていない、ということ。

③相場で問題になるのは、この心理面のいろんな葛藤を克服できるかどうか、ということが非常に大きいが、その克服には、経験値と時間が最もかかる、ということ。つまり、真っ先にやっつけておかないといけないのが心理面なのだから、最初からこれを鍛えるべく実践をやらないと、他が洗練されても追いつかないということ。手法など後から何とでも変更できるのだから、後回しでもよい。

④デモやシミュレーションなどでは、できても、実際にはできない、という失策の繰り返しが相場の真実である、ということをデモ派はわかってはいない。

⑤もちろん具体的やり方も重要なファクターではあるが、それはトレードの一部を構成しているに過ぎない、ということ。その一部をもって全部と考えるから、結果が伴わない。しかも、具体的やり方については、差別化、すなわち自分だけのやり方、を初心者が見つけられる可能性は非常に低い。結果として、本にあるような汎用的なスタイルをやることになるのだから、ここに時間を費やしても意味がない。

⑥それだったら、差別化できるような心理面や腕の部分を磨く方が結局近道になるのではないか。そのためにも、実践でのトレーニングが欠かせない。

⑦デモでやれ、ということは、やり方、当て方で儲けられる、という考え方なのだから、何か「相場には秘法がある」という落ちが前提なのか、と思ってしまう。


ちょっと脈絡がないですが、こんなイメージを私は持っています。


拝金主義とは、自己中心的相場をやる、ということになります。
自分が儲けたいというその一点で相場をやるので、全部自分の都合で売買するわけです。
そんなので勝てるはずがありません。
ポジポジ病やビビり病なども結局同じです。

相場の利益というのは、結果として「相場が自分のポジションの方向に動いてくれたから」勝てたのです。
勝てたのは、相場のおかげであって、自分がコントロールできるものではありません。
トレードとは、全部、相場の都合で売買する必要があるのです。
それを自己都合で、これだけ儲けたいから、とかでやってはダメに決まっています。

トレンドに乗ろうとして売買していて、トレンドが出なければ、勝てるはずがありません。

結果としてトレンドが出てくれたから、勝てたのです。

勝ちたいという気持ちでやるというより、相場が勝たせてくれそうだからやる、ということになります。

なので、

勝たせてくれそうになるまで、じっと待つこと、耐えること、これが何より大切になります。

一方で、自分がコントロールできるのは、リスクだけなのですから、自分でコントロールできることに全力を尽くすのは当然です。

ここで書いていることは、一見すると当たり前のことですが、いつも私自身、自分に言い聞かせていることです。

ですので、ここは私にとっては非常に重要な考え方の部分となっています。




> いろいろ共感してます
>
> >全身鳥肌状態
> すんごい良くわかります。私も初めて見た時に目が潤んでしまって、必死に隠してました(笑)
> 柄にもなく世界中の子どもの幸せを願ってしまうほど感動しました。
>
> 私もなんでもトレードに置き換えて考えるクセがあります。子どもを初めて自転車に載せた時や、泳ぎを教えている時に特に思いました。脳と体が一致して初めて機能する感じや、恐怖を克服する感じ、言葉や文章で覚えても役に立たない辺りがトレードと同じだなっと。
>
> 誰でも褒めたほうが能力が伸びるらしいですが、トレードはどうでしょうか?と、よく考えることがあります。トレードは誰かに評価してもらえるような場面が殆ど期待できないので、自己評価自己承認という事になりますが。トレードは失敗から多くを学べるのか、それとも成功から多くを学べるのか。ま、両方なんですけれど、トレードの上手い方数名のお話を伺った時に「成功から学びなさい。失敗から学べるものは殆ど無い、せいぜい同じ失敗を繰り返さないことだけ」とおっしゃっていたので、ずっと気になっているテーマなんです。
> あらなみさんはどのように思われますか?




珍しく質問が出ました(笑)
ここまでで書いてきていることでもおわかりだと思いますが、私は圧倒的に

「失敗から学んでいます。」

過去の苦い経験を、ころんでもタダでは起きない、と心に誓って、流した悔し涙の数だけ相場がうまくなっている、という表現が私の歩んできた道だと言えます。

相場を前に、本当に泣いたことは何度も何度もあります。
そのほとんどは、悔し涙、やってしまったことへの深い反省、そして、何てバカなんだ、という叱責、そして、自分だけが何故こうもダメなのだ、という劣等感、などなどの繰り返しでした。

特に羨望という感情の克服は難しいものだと思います。
みんなが仲良く負けている時はまだいいんです。
負けるのは嫌ですが、人も負けているのだから、という傷のなめ合いができるので、心は平穏です。
しかし、人が儲けていて、自分だけがダメだ、となると事態は一変します。
羨望という強烈な感情に襲われます。
必死でやっていることだけに、辛いのです。
オリンピックなどの競技でわんわん泣いている選手を見ますが、それほどに必死だったそれまでの人生があったからこそ湧き起ってくる感情でしょう。
感情が強烈であるが故に、一部の人たちは暴徒化し、他人を攻撃するようになったりします。
自分が悪いのは重々承知していても、辛すぎて人を攻撃したくなるのでしょう。
私は、そういう感情が起こった時には、そういう感情を理解するとともに、敢えて自分に向けて、発憤材料に使いました。

おっ、おれを本気にさせたな。知らんぞ、もう爆発するから、大変なことになるぞ。もう24時間戦うことになったぞ。

と本当に泣きながら自分に言い聞かせたことも何度もありました。

それほどに、辛くて悔しかったのですが、そういう本気度があったから、続けられた。
その時に、何とも感じていなかったら、今は無いだろう、そう思います。

是非、みなさんもそういう感情を克服し、他人(特に成功者)を攻撃するのではなく、自分が爆発するための爆薬として利用してください。



> 失敗に学ぶか、成功に学ぶか
> やはりあらなみさんが一発屋で書いておられるように一時的な勝ちを成功と勘違いしやすいわけですから、やはり失敗体験を伴わない成功は脆いですよね。
>
> 自分で書いておいてなんですが失敗も成功も表裏一体で、どちらか一方で学べるものではないな、と。たった今トレードしながら思いついてしまいました。落ち着きのないハムスターですいません(^_^;




成功というのは、一時的なことが多く、しかもそれが一時的な環境によるものかどうかは、後になってみなくてはわからないことが多いのです。

そうであればこそ、私は、儲かったのは相場のおかげ。負けたのは自分の責任。と思うようにしています。

負けた、といっても、小さな負けというのは、釣りで言うエサ代ですの必用経費です。

エサ代がもったいないからといって、餌をつけないで釣りをしようとするのは、アホのやることだと私は思います。

負けと失敗はそもそも全く違います。

失敗というのは、不必要に大きな損失を出すこと。

何故早期に処置できなかったのか。
そもそも、想定されるリスクが大きすぎるトレードを始めたのが原因だったのか。


私は、そもそもリスクをエサ代以上払いたくない、という考え方ですから、エサ代ではなく、カツオ一匹ぐらいの損失になりそうなら、そのトレードはやりません。

どういうエサを使って、どういう魚を釣り上げるのか、このバランスこそトレードではないでしょうか。

エビを使って、メザシを釣るのなら、バランスが合いません。

何故なら、エサ代の方が高いからです。
こういうエビを使ってメザシ狙いのトレードやる人が非常に多いのには驚きますね。

少なくともエビを使ったら、タイぐらいは狙いたいところでしょう。

また、エサ代がもったいないと思うのなら、釣りなどやらないことです。

エサ代は、払うもの。
ディズニーランドで遊びたければ、入場券は買うもの。
トレードで稼ぎたければ、小さな損切りを受け入れるもの。


全く同じです。

こういう考え方は非常に大切なものだと感じますね。




> お久しぶりです、あらなみサン。
>
> 相場で負けている他人に言う事。
> 自分は実社会で出来が良いからといって、相場でも自分は出来が良いはず・・・なんて自分が特別な人間だと思わない方がいいですよ。
> な~んて他人には言っている人間が、実は無意識のうちに自分は特別なんだと思っちゃってる事が大問題ですね(笑)
> 誰しも口では相場は甘くないですよ、損を重ねる時期もありますよ、なんて偉そうなことを言いますが、前提は自分は勝ち組が約束された人間なんだ・・・と(自分と重ねて大笑い)

> > 拝金主義になったら、相場では確実に負けるだけです。

これ、コメント不要の金言なんじゃないでしょうか。




人が、自分は特別だと思うのは、普通ですし、自分は特別な存在じゃない、と思っている人は実は世界中一人もいない(笑)

しかし、それを相場に持ち込んではいけない、と思うのです。

おまけに、実社会の法則では、メジャーについたもの勝ちのことが非常に多いのですが、相場はこの間反対で、マイナーが勝つ世界です。

ここで、戸惑ってしまって、訳が分からなくなる人が多いように思います。

相場を動かしているのは、最終的にはポジションですから、みんなと同じようにポジションを取っては、負け組に入ることは必定でしょう。

みんなで渡れば怖いのが相場

相場での成功者の話を聞くと、多くが、一匹狼的で、人のことを気にしないタイプ、社会のはぐれモノ、ひねくれ者、などが多いことに気がつきます。

とある成功したトレーダー(悪口を書くので敢えて誰とは言いませんが)を動画とかで見ていると、「こいつ会社だったら絶対に使い物にはならないな。」と強く強く感じますねえ(笑)

そもそも、就職試験で、どこの会社も採用しないでしょう(笑)

そういう意味では、私はいたって正常な社会人なのです(笑)
ですから、それは、その時点で、もうものすごいハンディキャップを背負っている、と思わないといけないでしょうね。

巨人大鵬卵焼きタイプですので、ひねくれ者の多い阪神ファンでもない(笑)
増してや、「俺巨人、俺阪神、という会話の中に入ってくる、俺近鉄」という変人でもない(笑)

会社でも、きちんとおべっか使えるし、コミュニケーション能力もある。

極めて常識人だと自分では思っています。

ということは、その時点でもう私は、トレーダーとして、どえらいハンディキャップを背負ったもの なのです(笑)


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ライブ感3

2013/03/31 Sun

先週は、火曜日から木曜日のウイークデイのど真ん中の3日間で、子供の春休みを利用してディズニーリゾートへ出かけていました。
こういうことができるのが、この仕事の最大のメリットだと思います。

さて、ディズニーには、過去には年間パスポートを持っていたぐらいのリピーターですが、今回の混雑ぶりは初体験に近いものがあるほどの混み具合でした。
主要アトラクションは、軒並み3時間待ちとか、茫然。
ディズニーシーのトイストーリーマニアにに至っては5時間待ちとか、もう殺人レベルです(笑)

ただ、このようなパークの状況でしたが、我が家では、ディズニーリゾートのプロ級の腕がありますから、あらゆる裏技と少々のお金を使って、結局3日間で主力アトラクションには全部並ばずに乗ってきました。
パレードも1時間程度は待ちましたが、良席で見ることができました。

一方で、嫁の友人の初心者家族も我が家が帰る日に来ていたのですが、あまりの混雑ぶりで、主力アトラクションには何1つとして乗れず(ファストパスの発券は早い時間に終了するし、といって3時間とか待てないし)、ダンボなど待ちの少ない(といっても40分待ちとか)地味アトラクション乗れただけ、という悲惨な状況に陥ったそうです。
こうなると「ディズニーランドなど、人ごみだらけで、何にも乗れないし、疲れただけで全然面白くなかった。」となることが予想されます。
実は、こういう家族が非常に多いですので、その典型例でしょう。

パーク内の混雑ぶりの一例を書くと、ポップコーンを買うのに20分待ち、女子トイレ15分待ち、レストランでの食事に40分待ち、そもそも早朝の入場で50分待ち、とか、平日の遊園地のイメージとはかけ離れたものがあります。
素人(笑)がこの中に放り込まれたら、もみくちゃになっても仕方がないことでしょう。
朝から、ポップコーンを買うのに並んで、食事で並んで、トイレで並んで、何も乗れずに気がつけば夕方だった、など、パークでは当然のことなんです。



さて、この両者の違いはどこにあるのでしょう。

我が家の行動です。
まず、春休みのピーク時ですから、大混雑することは事前に予想できることでした。
経験から、まともに行っては、どの程度の混雑具合で、パークに入ってどういう状況になるのかが読めていました。
非常に厳しい状況に陥ることはわかっていたのです。

全ては、イメージ化できていた のです。

そのため、旅行する事前の対策として、「バケーションパッケージ」という有料アイテムを使うことを選択します。
当日の混雑状況から考えて、技だけでは、対処不能だということが感覚的にわかっているからです。

そして、当日、パークに入った瞬間に、即座に全アトラクション時間待ち状況によって、当日の混雑状況をマクロ的に把握し、ミクロ的にどのアトラクションをどのように攻めるのか、計算します。

具体的には、最重要アイテムである「ファストパス」をどのように取ってどのように使うのか、を綿密に計画を練るわけです。
ファストパスにも時間制限などいくつかルールがあるので、そのルールを熟知しておくこと は、絶対条件です。
このファストパス戦略こそが、並ばずにアトラクションを攻略する秘訣である、ということは重々承知しているので、これをどう取っていくのかかキーポイントとなります。
パークを制するには、ファストパスに始まってファストパスに終わる、というぐらい重要アイテムなのです。
そして、そのあいだあいだにパレード、ショーのスケジュールを挟んでいきます。
そうやって時間制限のあるスケジュールをまず立ててから、「バケーションパッケージ」で持っている時間制限の無い「最強ファストパス」をその間に挟み込んで、全ての当日スケジュールが完成します。

こうして、パークに入って、1時間程度したら、

当日夜10時にパークが閉園するまでの全てのスケジュールは終了します。

後は、自分で立てたスケジュールに沿って、行動するだけ、となるのです。

①事前の準備

②当日の環境を見て、マクロ・ミクロの戦略を立てる


この2点をきちんと実行し、スケジューリングしたら、後は楽しむだけ で、計画にそって動くだけ

主に頭を使う作業はそれで終わりです。

ここをシステマチックにできればいいのですが、こればかりは、「天候(寒かったり暑かったり雨だったり)」「混雑状況」「個別アトラクションの待ち時間」など、当日の環境が刻々と変化しますので、その環境変化に応じて、戦略を練り直さないと、最適なものにはなりません。

寒い時には、パレード待ちや並ぶのは苦痛ですから、そこを回避する、とか、雨の日にはパレードはありませんから、それを抜きに室内アトラクション中心の戦略を作らないといけません。

雨の日に、パレードが無いにもかかわらずパレード待ちをするなど、実に愚かなことです。

環境変化に対応せずシステマチックにやると、そうなってしまうのです。

また、主力アトラクションで、意外と待ち時間が短ければラッキーだから、そこにすぐに並びに行くべきです。
しかし、そこで問題になるのは、そもそも主力アトラクションのそれぞれの平均的な待ち時間、相対的な待ち時間、力関係、どれがどの程度なら割安になるのか、といった相場観が必要となるのです。
そういう相場観がなければ待ち時間が短いから、というだけで決める初心者だと「しょぼアトラクション」に入ることになるだけです。
通常、待ちが短いのは、単に人気がないだけなのです。
主力どころのアトラクションが日頃より早く入れるからこそ、そして他のアトラクションと比較して、相対的に空いているからこそ意味があるのです。
ですので、待ち時間の絶対的目安などありません。
あるのは、日々の混雑状況に応じた相対的なものだけなのです。
ここがわかっていない人は、絶対的な基準を求めていますが、そんなものはありはしません。

価値観とは、すべて相対的なものなのです。

ビッグサンダーが2時間待ちだから、スプラッシュが1時間待ちなら割安なのです。
ビッグサンダーが1時間待ちだったら、スプラッシュが1時間待ちでも割安にはなりません。


そういう相場観は、多くの時間を実践経験をした者だけが持てる経験値がなければ決してつくものではありません。

しかも、質の悪いことに、そういうエアポケットは常に観察しておかないと、なかなかお目にかかれません。
何故なら、そういうエッジを利用できるのは、早く気が付いたもの勝ちだからです。
これは、反射神経も必要とされます。
迷っている時間などありません。
瞬間瞬間が勝負なので、数秒後には、環境がもう変化し、パークは最適化されているのです。
その最適化されるまでの瞬間こそがエッジなのです。
つまり、他人が気がつくまでが勝負なのです。
人よりも早く気がついて、先に行動することで、自分の優位性を確保できるわけです。


そして、

当たり前のことですが、そういうエッジに気がついたからといって、周りの人に声をかけるなど、とんでもないことです。
何故なら、それが有利だと気がつけば、みんなが殺到して、自分が入る隙間(エッジ)が消えてしまいます。
結局、自分も周りも誰も喜べない事態がそこには訪れます。
残念ながら、そういうエッジは、自分だけが気がついたからこそ有効なのだ、としっかり理解しておかねばいけません。
従って、みんなが見ているところに、「ここは有利ですよ。」と書かれていれば、その有利な状況はそれを自分が読んだ時点でもう消えている、ということなのです。
自分がその案内を読めなかった時点だから有効であった、という矛盾するような結末なのです。

有利、優位(エッジ)、というのは、他と比べて(他人と比べて)有利だ、という意味です。

要するに、絶対的なものではなく、相対的なものなのです。

その隙間は、大勢が気がついた時点で消える(最適化される)運命にある、とはっきりと理解しておかねばいけないでしょう。

これは、自然科学ではありません。
重力は人が気がついたからといって消えるものではない絶対的法則ですが、「あっちのアトラクションは空いている」という情報は、自分のみが持っているからこそ有効な相対的法則に過ぎない、ということです。

ここをわかっていない人が多すぎる、と思います。
だから、単に空いているというだけで行くので、しょぼアトラクションをつかむのです。

社会行動とは、人々の認識がパターンそのものに作用します。
つまりは、ソロスの言う再帰性がある、のが自然科学との大きな違いなのです。
なので、絶対的法則など、存在するはずがありません。

余談ですが、昔「抜け道裏道マップ」というのが販売されていました。
これを読んで、多くの車が生活道路に入り込んで、逆に裏道が渋滞する、という副作用がでました。
このマップは、しばらくして、販売されなくなりました。
人が知らないから、裏道なのです。
みんなが知ったらもうそれは裏道ではありません。


話をパークに戻して、また、敢えてパレードを捨てるという選択肢もあります。
大衆行動として、パレード時間には、大勢がパレード待ちに入ります。
そうすると、アトラクションはスムーズに列が進むようになるのです。
同じ待ち時間が表示されていても、パレード前には、ファストパス軍団が来ない(パレード待ちしているので)ため、半分ぐらいの時間でアトラクションに乗れることがわかっています。
みんながパレードの待ちに入った隙を狙ったこの作戦はオーソドックスですが、大衆行動の大原則を狙っているので、みんなが知ったとしても、その有効性は消えることがありません。

何故なら、この法則を理解したとしても、それでも人はパレードを見る、という行動を取るからです。
(エッジとは本来カゲロウのようなものですが、同じエッジでも、このように例外的なものが何故残るのかという理屈には実に興味深いものがあります。人に知られてもなお有効性を維持するエッジは何故存在するのか、ということのよくわかる事例です。おわかりになりますか?)

ただし、パレードをもう何回も見たからもういい、とか、子供は乗り物に乗りたがるので、そちらを優先したい、という個人的ニーズにもマッチする必要があります。

また、パレードを見るなら、パレードがスタートするホーンテッドマンションの横付近で最初に見て、終わったらすぐにアトラクションに並ぶ、という作戦も有効です。
何故なら、パレードが終わったら、大勢が一斉にアトラクションに並ぶので、それだけでも30分は待ち時間を稼ぐことができます。

このように、大衆行動を読んで、①裏を行く、②先読みする、という作戦を実行することも、パークで生きる知恵でしょう。

大衆とは、よく観察しているとワンパターンに行動することがわかっています。
ですので、大衆がどういう状況になればどういう行動を取るのか、そこを読むことが、パークで楽しむ秘訣なのです。
私は、パークに行くと、いつも人の流れを読みまくっています。
そして、どこかに隙間(エッジ)が無いか、いつもいつも狙っています。
(悲しき習い性ですね。)
そして、パークで大衆行動を読み勝ちできたときは、一人でニンマリとしていますね(笑)

エッジができるのは、瞬間勝負のことが多いので、反射的に行動できないと、すぐに優位性は埋まってしまいます。
ここでも、ベテラン同士の激しいバトルが密かに行われているのです。


また、初心者が見れば、「なんでこんなところで場所取りしてるんだろうか。」というような強烈なマニアもいます。
初心者から見れば、本当に意味不明、しかし・・・彼らは仕組みを熟知した上でターゲットを絞って攻撃してきますから、素人などまるで太刀打ちできません。
裏スケジュールまで熟知している彼らマニアは、年間パスポートを駆使して、一本釣りしてきます(何故なら年パス組は、いつも来ているので多くを見る必要がないからです。)から、その場所取りなどには、私もビビるほどです。
ショーの最高の場所を確保するために、3時間待ちなど、普通です。
彼らは、それだけを目的にターゲットを絞ってきているので、それが終わったら帰るのです。
多くを見たい遠方組には、とても太刀打ちできません。
ファタズミックの場所取りやダッフィーの写真撮影スポットなどがその一例でしょう。何時間前から場所取りしてるんだ、って感じです。
初心者から見たら、意味不明の場所に何を座っているのか、と思うことでしょう。

このように、多くを見ようとするのではなく、一本釣り狙い、という作戦は、それに特化してスペシャリストになる、ということで、他人には真似のできない専門性がそこに宿ります。
ですから、その専門性だけで、他人よりも有利な状況を自分にもたらすことになるのです。

結局、混雑をどのように克服するのか、という勝負は、人よりも如何にして自分だけを有利な状況に置けるか、が勝負どころなのですから、「どうすれば人を出し抜けるか」ということに尽きるのです。

因果な話ですが、人と比べてなんぼ、という勝負なのですから、もうこれは仕方がありません。

それよりも厳しいのは、某世界です。
そこでは、「人からいくらむしり取るのか」の勝負が日々繰り広げられているのですから・・・


このように見ていくと、実際の人の流れが見えるパークでの大衆行動を見る機会、というのは、実にトレードの参考になります。
私は、勉強も兼ねてパークに行っているようなものです。

余談ですが、見える大衆行動としては、電車で主要駅の降り口に近い車両のところは人が多くて座れない、など、大衆パターンは常に一定です。

このように、パターンとは、結果に過ぎません。
何故そのようなパターンになるのか、わからなければ、そのパターンが機能しなくなったとき、何故機能しないのかもわからずに自爆するのです。
先ほども書いたように、雨の日はパレード待ちしても無駄である(何故ならパレードが来ないから)、ということは、その理由がわかならければ、愚か者をやるだけです。
パターンだけを理解している人がこれをいつもやっては失敗を繰り返していることは言うまでもありません。

パターンやマニュアルという形だけにこだわっていると、こういう愚か者になってしまうのです。
それは結果であり、何故がないからです。


そして、3日目で疲れている時には、あまり歩かないように作戦を組み換えます。

などなど、日々の当日の環境にによっって、そして自分の都合によって、刻々と戦略を変更しないと、上手くパークを回ることはできないのです。



さて、もう一方の初心者家族は、と言えば、まずパークに入る前からの計画がそもそもありません
ガイドブックというマニュアルは読んでいても、経験がないので、感覚的にパーク内がどのようになっているのかがわかっていないのです。
ガイドブックにある乗り物はわかっていても、当日どの程度の混雑ぶりかは見えていないので、実際に経験していないから、わからないのです。

マニュアルにあるとおり行動しても、当日に、どの程度の混雑具合があって、どの程度自分たちが並ぶことができるのか、何にどう乗りたいのか、具体的なイメージは経験がないので、わかりません。
そもそも、自分の都合として、子供がいるかいないか、小さい子供か、中学生か、によっても、志向は変わります。
親を連れてきている人も多かったですが、そういう家族のニーズはパレード中心であって、ビッグサンダーは不要でしょう。
このように、家族構成1つ取っても、それぞれの属性によって、ニーズは変わります。
そういうことがあるのだから、画一的なパークの必勝パターンなど存在しないことは明らかなんです。

そして、経験が浅いと、空いている時と、混雑している時とは、パークの環境がまるで違うことなど理解しようもないのです。
空いていさえすれば、ごちゃごちゃ考える必要などありませんが、それは春休みという環境が許しません

混んでいるだろうな、とは思っていても、パークに入ってから、行き当たりばったりで、特に事前に何かを準備している、ということはありません。
さりとて、実際にパークに入ってみると、主力アトラクションが軒並み3時間待ち、となって、どうしようもなく、ただ右往左往しながら、無駄に時間を使って、結局、1時間以内で乗れる「不人気アトラクション」に何とか乗れた、ということが精一杯だったのでしょう。
目先の乗ることしか考えていないから、最も重要なファストパス戦略がそもそもありません。
大混雑の中で、もみくちゃにされて「はぁー、疲れた。疲れたけど、何も乗れなかった。」という結果に終わることになるのです。


初心者家族とて、事前にガイドブックを読んでいます。
ですから、「知らない」ということはないのです。
しっかり本を読めば、パークの知識を叩き込むことは可能でしょう。
事前に色々と考えていたはずです。
しかし、頭で考えていたことと、実際にパークに入って経験したこととは、まるで違うことだったと思います。
それは、何も乗れなかったという結果が雄弁に示しています。

同じようにパークに行って、数日間を過ごしたとしても、ベテランとは結果はまるで違いました。
何1つとして主力アトラクションに乗れずに過ごした家族と、並ばずに主力アトラクションに全て乗った家族、の違いはあまりにも大きいものです。
両家族とも、マニュアル、ガイドブックは同じように持っていて、やり方、遊び方を同じように知っていても、

結果はまるで違ったものとして、終わることになるのです。

同じガイドブックを持っていれば、同じ結果が出るはずじゃないのか、と思う人は多いと思いますが、経験値を積んで、相場観を持っている人と、初心者の認識はまるで違いますので、結果に如実に出てくるのです

一方の家族は全敗、一方の家族は全勝する、これが現実の世界です。

本でいくらシミュレーションしたとしても、そんな要領を得るには、実践を積まないと決して見えてはこないのです。

パーク初心者なら、アドバイスとしては、「経験者と相談して、システマチックにそのとおりに行動するということ」が一番でしょう。
環境変化があるので最適にはなりませんが、それでも、機械的に行動することで、あたふたして結局何も乗れなかった、見れなかった、状態だけは防ぐことができます。
上手く行けば(つまり環境がマッチすれば)、最適な結果になる可能性もあります。
本の知識だけで、初心者が余計な考えをしたところで、最悪の結果を導くだけが落ちです。
特にその場にあたって、いちいち考えていても、もう手遅れなのです。
初心者ほど、それが全くといってわかっていない、と思います。
パーク内の大混雑で、頭がパニックになって、家族同士で喧嘩になる、という最悪の事態まで招きかねません。
これも非常によくあるケースです。
そうなると、せっかくの旅行そのものすらもう台無しです。
並ぶのが辛くて泣きじゃくっている子供の姿もパークではよく見かけます。
お金を使って、子供になきじゃくられては、親の方が泣きたい気分になるだろうな、と横から冷酷に観察する私は何者だ(笑)
全ては、経験が浅くて仕方がないことかもしれないのですが、せっかく楽しみにしていた夢の国への旅行が台無しになっては残念としか言いようがありません。

このように、自分たちの属性とパークの環境をミックスして最適な解を出せるようになるには、結構なリピートによる経験値が必要になる、と思います。



さて、ここまで話をしておいて・・・ただ、落ちとしては、若干違う視点からの話もあります。
それは、要領よく回れたからいいのか、それで満足なのか、というと「遊び」なのですから、そういう効率重視には疑問がある、ということなのです。
あくまでの「遊び」なのですから、本人が楽しければ、乗り物など乗れなくてもいいわけです。
そして、なによりも、初心者ならではの「新鮮な驚き」と「感動」があることは、とてもうらやましい限りです。
できれば、ディズニーパークに関する私の記憶をすべて消して欲しい、と今回行って思いました(笑)

ただし、

遊び と 仕事 とは、違います。まるで違います。

ここを理解しない人は、遊びと仕事の区別がつかないで、自爆することでしょう。

遊びでやるなら、楽しみが主ですから、お金を使う側です。
お金を使うのなら、感覚的に、楽しんでやればそれでもいいでしょう。
いきあたりばったり、上等じゃねえか、でいいのだと思いますね(笑)
スリルを味わう、結構ですねえ。
でも、スリルを味わいたいのなら、どうか、ディズニーリゾートへ行ってください。
そちらの方が、ずっと安くて楽しいですよ(笑)



それでも・・・今回、パークに行ってよくわかったことがあります。
それは、私の悲しい習性です。

ディズニーパークへは遊びに行っているのです・・・しかし・・・

全ての行動計画が事前にきちんとスケジューリングされていないと、ものすごく不安になって、落ち着かない、のです。

その場その場で場当たり的に対処することは、非常に苦痛なんです。

朝の1時間で、帰るまでの計画が完成した時には、とてもホッとしました。
「今日はこれで終わったな。」と計画できた段階で、終了感が漂って、不安が解消されて、とてもここちよい気分になりました。

後は、行動計画の沿って動くだけです。

気分はとても楽なのです。
計画が完成した時点で、もう大方考えることは終わったのです。
実際にインディなどアトラクションに乗って楽しかったかどうか、は別問題で、とにかく計画がコンプリートしたことでとりあえずの満足感がありました

自分でできることは全てやったという満足感です。
後は、不可抗力で環境に変化があれば、それはそれでもう仕方がないことです。

自分でできることを全力でやる、そして結果に右往左往されず冷静に受け止める、何事にあたっても、これが大切だと常に感じています。

多くの人が、自分でできることをきちんとやらず、結果ばかりに右往左往されている、というのが現実の姿ですが、私はそれでは落ち着かないのです。
結果を考えても、それは未来のことなのだから、わかりません。

それよりも、今できることに最善を尽くすこと。

つまりは、

人事を尽くして、天命を待つ

という形に常に持っていきたいものだ、といつも私は考えているのです。


これが自分の性格であり、長年の仕事で続けていることの習い性でもあるので、何事につけこうなるのは、もうこれは仕方がありませんね。
と少々苦笑しながら、自分の心をパークで見つめていました(笑)



余談ですが、ホテルにはノートPCを持ち込んで、朝は私だけホテルに残って9:00~9:30のゴールデンタイムはトレードしていました。
(まあ、ノートの画面だけなので視界不良著しいわけですが。。。)
今回は、結果論では、プチ利益にとどまったので、さっさとパークに行けばよかった、といったところでしたが、それは結果として大したことがなかっただけで、大きなチャンスがあれば取れていたわけです。
チャンスを待つ、しかし、結果として大したチャンスがなかっただけ、というのは、私にとっては、「人事を尽くした」ので、それでよかった、ということなのです。
結果が問題なのではありません。
やるべきことがきちんとできたかどうか、それが問題なのです。


そういえば、旅行というのがそもそもそういうものですね。
行きの飛行機、帰りの飛行機、すべて予約済みで、空港からのバスなども事前予約済み。
もし行き当たりばったりだと、とても不安ではないでしょうか。
帰りの飛行機の予約がなし、乗れるかどうかわからない。
空港まで、バスの予約がない。
バスがいっぱいだったらどうしよう、などなど、不安の種は尽きそうにありません(笑)



最後に、ディズニーリゾートへ遊びに行っておいて、こんなことを一生懸命に考えている私は、

アホ

です(笑)

自分でもつくづくそう思います。
逆のパターンで、仕事と遊びの区別がついていないじゃないか、と言われれば、そのとおりでしょう。
これは、仕事じゃなく、遊びなのだから、もっとお気楽にどうぞ、が本来なのでしょう。

もっと、楽しめや、その瞬間瞬間を・・・今の時間は一期一会、この楽しみの瞬間こそが大切なのだ、明日はあるかどうかわからないのだから、今に感謝し、その瞬間を生きること に全力勝負せんかい、アホンダラ、と自分に言っておきました(笑)

まっ、これがスーパーリピーターであるが所以の宿命でもあるわけで。

先ほども書きましたが、ディズニーの記憶を全部消してくれ!!
人は、慣れと飽き、ということと戦わねばなりません。
サプライズと新鮮な驚き、そして感動、ということがリピーターには厳しいのです。
結婚生活なども、そういうことでして・・・あのころに戻りたい・・・あっ、これは余談の余談でした(笑)

トレードも実は同じことがあって、儲かってきた頃に、実は大失敗の原因が出てきます。
これは、慣れと飽きにより引き起こされる 驕り が主な原因です。
驕りによって、自分は勝てるようになった、という気持ちが先行して、我慢した結果やっとの利益が出ていることを忘れてしまって、雑なトレードを始めるようになるのです。
そういう経験も含めて、実践による経験値を上げないといけないので、トレードの関門は次々に出現しますねえ。


今回の記事は、珍しくトレードの話は最後の数行で、他は全てパークでの遊びの話でしたが・・・ソロス理論とパークの人間行動との結合など、お楽しみいただけましたか(笑)



コメントたくさんいただいており、ありがとうございます。
コメントのお返事など、次回にさせてください。
今回は、持って帰ってきた取れたての話題優先ということで。
あまりコメントを貯めるとしんどいですが(笑)

いつまでもおサルの温泉もどうかと思いつつ、いつもクリックありがとうございます。

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ライブ感4

2013/04/07 Sun

■スクランブル

私の超大好きな動画です。

千歳基地スクランブル

もう100回ぐらい見たと思いますが、今でもこれを見ると、何故か涙ぐんでしまうのです。
こんな動画で感動してどうするのだ、と言われるかもしれませんが・・・

何を言わんとしているのか、わかる人にはわかる。わからない人にはわからないでしょう。

でも、これができるかできないか、によって、手法などどうでもよいほどの差が出るものだ、そう思います。

先週は、まざまざとその差を見せつけることになりました。


しかし、大手の楽天証券やカブドットコム、SBI証券など、5日は大規模システム障害が出たようです。
特に楽天証券では、寄りから1時間近くも障害状態という悲惨極まりない事態に陥ったそうで、2ちゃん上では阿鼻叫喚となっています。
私は、クリック証券でしたので、まったく障害もなく、普通に取引していたので、そんなことになっているとは全く知りませんでした。
どうやらクリックは、絶対顧客数が少ないので、障害にまで至らなかったようです。

ただ、いつそれがクリックにも来るかわかりませんので、バックアップも大切だと改めて思いました。
とにかく、損切りできない状態、というのが悲惨ですから、他証券を使って両建てできるようにはしておく必要があるでしょう。




■感覚というもの

私は、西野流呼吸法に平成2年からもう23年間通っています。
途中でサボりが結構あるのでキャリア23年と胸を張っては言えませんが、習い事をこれだけ続けるというのは、何にしてもそこそこのものでしょう。

先日、指導員の方と話をしていて、私が平成2年からだ、と言うと、その指導員の方は、「私は平成7年からなので、先輩ですね。」と言われました。
私が、「キャリアが長いだけでサボりサボりなのでダメですよ。」と言うと、

「いえ、長く続けるということが大切なんです。キャリアの長さには絶対に勝てません。」

ときっぱりと言われました。
前に、他の指導員の方からも同じことを聞いたことがあります。
いくら熱心に稽古しても、やはり年数には勝てないのだ、という話でした。

確かに、サボっていても呼吸法体質というのは、体に染みついています。
なので、しばらくサボっていて、久々に稽古に行っても、すぐに前と同じような状態になっています。

これは、例えば、スキーなどもそうでしょう。
シーズン最初にスキーに行ったとき、1年ぶりだからといって、全然滑れないか、といえば、最初の1リフトぐらいは感覚に戸惑いはあっても、数回リフトに乗れば、すぐに感覚は戻ってきます。

自動車の運転もそうでしょう。
しばらく運転しなくても、運転の感覚はきちんと保てているはずです。

ただし、見てるだけではダメです。実際にスキーを滑らないと感覚は戻らないし、車も運転してこそ感覚は戻ります。


それと、自動車ではっきりわかるのは、教習所を卒業して、すぐに運転しなければ、ペーパードライバーになってしまう、ということです。

つまり、

ある程度のレベルまで感覚が身につかなければ、その感覚は戻らない

ということがはっきりしています。

これは、スキーでも同じで、数回スキーに行っただけなら、数年も滑らなければ、ペーパースキーヤーになってしまうでしょう。

西野流呼吸法も同じだと感じます。
実は、呼吸法を紹介しても、10中8~9は無視されますが、稽古に行ってみようという稀有な人でも、稽古に通って数か月でやめることが非常に多いです。
色々と理屈は言っていますが、頭で考えても理解できないからだと思います。
西野流は、頭で考えてはダメなんです。
人は小理屈が大好きですから、自分の理解できる理屈がとおらなければ、「それはなかったものだ」と排除しようとします。

こういう始めて数か月の人は、ペーパードライバーと同じで、まだ呼吸法体質が身にはついていないので、せっかくちょっと通っても、ペーパーになってしまって、残念な結果となります。

じゃあ、体質が身につくまでどのぐらい通えばいいのか、というと、やはり1~3年というところなのでしょうか。

スキーでも、雪面感覚、滑走感覚が身に着いたレベルと言えば、せめてボーゲン卒業レベルぐらいだとすると、5日間程度の滑走日数は必要なのでしょう。

このように、感覚というものは、時間を経ないと絶対に身につかないことがわかります。

実は、相場も同じなんです。
人は、頭で理解しようとばかりして、小理屈を散々に並べたてますが、そういう理屈ばかり言っている人ほど、下手な人が多いのは、どの世界でも同じです。

机上の空論と小理屈をいくら振り回しても、相場で勝てるようにはならない、ということは、私の経験上はっきりしています。



それから、呼吸法でもう1つ言えることは、通い始めて、超熱心に稽古に通うようになっった人に起こりがちなのですが、何かのきっかけである日突然来なくなったりします。
それがケガであったり、病気であったりすることもありますが、いきなりブチ切れするのです。
これも結構多いタイプです。
熱しすぎて、はじけ飛んだ感じです。
最初は、あれだけ熱心な人が何故、と思うのですが、これも本人に聞くといろんな小理屈を言いますが、結局やめてしまって、続きません。

熱心に、というところで、その人は結局無理をしていたのだと思います。
そういう無理を続けることができなくなって、どこかで切れたのでしょう。


私のように、「細く長く」というタイプが最後に残っているのは、先ほども書いたように、継続こそ力なのだ、という指導員の言葉に沿ったものと思います。
うさぎとカメで言えば、カメタイプが私です。
最初はのろのろでも、結局ずっと続けていること、これがポイントだったりします。
細くてもいいから、続けること、これが呼吸法のコツだったりする、と改めて思いました。


さて、この話も相場に完全に当てはまります。
上げ相場になると、土のなかからゾンビ投資家が現れてきます。
彼らは、評価損を大量に抱えて冬眠しているのですが、上げ相場になると、それが一部氷解するので、ゾンビ出現となります。
そして、しばらくは地上で踊っているのですが、それもしばらくのことで、また、大量の評価損を抱えて、地面の下に冬眠することになる運命を背負っています。
こういう投資家がものすごく多いです。
というより、ほとんど、と言うべきでしょうか。

地表に出たときは、彼らはセミのようにミンミンうるさいですが、7日間もすれば、彼らは死にますから、また静かな相場が戻ってきます。
大部分の期間は、土のなかで評価損を背負ってセミの幼虫のように地中で暮らすのです。

つまり、一時的には儲けることができても、

絶対に続かない

のです。

そういう、多くの投資家が土のなかで眠っている時にでも、地上で常に活動し、細くてもいいから常に利益を得ることができる一部のトレーダーにこそ、なりたいものだと思います。

時代のあだ花的投資家にはなりたくないものです。

細く長くでいいから、どんな局面であっても続けられるような相場を張ること

これがトレードのコツだと私は思っていますし、そのように常に心がけているところです。
呼吸法と同じく、長く続けて行けるように、ゾンビにならないように、常に思っていることなのです。

土の中へ戻るのではなく、地上で踏ん張る努力をするべきです。
そのためには、何が必要なのかも、わかっているはずです。
わかっていてできない、知っていても実行を伴わない。
それが、相場の難しさなのでしょう。

コメントまた持越しです。すみません。


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ライブ感5

2013/04/09 Tue

■コメントなど

コメントのお返事が遅くなってすみません。
色々と書きたいことも多いので、遅くなりましたが、長くならないように、ポイントだけ書こうと思います。

古いコメントから順番にお返事書いています。
まだの分もありますが、追々書いていきます。


> あらなみさんこんばんは。FX暦1年弱の初心者ですが、林さんの3ヶ月周期と立花さんの逆張の間違った解釈に関して気づかせてもらったこと本当に感謝しています。今は、立花さんの5%逆行(総資産の5%逆行で損切)と、乗せは総資産の3分の1に設定し、ボーヨーダーさんのMPO計算で出した数値以上の利確を守りながら、コツコツコツをしないようにし、トータルで収益にもっていけるように練習中です。今やっている立花さんの解釈が合っているのかはわかりませんが、当てることが無理な以上、5年後に収益が出せるように練習しか無いと思いトレードしています。羊飼いのFX⇒ZAIのFX本⇒FXのヒロト⇒林さん⇒板垣さん⇒立花さん⇒とスライドしてきましたが、短期間であらなみさんのブログにたどり着けたのは本当に運が良かったと思いますし、本当に感謝しています。いつもブログの更新を心待ちにしています。


ご参考にしていただき嬉しく思います。
こうやって、「参考になった、目が覚めた」と言ってもらえることが、私にとっては、記事を書いてよかった、と思える瞬間なのです。
私の記事を読んで、その内容を理解された、ということは、辛い経験をされたのだと思います。
ただし、立花さんの解釈については、私なり、の解釈であって、直接立花さんに聞いたものではありません(笑)
ただ、私は立花さんの本を数百回読んだ私の感想として、どう読んでも「トレンドに乗っていこう」とする売買としか読めませんので、私なりにそう解釈しているわけです。
本の末尾にあった場帳を読まれましたか。
一度それをグラフに書いて、立花氏がどこでどう売買したのか、チャートで検証してみられてはいかがでしょうか。
トレンド転換と確認すれば、一気に損切りしている、というところをしっかりと読むべきです。
そして、トレンドに沿って、ポジションをドテンしているところ、とか、そういう部分を読んでください。

実にトレンドフォローの売買です。

これをトレンドフォローと言わずに、逆張りと言うから、死者続出本と悪口をたたかれるのです。

チャートを持ち出すのは邪道だ、場帳で読むのが正道だ、という立花ファンの意見もありますが、初心者にはそれは無理というものだと思います。
立花ファンの方には、異論も多いと思いますので、そこは「あらなみ流」だ、ということでご勘弁願います。
立花ファンの方は、立花本をそういう相場の読み方やトレンドの解釈といったものではなく、あくまでも「分割売買の教科書だ」という理解をされておられます。

ただ、初心者の方がそういうファンの解釈を読んでも恐らく何のことやらわからない、と思いますので、私なりの解釈をさせてもらいました。
ですので、そもそも「間違った解釈だ」という、何が間違っているのか、というのは根拠がないことでもある、とご理解ください。
あくまでも、「あらなみはそう考ええている」ということなんです。
ただ、無限ナンピンの勧め、と読めば、恐らく、

地獄への切符をこの本で手に入れた

と同じことになるのは必定ですので、ここは私流に従った方が無難だとは思います(笑)

そうは言っても、そもそも、「手法や具体的やり方」しか立花本から読み取れていないから、間違った解釈になってしまったのだ、ということも、大いに反省すべきだと思います。

厳しいようですが、相場にハンディはありませんので・・




> あらなみさん、こんばんは。
> トレードの心理面のことは、現在もまだまだまったく自覚が不足していると痛感していますが、以前はそれがなんのことを指すのかさえわかっていませんでした。
> 超短気ということもないし、自分にはあまり関係ないのでは、とさえ思っておりました(汗)。
> トレード中のなにもかもが、もう次の瞬間には自分に影響を与えていて、意識しないで素でいると、いつのまにか確実にニュートラルではなくなってしまいます。
> 必死で意識を張りつめた状態でやっと、自分を維持することがなんとかできるような感じです。
> つい先日経験しましたが、トレード以外で、心奪われる心配事などがあるともう全くだめでした。
> トレードは本当にきわめてデリケートなバランスの上に成り立つのだなぁと思いました。
>
> >拝金主義とは、自己中心的相場をやる
>
> 相場とは、つまり大勢の他者の都合、事情で動くんですから、他者の都合をどれだけ汲み取って受け容れられたか、他者を中心にすえて考えてトレードできたかということが大事なんですね。
>
> いつも丁寧なお返事をくださってありがとうございます。



コメントは、私にとって記事のヒントでもあり、また、読んでくださっている方の疑問を代表しているものでもある、と理解していますので、大切に1つ1つ読んでいます。
言いたいこともいっぱい出てきます。
(そのためお返事が大変遅れて申し訳なく思っています。)
さて、トレード心理ですが、これは特に損益トントンクラスからその上に上がろうとするときに、より重要になってくるものです。
最初は、「どうやって売買すればいいのか。」というやり方にしか頭に回らないものですから、トレード心理など、たわごとぐらいにしか思えないものでしょう。
しかし、経験を積めば積むほど、次第にトレード心理の重要性に気がつくものだと思います。
というより、それがほぼ全部ではないのか、とも思えるほどでしょう。
トレード心理といっても、幅は非常に広いものです。
例えば、勝った後に負ける心理、とか、負けて熱くなって切れる、とか、そういうところから、驕りとか、すべて1つ1つ自分で何度も経験しないと見えてはこないものばかりです。

だからこそ、つまり 心理的成長を待たねばならないからこそ、トレーダーとして成長するには時間がかかる のです。

手法で稼げるのなら、手法を覚えればしまいですが、そうでないから、繰り返しの実践と時間を要する、ということになるのです。

拝金主義ですが、そういう難しい話もありますが、もっと単純に考えて、

相場が儲けさせてくれるのであって、自分の都合で何とかできるものではない

という単純なものでしょう。
今日は時間があるからデイトレしてみよう、という自分の都合では相場は動いてはくれないのです。




> 割りと器用な方でしたので、相場でもある程度の成果を得られるだろうと思いっきり舐めていました。すぐに継続的な利益を期待していたわけではありません。ただ取ったり取られたりでイーブンくらいを想像していました。最初の頃は。それがいかに甘い考えであったことか。始めてすぐにわかりました。これほど一方的にやられるとは思いませんでした。今まで色々な事に挑戦した中で相場ほど悔しい思いをさせられたものはありません。これほど劣等感にまみれた体験を生まれて初めて味わいました。皆さんがおっしゃっている「自分だけは特別、自分だけは勝てる」まさに自分の事です。なんとなく気恥ずかしい思いがします(笑)
> なぜ自分だけ勝てない?なぜ勝てる人は常勝なのか?なぜ自分はだけは毎日毎日負けるのか。何故何故自分が買うと下がり、売ると上がるのか??
> 逃げ出したい、でもこのままでは終われない。負けられない戦いの中での悪循環。退路を絶って石にかじりついてでも、という心境でした。そんな時に「あらなみの相場技術研究所」と出会いました。もっと早く知りたかった。一方でもしかしたらちょうどいい時期に出会ったようにも思えます(改めて感謝)。相場技術研究所では自分の安易さ、心構えの甘さや欲深さなど気付かされました。あらなみの里では、何故か少し気を楽にしていただいて(笑)、トレードは目的でなく手段だということに改めて思いを至らせるきっかけを頂いたりしています。(もちろん本題のトレードへの取り組み方のヒントもいただいてます)
> 今はもう少し楽しみを置いて、必死にトレードを見つめていたほうがいいような気がしますが。いずれにせよあまり頭を固くせずに人生を楽しむことを忘れないようにしなければいけませんね。



いつもご参考にしてもらえてうれしく思います。
みんな同じなんですね。
みんなが「自分だけは特別だ」と思って相場を始めます。
そうでなければ、相場を始める人などいません。
何故なら、周りの経験者は全て「負け組」であって、「勝ち組」など一人もいないはずだからです。
親戚の一人や二人は、相場で悲惨なことになった、という人は多いのではないでしょうか。
その一方で、相場で成功してお金持ちになった、という知り合いなど一人もいない、というのが現実でしょう。
一時的には、相場で儲けても、最後は決まって悲劇が待っています。
それが相場界の本当の姿なのです。
そんな中で、相場を始めよう、とするのですから、それは無謀以外のなにものでもありません。

実は、野川氏も言っておられますが、相場で最悪の経験とは、

相場を始めて最初に利益が出ること

なんです。

これが最悪です。
何故なら、間違って利益が出たことを、自分の実力だと勘違いして、驕り、そして、その後に例外なく最悪の結果を出すことになることが明らかだからです。
ほとんどこの悲劇に例外はありません。
前のネットバブルの時も、数億円儲けて、本を何冊も書いた人のその後の悲惨な末路など、事例に欠くことがないぐらいです。

最初にぼろ負けする、という最高の経験をされたのですから、そこでやっと目が覚めたのだ、と思います。
最初に勝っていれば、私のブログなど読む機会もなかったでしょう。

未だに、安易に、この本を読めば大儲けできる、という本が巷にあふれています。
古今東西この手の話は永遠に続くことだと思いますが、1000円の本を読んで、それだけで1億円儲かる、というような話は、どう考えても眉唾だと思いますね(笑)
もしそれが本当なら、日本中大金持ちだらけになる。
世間で、相場で負ける話など消えてなくなる(笑)

特にFXの世界は、黎明期でもあるので、「ディーラー時代は、負け犬でほとんど稼げなかった人」が、「私はディーラーだった」といって、本を書いたり、セミナー講師をしたり、大胆な予想書いたり、とちょっと引いてしまうようなことが結構あります。
こういう人の本を読むとわかるのが、「わからないはずの将来をいかにもわかるように書いている」という特徴があります。
私が読んでも、何を言おうとしているのか、得体が知れない予言の書のようなものを書いている、という人も結構います。

いずれも、将来がいかにも予測できる、というテーマで本が構成されています。

そういう本を読むと、だからこの人は実践ではダメなのだ、ということがわかるのですが、それでも初心者が読めば、「いかにも将来を見通せる力を持っているように感じる」ために、そこに引かれて誤った方向へ導かれる、恐れが高いように感じます。

こっちの水は甘いぞ、という本のほとんどは、地獄への道案内書だ、と言ってもいいのかもしれません。

「こうすれば勝てる、勝てる手法を紹介している」という本を書いている人が、そもそも相場で勝ったことがない、という人だ、というギャクなのか、ブラックジョークなのか、ということが結構多く、しかも、そういう本が人気書籍になったりしているという話なので、その人はそもそもどういう理屈で本を書いているのか、私は理解に苦しみます。

まあ、書いていることを読むと、空理空論のチャート分析やありきたりなパターン認識の話が多いのですが、それがまた「手法」「具体的やり方」として、個人投資家の人気が出たりするものです。

成功しているトレーダーであれば、せっせと何冊も本を書く暇があったら実際にトレードして稼いでいますし、FX会社の紐付きになってセミナーなどやる必要もありません。

本の著者やセミナーをしている人の多くの実態とはこんなものですから、世間の多くが勝っている、など完全な誤解です。

私が言いたいのは、こういうそもそも負け犬の人が、いかにも「簡単に相場で勝てますよ」的な話をして、初心者を呼び込もうとすることです。

相場で勝てている人の話に、甘い話など一切ありませんから、FX会社、証券会社は、逆に相手にしないのです。
「相場は厳しい、厳しいからやめておけ、損するだけだ」などと言われては商売にならないからです。

安易に「相場は予測できます。」「こうしたらすぐに勝てます。」「勝てる手法とはこういうものです。」「今お勧めの銘柄はこれです。」など、簡単に紹介してくれる「元負け犬ディーラー」「負け犬評論家」こそが最も業者サイドに立った「広告塔」として使い勝手がいいのだ、ということなんです。

話がずれましたが、ぼろ負けスタートとは、いいスタートを切られた、と思います。
トレードに必要な能力とは、

我慢強さ、と自己規律、そしてゴールに向かってあきらめないこと

だと思います。

書いておられることを読めば、そういう力をお持ちだと思いますので、頑張ってください。




> あらなみさん、こんばんは。
> 家族旅行中に記事の更新があるとは・・・。
> 今回の記事はとても勉強になりました。
> 実は1月の連敗時に初めて泣きました。
> 当時は平静を装いつつコメントしていましたが、結構きつかったです。
> 損切りは小さくできていたので良いのですが、連敗続きで心理面でかなり不安定な状況となっていました。
> リスクを取るのがこわかったです。
> 資金をなくすとトレードができなくなるので余計にこわかったです。
> 今はどうにか乗り越えられた感じですが、まだまだこれから色んな経験をすると思います。
> これからも余計な回り道だけではしないように気をつけたいと思います。



書かれているコメントを読むと、勝ち負けにこだわりすぎているような気がします。
勝ったか負けたか、というのは、時の運でもありますので、それは、実は大した問題ではありません。
それよりも、「自分が本来やるべきことをしっかりとやれたのか」ということに重点を置かれてはいかがでしょう。
もちろん、試行錯誤していて、「何をやるべきかを模索している状態である」ということもあるかと思います。
しかし、プロもしくはセミプロであるのであれば、その段階は終わっていると思うのです。
もし負けが続くようであれば、自分のやろうとしていることと、相場の値動きが全くかみ合っていない、ということなので、一旦休止して様子を見る、ということも必要でしょう。

このように、何故負けるのか、というと、大きく分けて2つあります。

①自分がやろうとしていることと相場がかみ合っていない、もしくは、相場が変化してそういうやり方が通用しなくなった

②やるべきことができていない、もしくは、心理面で崩れてしまっていらんことをしてしまっている(取り戻そうと無理をするなど)


まず、この見極めをしっかりとされて、「何故勝てないのか」ということをきちんと検証してみるべきです。

私の言う検証というのは、なにも「手法ややり方」の検証だけではありません。
どういう理由で勝てるのか、負けるのか、という検証は、もっと幅の広いものなんです。

ですから、負けた、といっても、やるべきことがしっかりできており、たまたま相場が思ったように動かなかっただけ、なら、まったく問題がありません。
自分が悪いのではなく、たまたま相場が違った動きをしただけ、だからです。
特に今のような一方通行の相場は、意外と苦手にしている人も多いです。
というのは、一方通行の動きに最適化されると、相場の95%を占める行ったり来たりの動きで大損するからです。

自分には、どういう動きなら取れて、どういう動きを苦手にしているのか、を理解しておくことは、とても重要です。
それがわかってさえいれば、得意な時に攻めて、苦手な時には休む、ということで、自分を相場の流れに合わせることが可能になります。
どんな値動きでも取れる、というような全天候型モビルスーツを望むのは無理筋というものでしょう。

しかし、それでも、相場が変化して、もう自分が今やっているようなトレードは通用しなくなった、という時期はいずれ訪れます。
また、心理面で崩れて、本来やるべきこと以外のことをやって去っていくトレーダーも非常に多いです。
特定の相場展開だけに最適化されたトレーダーは、その特定の時期が終われば滅びます。

一旦勝ち組に回っても、すぐに負け組に逆戻りする理由には事欠きませんが、それを自分で見つけ出し、常に修正していく努力を続けなければ、残ることは難しいのかもしれません。

相場は、過去からずっと変化し続けている、という点においては全く変化していません

厳しいようですが、これが現実です。


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ライブ感6

2013/04/14 Sun

だいぶ追いついた。。。

> こんにちは、以前のブログから拝見しています。
> 実弾で1000本ノックしないとわからないことは多いですよね。
> 私の一番多かったミス(今もたまに出ますが)、
> 直前のLCで冷静さを失ってしまい、取り返すために、
> 「エントリーポイントを無理やり探す」ことでした。
> 後で冷静に考えれば、入るはずのないポイントでエントリーし、連続LCというパターンです。
> 何処かの本で「報復トレード」なんて名づけられていましたが。
> 実弾で入らないとこういうのもわからないですよね。



これもトレード心理の一部ですが、非常に多いパターンです。
熱くなって、我を忘れてしまう。
ブチ切れてしまう。
そうなると、もうその人は、トレーダーではなく、ただの阿呆です。(生き残りのトレーダーより)

切れてないっす、切れてないっす

というのがキーワードになりますが、「後で冷静に考えて、やるべきでなかったことは、結果がどうであれやってはいけないトレードである」ことは間違いありませんね。

ここでは、結果がどうあれ、というところがポイントです。
結果論で相場を語ってはいけません。
それこそが、拝金主義です。

これも、結局、自己規律と我慢強さ、の問題になるでしょう。





>専業の苦しさについてのコメントについての書き込みがありました。



あまり個人的なことは内諸モードか、メールフォームの方がいいのかもしれません。

実は、専業かどうか、といのは、生活費のプレッシャーに大きな違いがあります。
私は、デイトレーダーの成功のカギの1つは、「独身、ニート、パラサイト」だと思っています。
これは、いずれのファクターもリスクが最小限だからです。
つまり、トレードで失敗しても、たちまち生活苦に陥る恐れがほとんどないわけです。
もともとニートなのですから、トレーダーになっても収入が落ちるリスクがありません。
しかも独身で家族の生活費がかかりません。
そして、親にパラサイトしていたら、収入ゼロでもやっていけます。
トレードで勝ったら小遣いが出る、という状態は理想です。
奥さんが働いており、生活費の心配ががない、という状態もとてもいい条件でしょう。
年齢的には問題がありますが、年金暮らしの人も条件としてはいいでしょう。
(ただ、生活費を確保できている、ということで、逆に安易に流れる傾向があるが。。。)

この条件下であれば、デイトレーダーとしての成功確率は、この逆の立場の人と比較して、格段に高いことははっきりしています。
プレッシャーから解放されると、負けるリスクを恐れることなく自由にトレードが可能ですし、生活費の重圧からトレードで無理をする、すなわち自分の都合での売買に手を出してしまうリスクも低いです。
つまり、生活費のプレッシャーから、拝金主義に陥って、敗北する、というパターンに陥る、ということです。

このように、腕はあっても、生活費の重圧で、トレードの手が狂ってしまって、退場するトレーダーは非常に多いです。
よほど大金を持って専業にならない限り、成績として年率で10%や20%では生活できません。

というより、そもそも、大金を持っているのなら、デイトレーダーなどにはならないでしょう(笑)

資金に対して30%以上、場合によっては100%の成績でやっと生活費がカバーできる、という人も多いと思うのです。
かなりのプレッシャーがその時点でかかります。
資金を残して行こうとすれば、さらにそれ以上の成績を残さないとダメなのです。

こういうことから考えると、株のデイトレを兼業する、というのは、無理ですのので、今は、FXを兼業で始めて、安定して利益が出るようなら、専業になる、という選択肢も可能な時代ですから、そこへ挑戦されることがいいのかもしれません。



さて、ご質問の件です。

私が、ブートキャンプを卒業したのは、2000年の8月です。
過去のブログを読んでもらればわかりますが、ブートキャンプ以前までは、負け犬でしたから、専業のはずがありません。
そして、ブートキャンプ以降は、数日~2週間程度のスイングトレードでしたが、年間で負けることはなくなりました。
私が専業に移行したのは、それから数年後です。
何故専業になったのか、というと、20代のころから、元々投資家というものを目指してずっと努力を続けていたことが一番です。
そのきっかけとして、スイングで利益を出せるようになったことと、デイトレードに移行したかったから、ということ、そして、何よりも自由な時間が欲しかったということです。
しかし、私には、「家族、しっかりとした仕事、独立生計」という高いハードルがありましたので、それでもキャンプ卒業からしばらくの時間がかかりました。

この決断には、時代の環境変化という要素も非常に大きく影響していました。
株式手数料の自由化が1999年10月からでした。
キャンプ卒業とほぼ同時でした。
それから、株の短期売買が可能になったので、それ以前には、そもそもデイトレードしたくてもできなかったのです。
また、1999年当初はそうは言っても手数料はまだまだ高く、システムも整ってはおらずで、デイトレードが簡単にできるという環境ではありませんでした。
しかし、徐々に競争が激しくなり、数年後にはデイトレ環境が整ってきました。
また、ネット環境も高速通信が整ってきた、ということも非常に重要なファクターでした。
今では当たり前ですが、インターネットというのも、そう古くはないのです。
当時は、FXはまだ黎明期だったので、夜にデイトレということはできない時代でしたので、デイトレとなると、専業でしか対応できない、という理由もありました。
とにかくやっとデイトレ環境も整いました。ここがチャンスの時でした。

とは言え、デイトレというのは、慣れない世界。
最初は戸惑いながらでしたから、リスク管理はしっかりできていたので負けはしないものの、なかなか勝ち切れない状態が続きました。
月間では負けていないといっても、生活費の一部をカバーするのがやっと、という月も多く、苦しい状況がしばらく続きました。

そもそも、私が専業でデイトレードに移るにあたって考えていたことは、

始めてから3年経って、それでもダメだったら兼業に戻るか、スイングをやるか改めて考えるが、3年間はとにかく踏ん張る


ということでした。
トレードの厳しい世界を知っているので、スイングで勝てるようになったからといって、別のことを初めて、半年やそこらでモノになる、などといった甘い考えはそもそもありませんでした。

これは商売とて同じでしょう。
料理の修行をして、腕が一人前になって独立する。しかし、独立して店を持ったとしても、最初の半年、1年は常連もいなくて、赤字なのが普通でしょう。
何とか商売が軌道に乗るのはやはり2~3年はかかるのではないでしょうか。
そういう計算がなければ、そもそも甘いと言われても仕方がないと思うのです。

慣れているスイングに戻ることも少しは考えましたが、短期に慣れると、その時間軸を伸ばすのは難しいものです。
そして何よりも、デイトレの収益の安定性と、精神的安定感(夜持越しが無いので)の魅力は大きいものでした。
イマイチながら、可能性は感じていました。
とは言え、四苦八苦の時代は数年続きます。
何故なかなか稼ぎ切れないのか、ということで、大いに悩みました。
ブログを始めたのもそういう時期でした。
当時のブログを読んでもそういう悩みを書いていることもありました。

ただ、当時どうしてもわからなかったことで、今でははっきりわかることがあります。

それは、

経験年数、時間薬、経験値の偉大さ

です。

石の上にも3年、ということはよく言ったもので、年月を経ないとどうしても見えてはこないものがある、ということなんです。
本気で取り組んだとしても、時間を経ねば決して見えない世界があるのです。
これは、①対象に対する専門知識、②心理的ないくつもの壁の克服、という両面となります。
そもそもスイングとデイトレとは、やはり違います。
スイングとイントラの値動きを取ることとは別の世界で、スイングの経験ももちろん参考にはなりましたが、やはり一からスタートでした。
デイトレという世界の知識があまりにも不足していたのです。
今では当たり前とわかっていることが、当時はまるでわかってはいませんでした。
こういう対象物に対する専門知識の欠如は致命的ですし、そういった専門知識は一朝一夕で身につくものではありません。
(ここで言う専門知識とは、イントラの値動きの特性など、全般のことを言う)

スイングとデイトレとは、車でいつもは通り過ぎているところを実際に歩いたらわからない、ということのようなものです。
そもそも、自分の家の周りを歩いた時と、知らない場所を歩く違い、と言うことがあります。
日本の中を歩くのか、海外の街を歩くのか、の違い、と言えばいいでしょうか。
フランス上空を飛行機で飛んだからといって、パリの街の隅々はわからないのです。
しばらく住んでいれば当たり前のことでも、知らない土地のことはやはり時間がかからなければわかりません。

土地勘なるものは、簡単には身につきません。

土地勘がないために、不必要なリスクを背負ったり、知っていれば防げるようなケアレスミスを連発するのです。

そういうロスを1つ1つなくしていくプロセスが上達というものではないでしょうか。

「ビブリア古書堂の事件手帖」を見られた方がいればわかると思いますが、①対象物に対する高度な専門知識、②洞察力、の両面が揃ってこそ、栞子の推理もまた成立するのです。
トレードとて、まったく同じです。
洞察力があっても、専門知識がなければ、使いようがありません。


そういう専門知識とともに、デイトレ特有のトレード心理面の克服も大変でした。

そして、さらに専業のプレッシャーを克服する、ということもありました。
専業でなければ、負けても給料が別に入りますが、専業だと、負けは死を意味します。
この違いは、余りにも大きいものです。
3年は踏ん張る、とは決めていたものの、想像以上の重圧でした。
兼業時代は、負けても気にもなりませんでしたが、専業になってからは、その何十倍もの重圧がかかります。
ある程度覚悟はしていましたが、お金に追われるプレッシャーをこんなに感じたのは、生まれて初めての経験でした。
生活費は確実に出ていく一方で、トレードの稼ぎは不安定。
胃が痛くなりました。
ただ、こういうことも私の場合、時間が克服してくれました。
時間薬とは、大したものです。

こういう経験をしていますので、私より遅れて始めた人もいますが、その人には見えていないもので、私が見えていることは、時間差による経験値の違いから来るものがほとんどだとわかるのです。
そして、恐らくその人が今悩んでいることは、数年も経過すれば、見えるようになることでしょう。
2年目ぐらいに一山やってくるのが普通なのだと思います。
このまま苦しい生活を続けていて、どうなるのか、という将来への不安がよぎるころです。

そして、その山を克服できずに、去っていくトレーダーの方が多いことでしょう。

そういうことを簡単にクリアできる人は才能のある人ですが、そういう人はほとんどいません。

私は、至って才能の無いタイプですので、いきなりすごい利益を叩き出す、などできようはずもありません。

とにかくコツコツコツコツと続けて行くうちに、気が付いたら、という経験しか積んではいないのです。
そういう経験を積むことで、昔は1ヶ月かかっていたものが、1日で取れたりするように、「気が付いたら」なっているのです。
やっていることは、最初から同じようなことなのに、気がついたら、結果だけが変化しているのです。

その間に、野川氏にアドバイスを何度も受けましたが、実はそれによってそんなに大きな変化はありませんでした。
言われていることは、今考えれば全て正しいことばかりなのですが、当時の自分の経験値が足りずに、受け入れる素地がなかったのです。
これは、ドラクエで経験値を上げないと次のステージに上がれないのと全く同じです。

こういう自分の経験を踏まえて周りを見ると、やはり同じように「真剣に相場に向き合ってから2~3年でやっと芽が出る」というケースが余りにも多いことに気がつきます。

ただ、それ以上に目にするのが、2~3年も経たずに枯れてしまう、というケースなのですが・・・これは、そもそもの覚悟が足りない、つまり、相場を甘く見ていた、自分ならすぐにでも儲かる、という根拠なき自信の裏返しでもあると思います。

デイトレードを本気で初めて、1年目、2年目でガンガン利益を出せている、という人を私はこれまで見たことがありません。


とにかく、こういう私の経験は、特別な才能があって、いきなりトレードで勝ちまくっている人のものよりも、普通の人にとってはよほど参考になるものではないか、と思うのです。




> あらなみさんこんばんは
> 自分も頻繁に「自分だけはトムソンガゼルじゃない症候群」になりかけるますが、あらなみさんの記事のおかげで毎度鏡を見つけることができるので、自分の姿を確認でき、なんとか相場を続けられています。



相場で一番の問題は、驕りだと思っています。
驕り病による症状はあらゆる点で、心を蝕んで、最終的には損失という形でその病魔を突きつけられる結果となるのです。

私は、人の本性とは、そもそもトムソンガゼルなのだから、それを如何にして克服するのか、ということを常に努力し続けなければ、生き残ってはいけない、そう思っています。
ちょっとでも油断したら最後、本性むき出しで、ライオンに食われるだけです。




> 押しつ戻りつ混雑しているけど、そのうち”絵”の描ける点が現出することに気づき。。。ローソクパークでは
> おくあん先生のおっしゃっていた結局アートとはもしや

> 。。。で、極めて曖昧な”絵心”で売買しております
> しかしながら180度利益背反で成立している世界だからなのか、半分に来たとか半分からとか、ボラティリティにおいてはシンメトリーが隠されているおもしろい絵でありますね(笑)



芸術的表現でわかりにくいところですが・・・
半値戻し、半値押し、そして、N型などの反転相似形などを表現されていると伺いました。
これは、アダムセオリーという概念でもあります。
色んな相場認識がぶつかり合う世界ですので、その中で、ご自分の見つけ出した相場の見方でそれぞれがトレードするものだ、と思います。
絵は絵として、そうなったときにどうするのか、そうならなかったらどうするのか、ということをあわせて、如何に実践に結び付けられるか、ということになるのでしょう。




> あらなみさん、こんばんは。
> 一本釣り狙い。
> これが連敗以降のテーマになってます。
> 自分の狙っているモノだけをしっかり狙うことを心がけています。
> それ以外は捨てるという考え方も徐々に身に付いてきました。

> 何を狙うのかによって順張り・逆張りと使い分けしています。
> 以前の1000本ノックはひたすら順張り、それもブレイク狙いやブレイク後の動きだけでしたが、FXだと臨機応変な対応が必要だと感じひたすら練習してます。
> 銘柄・時間帯が絞られるわけですから、相場に合わせた対応が必要です。
> まだ兼業ではないので、午前中の利益はボーナスという認識でやってます。
>
> 今までは単純にパターンを繰り返すだけでしたが、FXをやることでトレードプランの重要性を実感しました。
> 最初に自分なりの値動きのイメージがないと、順張り・逆張りのどちらでトレードするかも決まりません。
> 今やっていることは新しい土台を再度作っている途中だと思います。
>
> トータルで負けることはなくなり勝ってますが、生活費を上回る結果を継続的に残せません。
> 不安定な結果なので、どこかで調子を崩すと生活費のプレッシャーに負けてしまいますね。
> このままだと資金を飛ばす可能性もあるので、とりあえず兼業に戻ります。
> これもリスク管理の一部と自分では思ってます。
>
> もっと安定して結果が残せるようにひたすら練習します。
> とりあえず負けない様になっていますので3年前に比べたら大きな進歩です。




私の認識では、株とFXとでは、かなり違います。
もちろんチャートのパターン認識などは同じなのかもしれませんが、それ以外のことがまるで違うのです。
チャートは確かに似ているのかもしれませんが、対象物の特性や特有の取引慣行、情報、などなど違いはすごく多いです。

そもそも、スプレッドの位置づけがまるで違います。
FXでは、投資家はスプレッドを取られるばかりなのですが、株では、自分がスプレッドを取る側に回ることもできます。
成行注文を利用して、1買い2やり、でスプレッド抜きをすることも可能なんです。
FXでは、常に抜かれる側にしかなりません。
この差は結構大きいと思います。
この種のトレードは、アルゴとの戦いとなるので、昔ほど楽ではありませんが、しかし、アルゴとて所詮は機械のこと。
値動きの特性を理解すれば、単純な特性があることがわかります。

私は、個別株専門に近いですが、その理由はこういったチャートのパターン認識以外のことにあるからです。
前に石の上にも3年、ということを書きましたが、それは「専門性を持つ」ということの裏返しでもあります。
ある程度、専門を絞って、これを極めるのだ、という形にしないと、あれもこれも手を出しているが、結局何も身につかない、といことにもなりかねません。
やはり、スペシャリストには負けます。
株といっても、多彩な銘柄があるので、それぞれの銘柄や分野でのスペシャリストもいます。
そういった、スペシャリストの豊富な経験と知識は、一朝一夕でできるものではなく、彼らがそういう経験値の上で勝負してくるのですから、一見さん(いちげんさん)など、ひとたまりもありません。

ただ、株のデイトレとなると、どうしても専業問題があるので、最も敷居が高いと思います。
資金力も今年からは信用取引規制の緩和で楽になったとは言え、やはりそれなりに必用になりますし、時間的制限も厳しいです。
しかし、それ以上に魅力も大きいのです。それは、パターン認識以外の部分に関してです。

さて、そうは言っても、兼業を一旦はなされるのですから、選択肢としては、株のスイング、もしくは、夜間にFX、のどちらかしかありません。
デイトレを優先するならFX、株の特性を優先するなら株のスイング、ということになるでしょう。

これまで、そう株の特性を利用したようなデイトレではなかった、ということであれば、FXという選択肢も大いにあることだと思います。

このように考えると、FXに移ってすぐに勝てている、というのはすごいことだと思います。


FXが合っておられるのか、そもそも、株という特性にこだわらないようなチャートのパターン認識的なやり方だったのか、とお見受けします。

全く答えになっていなくてすみません。
ただ、専業の強いプレッシャーというのは、家族持ちであれば、誰しも経験していることです。
専業を始めて最初は特に安定して稼げる自信もありませんから、不安もとても大きいものです。
そもそも、株のデイトレなど、仕事を持っている立場なら、やったことがないのが普通でしょう。
初めてやるのですから、そりゃ大変ですよ。
いつ安定できるようになるのか、どうなれば生活費の重圧から解放されるようになるのか、などなど、勝てるというレベルではなく、常に勝たねばいけない、しかも、ハードルも最初から一定水準以上が決められている、という状態でスタートせねばなりません。
そして、月初は、常にマイナス何十万円(月々の生活費)からのスタートとなります。
それをクリアして、やっとプラマイゼロなんです。
ただ、専業で残っている人は、これをクリアした人でもある、ということです。
しかも、多くの人が何年もかかってそれを克服しているのだ、といことを理解しておいてください。
いきなり最初からなど、特殊な才能の持ち主でない限り、一人もいません。
自分だけは特別とは思わないことでしょう。
これもリスク管理です。




> トレード中ですが、ちょっと休憩しにきました。
> 昨日記事を読ませて頂きました。大作?ですね。
> さて、夢の国の楽しいお話ですが水面下では熱い戦いが繰り広げれれているということがわかりました。さながら優雅な白鳥の必死な水かきなんですね。
>
> 身の引き締まる思いがしました、この記事読んで。「お前はもう死んでいる」の状態にしておかなければ生き残れない、弱肉強食の世界。楽しいディズニーランドのお話で背筋が凍るとは思いませんでした。
>
> また、「エッジ」「再帰性」についてもっと掘り下げて考えなくてはいけないと思いました。



私自身としては、書きすぎた、と思いました(笑)
過去のどの記事よりも、優位性とは何か、エッジとはどういう性質を持っているものなのか、何故エッジが存在するのか、などなど、示唆できるものはやり切った感があります。
直接的なものよりも、このように例示的なものの方が本質を理解するには最適なことが多いと私は思っています。
直接的に書くと、どうしても別の先入観が邪魔をして、いらんことを考えるからです。
しかし、こうやって間接的に書くと、いらん先入観なしに読めるので、より本質がしっかりと理解できると思うのです。
また、こうやって別のものから、トレードの本質のヒントを得る、という機会も結構私には多いです。
「これは相場も同じだ」ということです。
相場を「パターン認識」としか理解していない人にとっては、どうでもいいことだと思いますが、私はそうではありませんから、こちらの方が100倍重要なのです。




> 怒涛の一週間でした。相場ですからおそらく悲喜こもごもだっただろうと思います。あらなみさんのブログに出入りしている人には良い一週間であってほしいと願っておりました。
>
> 今週は以下のテーマをもってトレードに望みました。あらなみの里を読みながら考えたことでもあります。
> 1、よく勝ち、よく負けること。一つのトレードの勝ちにこだわらず、あっさりと負け淡々とサイコロを振り続けること。
> 2、前のトレードの余韻を引きずらない事。利益が出た後に雑にならないこと。損失の後に消極的にならないこと。
> 3、チャートを極力客観的に見ること。まずエントリーありきでチャートを見ないこと。
>
> 1と2については70点、3は40点と自己採点しました。
> 3はこの記事も意識して、大衆の動きを読みながら真空地帯を探すというか、ガラガラの割安アトラクションを探して動いてみました。ただ読みに拘り過ぎて自分の動きが早すぎました。もっとこう、なんというか、冷たくチャートをみなければ大衆の動きは見えません。「大衆はこう動くはず」という自分の考えに注文が引き寄せられてしまったと反省します。
> 早すぎる動きは修正して入り直し、利益につなげることはできましたがこれは、1と2のテーマを意識していたおかげかと思います。
>
> 収穫(≠収益)のあった一週間でした。
> しかし1,000本ノックでは足りない時代になったのではないですか?
> 1,000などあっという間に終わってしまいそうで地獄感が足りません。ま、まさか万本ノックですか?し、しぬ~~。



実は、リーマン前までは、本来人気があるべきなのに空いている、というアトラクションが多数存在していました。
楽な時代でした。
しかし、今では、そんな隙はほとんど埋まっています。
ですから、今空いているアトラクションのほとんどは、そもそも人気がないものばかりになっています。

というのは、リーマン前までは、個人であれヘッジファンドであれ下手な投資家が多数参加していたために、下手な売買を仕掛けることが多かったのです。
リーマンショックによって、そういうへたっぴーの多くが淘汰され、残ったのは、腕利きの肉食動物の共喰い状態、となったのです。
こうして、リーマン以降相場が一気に難しくなりました。
ちょとしたエッジにも一気に資金が流れ込み、あっという間にそういう隙間が埋まってしまいます。
誰も下手な売買を仕掛けないので、儲ける隙間がどんどん狭まっていったのです。
マンモスが絶滅した氷河期が訪れました。
こういう流れの中で、猛獣の中でも弱い猛獣は死んでいくしかありませんでした。

こういう変化を、

マーケットは最適化された

と言います。

私は、リーマン前にはそこそこの肉食動物まで来れていましたので、助かりました。
トレードを始めたのがリーマン前後なら、残れていない確率がかなり高いと思います。
それほど劇的にマーケットは変化しました。
それまでは勝てていたようなやり方が全てダメになってしまいました。
リーマンショックで大勢のトレーダーが淘汰され、そして、その後に訪れた氷河期によって、残ったトレーダーの多くも飢え死にしたのです。
この時期に個人専業トレーダーは激減したことは間違いありません。
個人の株関連のブログも次々に閉鎖された時期です。


ただ、本来から言うと、そもそもマーケットで儲けられる隙など、残っていてはおかしいのです。
もし、残っているなら、それは最適化されてはいない、状態と言えるでしょう。
マーケットを知り尽くした多くの猛獣はその最適化されていない隙間を狙って攻撃を仕掛けます。
本来あるべきものからの裁定チャンスを常に狙っているのです。
ですから、もし多くの猛獣が同じ隙間を狙うようになったら、その時点でマーケットは最適化され、確率五分五分の勝負となるだけなのです。

ただ、今年になって新たな動きが出てきました。
アベノミックスによるへたっぴーの襲来です。
一部の肉食動物が飢餓の時代を何とか生き延びました。
そうして、やっと到来したのです・・・トムソンガゼルの大群がです。
飢餓の時代を生き抜いた肉食動物の多くは、今年前半数か月だけで1年分の食糧にありつけたことだろうと思います。
信用取引規制の撤廃ということで、いくら食べても拡大する胃袋さえ与えられました。
肉食動物にとっては、正に二重のプレゼントだったのです。
今年後半はどうなるかわかりませんが、後半戦はもう損さえしなければよい、という状況の人も多いことでしょう。

また、5年間もの飢えと苦しみの飢餓状態を乗り越えられた人なら、数か月儲かったぐらいで、それがトムソンガゼルの大群が来たおかげであって、自分の実力のせいじゃない、ということなど百も承知でしょうから、奢ることもなく、この先も吐き出すことなく、逃げ切れるのではないでしょうか。


1000本では足りない、というご指摘はその通りだと思います。
1000本というのは象徴的な言葉であって、実際には5000本、1万本という数が必要なのかもしれません。
ただ、真剣に相場に取り組めば、本数というより、3年という年月が1つの目処となる、というのは、私の経験上から、繰り返し書いていることです。
本数よりも、年月が優先される、と言った方がいいのかもしれません。


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ライブ感7

2013/04/15 Mon

■愚痴コーナー

円安がそんなにいいことでしょうか。
アベノミスクの成果として、円安株高が常に強調されていますが、強い違和感を感じずにはおれません。

株高、円安になれば、成功なのか。

そもそも、緩和すればそれでいいのなら、今までだってとっくにやっていますが、そうではなく重篤な副作用があるからこれまで慎重だったのです。
円という通貨の番人として、円の価値を守る、という役目を担っているのが日銀ですから、緩めればそれでいい、ということではそもそもありません。

自国の通貨を卑しめて、株高を演出することがそんなに素晴らしいことなら、じゃぶじゃぶに資金を供給すればそれで済むことですが、それがそんなにいいことと本当に言えるのでしょうか。

株高株高と言っていますが、企業業績は円安効果で確かに上昇していますが、それ以上に株高が進んでいます。
それは、「株高」というより「株に対する円安」というべきでしょう。
円という通貨をどんどん卑しめて、株高を演出し、円安に誘導して、預金者を痛めつける、ということはそんなにいいことなのか、マスコミ各社が手放しで礼賛しているので、ついこう書いています。

怒れ、年金生活者、資産家たちよ!!

そもそもインフレ、円安が進むということは、大勢の国民が一生懸命貯金した個人金融資産1500兆円が目減りする、ということとイコールです。

キプロスでは、銀行預金に課税する、という奥の手を使おうとしましたが、こんなことをやらないでも、インフレにするだけで、預金課税と同じ効果が出ます。
キプロスでは、大口に25%課税しようとしましたが、25%物価が上がれば、預金者にとっては同じことです。

インフレ暴走が、簡単に制御できないことは、過去の歴史が物語っています。
早いペースでインフレが進めば、それは、徳政令発布と同じ効果になり、借金している者が、ごあさんで願いまして、をやることと同じです。

ましてや、これで財政規律に緩みが出て、日銀がバックファイナンスの役割を果たす、というような形が前面に出るようになったら、円は終わりを迎えるでしょう。

最も懸念されるのは、日銀を無限に使える政府のお財布代わりにされること です。

そうなるかどうか、冷静に観察しながら、過去の先入観を捨てて、対応するときには大胆に攻めなくてはいけない局面も、この先出てくることを想定しておかねばならないと思っています。

一部の資産家は、既に海外への資産逃避を進めているようですが、これが一部ではなく、多くになった時、堤防の決壊が起こり、制御不能になることでしょう。

不気味なことに、ここ数日、JGBは値下がりしています。
日銀が買い捲る、と言っているにもかかわらず、です。
材料出尽くし、とは言え、あまりに不可解な動きだと思っています。
一説には、大手銀行からまとまった売りが出ている、とか。。
引き続き、JGBには注目しておきたいです。


ただし、こういう価値観と、相場観は全く別物ですから、トレードは淡々と対応するしかありませんね。
自分がどういう価値観を持っているかなど、関係なく、相場は動きます。
ここをごちゃまぜにすると、よくない結果になることが多いです。

ここでの価値観など、戯言に過ぎませんが・・・余りにも今回の金融緩和に対して礼賛、成功した、というような記事や論評が多いものですから、あまのじゃくとしては一言いいたかっただけです(笑)

わぉぉぉぉーーん、と遠吠え(笑)



■コメント

これで一旦ラストになります。
遅くなってすみません。


> あらなみさん、こんにちは。
>
> 一旦兼業に戻るのは土の中に戻ることになるのでしょうか?
> 兼業でも相場はやれると思っています。ただしかなり厳しいでしょう。
> それでも細々と経験を積んでいくつもりです。
> とにかく経験を積まないことにはどうにもならないと、ここ数ヵ月間いつも感じています。
> こういった一方方向の相場は真剣に相場をやりだしてからは経験がありませんので最初は戸惑いました。
> しかし先週はどうにか対応できました。
> 少し経験値が上がったと思います。
> 小さな目標を設定し、クリアしていくことで自信を得ながら経験値をアップしていきます。
> 千里の道も一歩からです。
>
> 最近株はやってませんのでシステム障害があったことは全く知りませんでした。



兼業か専業か、などは本人の生活スタイルの違いだけであって、本来はトレードとは関係ありません。
ただ、専業というと、生活がかかっているわけですから、それなりに安定した収益が見込めなければ年単位では成立しないものでしょう。
土の中に戻るという比喩は、いわゆる「塩漬け」のことを言っています。




> あらなみさんは、平成2年からですか? 恐れ入ります。
> わたしは平成10年からです。ただずっと切れずに通っているのと、毎日30分ほどは、自分でやっています。
>
> この西野流は例えとしてまさにわたしにはわかりやすいのですが、西野流と相場を結びつけて考えられる人がいったいどれくらいいるのでしょうか? 笑
>
> わたしは勝負の感覚というものは、つまるところ理屈はあると思っていますが、それは森羅万象と人間学を含めての理屈であり、まず全体像を捉えるのがそもそもあり得なくて、かつその全体も変化し続けている、まさに宇宙のような代物で、その理屈はだれも理屈として解明できていない、と考えています。
>
> 理屈から考え出すと、自分の頭で理解できるものしか受け付けることができない。自分の知識や常識を超えていけない。
> だから、いったん体で取り込んでしまえと、そうすると、また今まで見えなかった世界が見えてくる。そうなってくろと発する言葉もかわってくる。変わった人間同士はわかりますね。
>
> ひょっとして、物理学と哲学の関係に似ているような気もしています。相場を物理学として理解せずに哲学として理解する。
>
> なんだか瞑想してきたかな。戯言でした。



相場を自然科学と勘違いしている人が非常に多いと思います。
何かニュートン力学のような絶対法則があって、その法則を見つけ出せれば勝てる、というような理解です。

しかし、人が売買する、という行為そのものが相場を形作っているのですから、そのような絶対法則があり得るはずがありません。

これは、マーケットの魔術師のどこかに書いてあったことです。

あるトレーダーが雇っているテクニカルアナリストは、トレーダーに次のように言った。
「この支持線は絶対だからここを割ることは無い。」
それを聞いて、そのトレーダーは、すぐさま大口売り注文を出した。
あっという間に、アナリストの言った支持線を相場は割って大幅に下落したのである。
トレーダーは、テクニカルアナリストに言った。
「これが相場ってものだ。」


相場というのは、常に再帰的なものだ、と思うのです。


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デイトレのリアル

2015/07/19 Sun

昨晩、嫁とちょっとした言い合いになりました。
出かけている子どものことで、電車が遅延したりしていたので、そのことで私に配慮が足りない、ということをあまりにもしつこく言ってくるので、つい反撃をしたのが原因です。
しかし、そのことは問題ないことがわかっていたので、そのあまりの理不尽さについちょっとだけ反撃してしまいました(笑)

じゃあ、逆に、私が嫁に対して不満が無いのか、と言えば、今すぐに100上げることが可能です(笑)
でも、言わない。

そもそも、ですねえ・・・他人に対する不満や説教というのは、そこに注目すれば100でも1000でも探しだすことは可能なんですよ。
じゃあ、そもそも自分は100点満点で、欠点は無いのか、といえば、そういう人は世の中には存在しないでしょう。
誰だって欠点もあるし、弱みもある。ダメなところも多いし、それがわかっていることも多いでしょう。

ただ、相手のそういうところをねちねちとほじくりだして、小言を言うことが果たしてどうなのか、ということをいつも感じます。

人に対する不平不満というのは、そもそも、自分のモノサシで計っただけのもので、何が正しいかという正解ではありません。
自分のカルチャーを相手に押し付けているだけ、かもしれないということです。
単に、自分と違う、というだけのものだ、ってことですよ。
というより、そういう場合がほとんどでしょう。

人というのは、他人のあら探しは本当に得意中の得意です。
じゃあ、その人のいいところは無いのか、というと、あるけど、それはそもそも評価しないし、探しもしない。

自分が欠点だらけだ、ということは、横に置いておいて(笑)、他人のアラばかりを、重箱の隅をつつくように、探してばかりしているわけです。
そして、不平不満ばかりをを言う。
そうなると、精神状態も悪くなる。人生楽しくなくなる、という悪循環になる。

小言をグチグチ言う、ということになって、口を開けば「小言」ばかりということも少なくありません。
こうなると、人間関係もどうしてもぎくしゃくなってきます。。。

こういう話、共感してもらえる方、いたら嬉しいです。共感してもらった方は、拍手ボタンを押してもらえれば(笑)


こういう負の連鎖のメカニズムをわかっているので、私はそもそも「不満探しをしない」ということにしています。
できるだけ、いい面を探す、いいところを見る、ように強く意識しています。


それでも、小言攻撃がしつこく続くときには・・・実は、ある「手法」を使って乗り切っているんですよ。


その「手法」「秘技」とは、・・・・


小言攻撃を自分の精神修行のための「滝行」と割りきって、乗り切る

知人から教えてもらったものですが、これがなかなかよいです。

小言が始まったら・・・・心の中で手を合わせて「ありがとうございます。これで私の精神ステージが一段上がりました。悟りに一歩近づきました。ありがとうございます。」と(笑)

小言って、恐らく言っている本人は、相手がどれほど嫌な思いで聞かされているのか、傷ついているのか、全く理解していないのでしょうねえ。
それほど嫌な気分になることですが、それほどストレスがかかるからこそ、修行になるわけです(笑)

楽しいコトやいいことに目を向けるのか、嫌なことや辛いことを見るのか、選択肢は自分に一任されている、と私は思っています。
何を考えるのか、それは、実は、自分でコントロールしようと思えばできます。

せっかくこうやって日本という世界一食べ物が美味しくて(まあ勝手に思っているわけですが)、それなりに裕福で、安心安全な国に生まれてこれたラッキーを享受できるような生き方がしたい、生きることを楽しみたい、そう私は思っているのですが、なかなか思いというのは伝わらないものなのですよねえ。


今日も、「小言の滝行」を続ける日々(笑)

2015-07-27.jpg

まあ、家に居ながらにして、「滝行」の修行僧ができる、行者さんになれる、というのも、これまた楽し、ですかね。
ここまでのステージに上がれれば、もう「悟り」の領域かもしれないので、もう一歩頑張ります(笑)





さて、しょうもない話題は置いておいて(笑)

先日、スイングの方とやり取りしていて、感じるところがありました。
それは、デイトレとスイングの違い、というもので、それを書いてみようと思います。


何が大きく違うのか、というと、デイトレというのは、一言で言うと「現場」なんです。

戦争で言うと、参謀本部で戦局を見つめているのがスイングだとすると、最前線の兵士として直接相手と戦っているのがデイトレ、ということになります。

参謀本部においては、大局図として戦況図やマップというものが非常に重要であるように、チャートという戦局図が重要性を持っています。

また、相手の兵力、陣容、本国の国力など、基礎的なことも非常に重要になります。

しかし、デイトレの現場では、戦局がどうであろうが、まず目の前の敵とどう戦うのか、それが最も重要なものとなっています。

なので、デイトレは、泥臭いし、汚い戦いを強いられる。

相手を直接見て、場合によっては、銃ではなく、剣で戦うといったこともあり得るわけです。

スイングの方に、この眼の前の敵との戦いを説明しているうちに、スイングの方が、どこか遠くの方の戦いを上から見ている感じに捉えているのに対して、自分が説明しているデイトレの現場というのは、あまりにも生々しくて、相手の血しぶきなども見えてくるようで、ちょっと凄惨な現場説明をしてしまった、と思いました。

デイトレの現場というのは、本当に相手が目の前に見えているのです。
やらねばやられるという現場なので、どうしても、相手がどう動くのか、どうなれば相手は音を上げるのか、といった凄まじい戦いになってしまいます。

これは、参謀本部で、「部隊の半数を撃破」という知らせではありません。
目の前で、味方の兵士が死に、敵を直接撃つ、という現場なのです。

相手をやらなければ自分がやられる、そういう世界です。

これがいいとか悪いとか、そういう意味ではなく、それがデイトレの現場だ、ということなんですね。



普段、デイトレしない人が、デイトレをたまの休みにやって、速攻でボコボコにやられるのは、普段は遠くの戦いを指揮している立場から、現場の兵士になることができないからだと思います。

見ていること、感じていることがまるで違うのです。

デイトレの現場では、確かにチャートを見ています。5分足とか、そういうチャートです。
しかし、実際の戦いにおいては、何を見ているのか、というと、ほとんどの株のデイトレーダーは、

「板」

を見ています。

つまり、自分が戦う相手を直接見ているわけです。

相手の姿は、板に乗ってきます。板こそが、相手なんです。

そして、その板を食ったか、食われたか、板が乗ったか、逃げたか、その戦いを日々繰り広げているわけです。

最近では、HFTアルゴという自動売買システムとの戦いの最前線もこの板で行われています。

チャートが過去の戦局マップだとすると、板というのは、今現実にいる相手の姿そのものなんです。

この板を読めなければ、株のデイトレは難しいでしょう。

慣れたデイトレダーであれば、チャートを使わないでも板だけで感覚的に値動きを把握できるのはもちろん、銘柄によっての板の癖だとか、時間帯によっての板の出方、など、色んな環境変化を板から感じ取ることができるはずです。

逆に、板に頼りすぎるというのもどうかと思うので、私の場合は、チャートとの併用が基本ですが、板だけしか見ないという強者も結構多いです。

逆に、チャートだけというデイトレーダーは少ないのじゃないでしょうか。

それほど、株のデイトレにおいては、重要なツールです。

株のデイトレ以外の人には、全くといって馴染みがないのがこの「板」だと思いますが、デイトレではほんとに重要ツールです。
ディーラーの多くは、板だけ勝負ですね。

私も、板を読んで、相手と味方を直接見て勝負を仕掛けます。
チャートという足跡や、双眼鏡で遠くを眺める、ということではなく、敵の兵士を直接肉眼で見て、戦っているのです。

そして、板がどう食われたのか、つまり、売り方買い方の双方の攻撃がどう転回しているのかを板で直接読み取って、相場の強さ弱さを感じています。

たまのデイトレ、という人には、この「板」の取り扱いが全くわからないのだろうと思いますね。

株のデイトレにおいて、板ほど、デイトレとスイングの違いを象徴するものは無いと思います。

板とは、相手の姿そのものなんです。

前線の戦いにおいては、敵を直接見て攻撃するのは当たり前。
しかし、参謀本部においては、敵を直接見ても仕方がないのだから、戦略マップで指揮をする。
双方が押し合いへし合いしている戦略図を見ながら指揮を取る。
こういう構図でしょう。

この板を徹底的に利用しているのが、HFTと呼ばれるアルゴリズムトレードということになりますね。

一方で、システムトレードだと、遠く離れた本土から、ボタンを押している、という感じでしょうか。

遠隔操作なので、もはやゲームなのか、現実なのか、わからないぐらいです。

自分が撃つ相手を直接目視している前線の兵士であるデイトレーダーとは、まるで感覚が違うのだと思いますね。



デイトレの現場では、目の前で銃弾が行き来するだけに、心理戦に巻き込まれての死亡者が相次ぎます。

特に、たまのデイトレの場合、板が見えないことに加えて、目の前の戦いによって、心理戦の段階で死亡するのだと思います。

遠くでボタンを押しているのではなく、相手を板で目視しならが、直接血しぶきを浴びるのです。

私が、心理面を強調するのも、こういう差しつ差されつの現場出身だからこそ、とご理解賜れば(笑)




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プロフィール

あらなみ

Author:あらなみ
職業:個別株投機家・専業デイトレーダー

Twitter: @aranami718

旧ブログ:
あらなみの相場技術研究所

あらなみのトレード水先案内人


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